8.罪悪感(アスカ)
電車の中でのゼルは優しい笑顔を見せながらいつも通りに接してくれる。
それなのに私は、一人になるのは嫌だったという理由でその手をとり、その温かさに安心してる。
(私は最低だ…)
やけになってしまった私にもゼルは優しい。あんなことをしてしまったのに。自分の行為に罪悪感すら無い私はやっぱり最低だ。
これからどこへ行くのかは分からないけれど、ゼルに手を引かれて向ったのは養成校の寮だった。
「すみません。二人きりになれそうなところ…ここしか思い浮かばなくて。僕の部屋なんですけど、いいですか?」
「いいよ。どこでも…」
ゼルが招き入れてくれた部屋には、ベッドと小さな机。それから小さな冷蔵庫があった。
一応、トイレとシャワールームはあるみたい。
学校の寮に入ったのは初めてだった。外部の人が入る為には、申請がいるみたいだったけどそれはゼルがやってくれた。
「狭いけど落ち着くまで休んでください」
微笑みながら机の前にクッションを引いて、どうぞ?と手招きしてくれた。
「何飲みます?…お茶か水しか無いけど」
私が座ったのを見届けて、ゼルはグラスを取り出して冷蔵庫を開けて聞いてくれる。
「お酒がいいな…忘れたいから」
「あはは。選択肢にないですよ?それに、僕未成年なんで。そんな物持って無いです」
「…真面目だね」
「ここ学校の寮ですよ?バレたら追い出されますから。水にしますね?」
「どうぞ」と、グラスを私の目の前に置くと、今度はレモンの絵の書かれた瓶を持ってきた。
「これ、入れます?」
「何これ?」
「魔法のシロップです。頭がスッキリしますよ?」
「何それ。怪しい薬っぽいよ」
「…幸せな気分にもなれます。入れますか?」
「怖っ!!いよいよ怪しいんだけど。入れない!普通の水でいい!」
「ははっ…。冗談です。レモンシロップですよ薬の方が良かったですか?」
キメ顔でそんなことを言うから、思わず笑ってしまった。
「ははっ。レモンでいいよ。ありがとう」
他愛の無いやりとりに、シュウのことを少しの間忘れてしまっていた。
「…ねぇ、アスカさん?」
「どうしたの?」
さっきまで笑っていたのに、いきなり真面目に手を握ってきたから、ドキリとして顔を上げた。
「…さっきのこと、気にしないでくださいね?僕はアスカさんが頼ってくれたことが嬉しかったから。もし何かあれば、すぐに僕の元に来て下さいね?」
微笑むゼルに言葉を失ってしまった。こんな私を思ってくれているのに。
(私はその気持ちに応えてあげられない…)
「…何でそんなに優しいの?私はゼルが思ってるような人じゃないよ?…ただ辛くてゼルの優しさを利用しただけなのに」
私が泣くのは違う。そうは思っていても涙が頬を伝った。
「僕もアスカさんが思ってる程優しくもいい人でもないよ。罪悪感でもいいから、僕のことを考えてくれるなら嬉しい」
頬を伝う涙を親指で拭いながら、ゼルは優しい視線を私に向けた。
「好きになって欲しい。なんて言わないよ。一方通行な思いでもこうやってそばにいられることが幸せです。もちろん、彼氏ヅラする気もないですよ?…ただ…」
「何…?」
「アスカさんに笑ってて欲しいだけだから。だから…ね…?無理矢理でも笑って下さいよ?」
「…笑え…ない…」
「えー。困ったな。じゃあ、キスマーク付けますよ?見える所に。それで僕の部屋から出てきたら…バレバレですよね?」
ニヤリと笑うと、私の肩を掴んで唇を首筋に近づけた。
「ちょ…っ…何する気!?」
「どうしましょうか?僕…15歳ですけど、アスカさん大丈夫ですか?」
落ち着いた雰囲気と見た目ですっかり忘れてたけど、ゼルは未成年だった。
「だめっ…やめて!!犯罪になっちゃうでしょ?」
と言うより、さっきのことはもう犯罪になってしまうのかな。何てことを本気で考え込んで顔を青くした。
「冗談ですよ。もう、本当可愛いなぁ」
焦って抵抗する私の肩をパッと離したかと思うと、お腹を抱えて笑っている。
(遊ばれてる!!)
笑ってて欲しいはずの私を怒らせて、そう言った本人は大笑いしている。
「怒っているところすみません。さっきから鳴りっぱなしなんですけど、大丈夫ですか…?」
ゼルが指さす先には、私のスマホが…。着信画面はユリアだった。




