8.涙の理由(ユリア)
動ける人はそれぞれに国王から指示を受けて、討伐に向かったのに。私は…今、何故か一人で階段横の自販機のそばで座っている。
(まだ…手は震えてる…)
みんなに討伐指示を出す中で、私は「しばらく休んでていいよ?」と、国王陛下に気を使われてしまった。
「大丈夫です」と答えた私に、今度はレイまで「国王と一緒にここにいて。この人アンデットには強いから」と無理矢理ここに座らせた。
レイが国王に向かって「この人」何て言うから、そのせいて青ざめた。
座りながら見つめる視線の先には、国王と神妙な顔つきのフーディアがいる。
どうやら、腕が無くなってしまったから、ガーディアンとしての仕事はできないとフーディアは話しているようだ。
それと…喰われた隊員は三人だということとその詳細も…。
(……結局私は…誰も救えなかった)
私は今まで体良く守られていた。それが嫌だったはずなのに。
今日初めてこの目で敵の姿を見て敵と戦う覚悟をしたはずなのに。
手の震えはまだ止まらなかった。
(これじゃだめだ…)
私はたくさんの人に守られている。それは『利用されてしまう力』だから。
セイレーンは生き物を操る力を持っている。その力はアンデットのイーターには効かない。
イーターはセイレーン力を使って、自分達の仲間と…食糧を手に入れたいんだ。
イーターは王である、ロードの血を死体に入れる事で仲間を作る。損傷の酷い死体はイーターにできないから、生き物を操ることが出来たら綺麗に殺せる。
それに、イーターはすぐに腹が減る。イーターの食糧は生き物だ。食べないと体を維持できない。そして、イーターは喰らった者の特技や特徴を自分のモノにして、強化していく。
だからこそ、イーターはセイレーンの力が欲しい。その他全ての生き物にとって、この力は絶対にイーター側に渡ってはいけない。
そして、そんなイーターと戦う為にイリヤ国王に作られたのが『ガーディアン』という傭兵部隊だ。
アンデットに強い天使族の国、ブルームン王国。その国王がイーターから世界を守ろうとしてくれている。
だから、ブルームン王国にいるんだと、幼い頃に両親が話をしてくれたこともあった。
イリヤ国王はすごい人で、人望も知力も力も財産も全て持ってるからと、両親も尊敬している口ぶりだった。
(せっかく…養成校に入ったのにな…)
膝に顔を埋めながら思い出したのは、ママが子供の頃に私にかけた言葉だ。
確か…スケープゴートの子供が、孤児院に来た日だ。その子の母は私と私のママを守るためにイーターと戦って…そして亡くなった。
「ユリアはまだ子供だから…。今は守ってもらわないと生きられないわ?」
私はそんな自分が嫌で泣いたんだ。泣いてる私にママは優しくそう言って、抱きしめながら話しを続けた。
「戦ってくれている人達は、自分の命と引き換えにあなたを守ってくれている。それが辛いって思うのなら、ユリアは強くならないとダメよ?そして、大人になったら今度はユリアが戦うの。誰の命も犠牲にしないために…」
もう泣きたくはないから、私は強くなろうって思っていたのに。
それなのに現実は…戦うどころか怯えて躊躇してしまった。
ママももういない。だから私は1人で戦えるくらい強くならないといけない。
それなのに、私はあの頃から変わらない。弱いままだ。
「…リア」
「ユリア!!」
呼び声が聞こえて顔を上げると、心配そうに覗きこんでいるアスカと目があった。
いつのまにか、みんなも戻ってきている。
「ずっと呼んでたんだよ?」
「ごめん…考えごとしてて…うゎっ!」
アスカは私の頬を両手で包み込んで引き寄せた。
「顔…真っ青だよ」
無理矢理に笑顔を作って「大丈夫」だと、笑って見せたけれど簡単に見抜かれてしまった。
「無理しないでいいから…」
アスカに腕を引かれ抱きしめられた。戦って、みんなを守ったアスカが戦わずに座っていただけの私を気遣っている。
(何してるんだろ……)
アスカの優しさが今は辛い。強くなりたいのに弱くて。ママに甘えていた子供の頃とおなじだ。そんな自分に苛立ってしまった。
「大丈夫だから…っ…!!」
自分が情けなくて、思ったより大声を出してしまった。アスカも驚いて腕を緩めて目を丸くしているし、みんなは大声をだした私に注目している。
「アスカっ…。ごめん…本当に大丈夫だよ…」
そう言うのが精一杯で俯いたまま、顔を上げることもできない。
(最低だ…ほんと成長してない…)
そんな私の元に今度はレイが無言で近づいて来た。
「あのさユリア。言い忘れてたことがあった」
レイの声はこの気まずい空気なんて、全く気にしないような普段と変わらないトーンで…。なんだろうと思わず顔を上げた。
「俺さ、養成校でユリアを見つけてからサキュバスとはヤってないから。てか、ユリア以外で勃たなくなった」
「………っ!!」
場の空気が凍り付くのが分かった。周りよりも私が凍りついたんだけど。
今まで考えていたことが一瞬にして吹っ飛んでしまった。状況が飲み込めずに戸惑いながら視線を合わせたのはアスカだった。
「…というか。俺があんな風になるのユリアだけだから」
(あんな風って…?)
