5.そういうヤツ(ユリア/レイ)
レイに抱き寄せられたまま、私はへたり込んでしまって立ち上がることができない。
(レイがいなかったら…私…喰われてた)
分かっているのに。私は自分が人殺しになってしまったような、恐怖が消えなかった。
足に力が入らない。手もずっと震えてる。テル達を助けに行かないといけないのに。まだ呼吸は乱れてる…。
「…怪我は…?」
考えこむ私の顔を、レイが覗き込んだ。首を振るのが精一杯の自分が情け無い。
頷く私からレイは不機嫌に視線を逸らした。
「初出動でアンデットの討伐なんて受けるなよ…。アンデットの周りにはイーターがいる可能性もあってさ。まぁ…今それはいいか」
レイははぁーっと大きなため息をつき、私の肩に頭を預けた。
「無事で良かった。…ユリアの顔みてすごい焦った」
怒っていたのはケンカしたからじゃなかった。腰を抜かしてしまった私に、呆れているわけでもなかった。
(心配してくれてたんだ)
「…ご…ごめん…」
まだ声が震えてる。情けなくて顔を上げることはできない。
イーターの身体を突き刺した時にかかった体液が、手にべっとり付いている。
(また…アレと戦うの?私は戦えるの…)
そんな私の真っ青な顔をレイは両手で優しく包み込んで、視線を合わせた。
「…イーターは死体にロードの血を注ぎ込んで作られた人形。死んで尚、ロードの腹を満たす為だけに操られているんだ。ユリアはそれを救ったんだ」
気付いたら泣いてしまっていた。レイは私が恐れていた理由に気付いている。
気付いているのに、私を責めることはしなかった。
「……私は落ち着いたら向かうから、レイは先にテルの元へ…」
「行かない。イーターが二体だけとは限らないし。ユリアが落ち着くまでこうしてる…」
そう呟くとレイはもう一度強く抱きしめてくれた。
***
先にテルの元へ向かうように言うユリアに「行かない」と、適当な理由をつけて納得させた。
(俺が守りたいのはあっちじゃないから)
腕の中のユリアは真っ青な顔で、ずっと自分の震える手を見つめている。
気が滅入るのも当然だ。ユリアは初めてだった。しかも、アンデットの討伐依頼を受けたのに、来てみたらイーター討伐。しかも、多分喰われた二人の死体もみてる。
倒さないといけないイーターも、姿形が人型で、それに言葉まで操るヤツだったんだ。
(…気分のいいモノじゃない)
怯んでしまうのも当然だと思った。対人だと思うと、攻撃の手が鈍くなる。
イーターもそれを知っているからこそ、人型が多い。怯ませることが、狙いだからだ。
ユリアの反応が普通でテルの適応力がおかしいんだ。
(俺の初めての時はどうだったかな…?)
腕の中のユリアを見つめながら、ふと初めてのイーター討伐のことを思い出した。
あれは、12歳だった。子供はダメだって言われていたのに、国王に頼み込んで無理矢理イーター討伐に向かったんだ。
俺にはイーターからユリアを守りたいって目的があったから。
俺がイーター討伐の依頼しか受けないのは、ユリアの敵がイーターだと知っていたから。
ユリアと離れ離れになっても、敵はイーターだという事実だけは変わらなかったから。
イーターを倒しまくれば、いつかユリアに会えると思っていたから。だから、イーターは怖くは無かった。
今倒したイーターは、多分作られたばかりのヤツだ。
人をたくさん喰ってると、もっと狡猾に意志を持って行動する様になる。
そういうやつはもっと強い。隙を見せるとやられる。セイレーンの力を狙ってるのは、そう言うやつだ。
「ユリアは俺が守るから…」
「……ありがとう」
ユリアは震えてる手で俺の腕を掴んだ。
「手、まだ震えてるけど?」
「大丈夫。…レイのお陰で覚悟はできたから」
さっきまで泣いていたユリアの表情が変わった。
「私は誰かの為に『戦う』立場で、守られる立場じゃない…から」
(あぁ…そうだ。昔からユリアはこうだった)
無理矢理に笑って自分の運命を受け入れる。そんな強いヤツだった。
「から元気?」
双剣を手にして立ち上がるユリアに、微笑みながら声をかけた。
「うん…から元気でも立ち上がらないといけないよね?急ごう!テルの元へ…」
そういうと、ユリアは俺の手を引いて走り出した。
その手はまだ震えていたから。強く握り締めて血痕を追った。




