4.迷い(ユリア)
レイ達の元へ駆けつけた時、大量のレイスとスケルトンに囲まれているのが見えた。
アスカがそれらと戦っていて、何故かレイは違うところを見ていた。
見ていたと言うより探っている。レイが手をかざした瞬間に、それが何か分かった。
(目に見えない何かがいる!!)
正確には擬態だ。けど、動けば音がする。それに、おかしなリズムを刻む心臓の音。これは今までに私が聞いたことの無い音だった。
「どこにいるか分かるよな?ユリア。イーターだ。…まずい!」
そう叫んだ瞬間、テルはレイの服を引いた。バランスを崩して、レイが倒れた瞬間に弾丸が飛んで来た。
(また来る!っ移動しながら撃ってる!)
「ユリアっ!!」
テルの叫び声に返事をすると、双剣を構えた。
弾丸の飛んでくる音。銃を構える微かな音も移動する時の足音も…何もかも聞き逃さない。
(レイには当てないっ!!)
レイに向かって放たれた弾丸は全て弾き飛ばした。
(良かった…)
驚いた表情で固まっているレイは、私を見て少しムッとしながら視線を逸らした。
(…怒ってる…)
テルは不機嫌なレイと私を組ませて、イーターを倒せと言った。
レイは一人で戦いたいと言っていたのに。更に組まされた相手が私だったから更に怒って、テルに文句まで言っていた。
テルに散々文句を言った後も、みんなが地下に向かった後も私を振り返ることは無かった。
レイはこっちを見ようともしないで、イーターの気配を探っている。
(ダメだ。倒すことに集中しないと…)
双剣の柄を握り直すと、恐る恐るレイに声をかけた。
「レイ…私には聞こえてるから」
レイは手をかざしたまま視線は合わせず「…頼もしいな」と呟いた。
(やっぱり怒ってる…)
ウヨウヨと外からまたアンデットが集まってくる。
レイスやスケルトン。それに素早くレイが魔法を放ち私が構える間もなく、全部消し去った。
(すごい…。なんて思ってる場合じゃなかった…!!)
銃を構える音がする。それより早くレイの手を取り、おもいっきり引いた。
銃弾が逸れる。やっぱり目に見えないイーターは、レイより私の方が相性がいい。
「あのさ…私はイーターを狙うから…」
引いた手をパッと離してそう言うと、そんな私の頭をレイはポンと叩いた。
「…分かった。俺はユリアの補助にまわる」
(……怒って……ないのかな?)
見上げたレイはいつも通りで…。何だかホッとしてしまった。
「雑魚は俺に任せて、ユリアはイーターを追って」
頷くとと同時に天井に向かって駆け上がった。
ずっと聞こえていた。私にはどこに居るのか擬態していても分かる。天井と壁の境目。カメレオンのように斜めに張り付いている。
(ここだ…!)
聞こえてくる心音に向かって、剣を大きく振りかぶり突き刺した。
剣はイーターの身体を貫通して突き刺さる。突き刺さったのは脇腹だった。イーターは小さくギャっと声を上げて、その姿を現した。
ーー人だーー
現れた姿は人のようで血の気が引いた。
戦うのは初めてだった。イーターが人型もいるとは知っていた。そもそもイーターは死体だ。死体から作られたモノだ
そう言い聞かせたけれど血の気は引いている。手は震えてしまっている。
青ざめているうちに、イーターは自ら体を引き裂いて床に落ちていく。
血のような体液が飛び散り、顔にかかった。そこでやっと正気になった。
(…アイツはイーターだ。躊躇してる場合はない!!)
深く突き刺さった剣を抜こうとチカラを込めた。もたつく私は落ちて行くイーターと目が合った。
イーターはニヤリと笑い、そのままの体制で私に向かって銃を構えた。
天井に片手でぶら下がっている状態で、この距離だと避けきれない。直撃してしまう。
「ユリアっ!!」
撃たれる直前でレイが魔法を放ち銃を持ったイーターの腕を凍らせた。
「クソ悪魔族…!!邪魔すんなよ!」
イーターは凍った腕を自分で引きちぎり、叫びながらレイに向かって投げた。
レイはその腕に向かって魔法を放ち、跡形もなく燃やしつくした。イーターは舌打ちすると擬態して見えなくなった。
戦いの最中なのに凍りついている場合なんかじゃなかった。
レイが助けてくれなかったら、私は死んでいた。
それを分かっているのに、刺した感触に手が震える。
(しっかりしろ。あれはイーター。人じゃないんだ。あれは私の敵だ…っ)
モンスターは言葉を操ることは無い。それに、理性も何もあったものじゃない。ただ目の前の物を破壊し尽くす者だ。
それに比べてイーターは、喰えば喰うほどに知恵を付ける。そして知恵をつけて狡猾になっていく。知っていたはずなのに、怖くなってしまった。
(人とモンスターの境目って何…?)
「あいつ、さっき人を喰ったばかりだから。仕留めるなら一発で心臓を突き刺さないと、すぐに再生するから…」
肩にレイの手が触れて我に返った。
「う…うん」
怖がっている場合じゃない。集中しないと。
「……姿さえ見えれば俺が仕留めるから」
戦いの最中なのに。私を狙っている『イーター』なのに。私が倒せなくてどうするんだ。震えてる手をもう一度強く握り締めた。
「無理しなくていいから…」
「…っ…大丈夫」
レイに精一杯の強がりを言ってから目を瞑った。
全意識を集中させる。雑音の中から、イーターの心音だけを追う。
止まっていると銃弾が色々な方向から飛んでくる。それを全て叩き落とした。
(私はイーターに集中しないと……)
レイは集まってきたアンデット達を倒してくれる。そばにいるのがレイだから大丈夫だ。私は…イーターに集中できる。
聞き分けるんだ。見えなくても一寸もずれないように。その心臓を貫く。
ーー今だーー
瞬時に剣を構えて、右の壁に向かって剣を突き刺した。
イーターが悲鳴を上げながら姿を現した。
「やったっ…」
今度は心臓を貫いたはずだ。肩で息をしながら、はぁはぁと息を整えた。
自分からの心臓の音がうるさくて、辺りの音がきこえない。
まだ手は震えているけれど、壁に突き刺さったイーターはピクリとも動かない。
「……っ……レイ。テルの元へ…… 」
剣を抜き、振り返った瞬間にイーターから舌が伸びた。
カメレオンのような長い舌が、腕に絡みついてすごい力で口元に引き寄せられる。
ニタァと笑いながらイーターは大きく口を開いた。
(心音…止まってない…。油断してた。それすら聞こえていなかった…)
片方の双剣を振り上げるより速く、レイの炎魔法が飛んできた。見る見るうちに、イーターの体が炎で包まれていく。
「ギャー!」と、今度こそイーターの断末魔が響き渡る。
炎の中で、イーターと目が合った『離さない』そう言っているようだった。その舌は私の腕を掴んで離さない。
身体は燃えているのに、それでも喰らおうとしている。
腕を引き抜こうともがいていると、その舌が凍っていく。
(身体は燃えているのに…?)
「しつこいんだよ。姿を現したらどうってことない雑魚のくせに」
レイはその凍った舌を蹴り飛ばして、私のことを引き寄せた。よく見ると、イーターの手足も凍り付けて拘束している。
(両手の同時魔法…!!)
「火力を上げる…動かないで」
私のことを抱き寄せると、耳元で囁いて、レイが手をかざした。
イーターの身体は更に激しく燃え上がり、あっという間に燃え尽きた。
「…終わった…」
まだ煙が上がっているすすけた床を青い顔で見つめて腰を抜かした。