考えただけでそう言ってはないのに。私の表情が分かりやすかったのか、レイはその答えを語り出してしまった。
「我慢できなくて、部屋に入った途端に押し倒したり。キスだけで感じてる顔が可愛すぎて、見えるとこ全てに愛撫したいなって…ねちっこく舌を身体に這わせたり…」
「ちょっ!ちょっと待って!レイ君ストップ!!」
硬直している私達を見かねて、レイを止めてくれたのはティナだった。
(え…?今…何を言われてるの…?)
今言われたことを頭の中で反芻して顔を赤く染めた。目眩がしてきて顔を覆った。
タイガとフーディアは、テルに私達の関係を問いただしているし。テルは頭を抱えてため息を吐いている。そんな一同に国王はお腹を抱えて大笑いしているし。
「な…!!みんなの前で何言ってんの?バカなの?」
アスカがレイに怒鳴りつけてくれている。
「ユリアにちゃんと伝えろって。そう言ったのはアスカだろ?」
悪びれずに答えるレイに、アスカは一瞬たじろいだ。
「そう…だけど。みんなの前で、しかも大声で言えなんて言ってない!!」
完全にみんなから注目を浴びてしまっている。私だってレイの発言の意図が分からなくて困惑している。
(もしかして…怒ってるから…)
戦いの最中はケンカしてたことも、謝るのことも忘れてしまっていたし。それで、こんな話になったのかも。
レイは青ざめる私の手を取り、言葉を発する前に抱きしめてくれた。
「ごめん。俺さ…自分が辛いからって、サキュバスに逃げてた。でも…もう逃げないから。そんなことしなくても暴発させないようにする」
困惑してる。さっきまでの口調とは違い、真面目な口調だった。
「…ど…どうしたの?」
抱きしめるレイの腕の力は痛いくらいに強かった。
「別に。不安にさせたなって。でも、俺さ…もうユリアを守れるくらいには強いから。だから安心して守られてていいよ。その為に強くなったから」
「……!」
そうだ。レイは私がセイレーンだということを覚えていて、私の敵を知ってて守るって言ってくれてるんだ。そう気付いたときに、堪えきれず涙が頬を伝い流れ落ちていく。
(みんな優しいけど、レイが一番優しい…)
それをレイは親指で拭いながら、口の端をフッと上げた。
「もう、俺たちは子供じゃないから。それにユリア…。初めてにしては上出来。タイガより全っ然戦えてた。」
「何で俺の名前出すんだよっ!!」
「えー。だって本当のことじゃないですか。もっと頑張って下さいよ先輩」
「無理!!」
「じゃあ、もう現れるなよ。邪魔だから」
「おまっ…!一応先輩だぞ!!敬語使えよ!!」
「敬語使ってもいいって思わせろよな?先輩」
「〜〜レイ!!お前な…」
「……っぐすっ…」
タイガとレイの言い合いを聞きながら、私はレイの胸の中で声を上げて泣いてしまった。
「ユリアごめんね。レイがこんなこと言うなんて思って無くて…謝れって言ったのは私で…本当ごめん」
抱きしめられたままの私のそばで、アスカが慌てふためいている。
「ユリアちゃん、レイ君にあんなこと言われて嫌だったよね?」
ティナまで庇ってくれている。もう、カオスだ。
「うぅ…違う…そぅじゃなくて…」
言いながらまた泣いた。レイの手が髪を撫でる。落ち着くまでずっと優しく撫でてくれていた。
その手は一人で戦わなくてもいいと言ってくれているようで涙が止まらなかった。




