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聖なる歌声の守護人  作者: 桃花
7.親睦会

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6.歪んだ片想い(ユリア/アスカ)

「もうこんな時間か…そろそろ行くね?」


 朝食を取ってからしばらくすると、アスカは荷物をまとめ始めた。


「えー、まだいいよ~。久しぶりの休みだよ?フィールド訓練も無いんだよ?」


 帰ろうとするアスカの手を引くと、やだやだと駄々をこねてみた。みんなと過ごす、この時間が終わってしまうのが嫌だ。


「ユリアはよくてもレイが睨んでる」


 ため息を吐きながらアスカはレイを指さしている。隣りに座っているレイは「分かってるじゃん」なんて言い出したから頭を抱えた。


 そんな私達を見ながらゼルは笑って、鞄を手にした。


「アスカさん一緒に帰りません?電車一緒ですよね?」


「そうね?じゃあねユリア。シュウはテルに送ってもらってね?」


「あ…。うん、ありがとうアスカ」

「ああ、任せとけ」

「ユリアさん、テルさん、お邪魔しました。楽しかったです」

「ゼル君、また来てね~。じゃあねアスカ」


 私達はアスカと帰れて嬉しそうなゼル君の背中に手を振った。

 

***


 受け入れ無ければいけない。ずっと前からいつかこんな日が来てしまうことは分かってたはずだった。

 頭の中でシュミレーションはずっとしてた。それなのに…全然ダメだった…。


 ゼルと二人で駅に向かう足取りは重い。正直ゼルが何を話して居るか、今自分がどこを歩いているのかすらもよく分からない。


 今朝テルが言っていたこと、私には見せたことのないような顔をするシュウ。


 その表情がずっと頭から離れない。


 ーー私は幼い頃から今まで、ずっと、ずっとシュウのことが好きだった。


 小さな頃のシュウは誰がどうみても王子様。


 負けず嫌いで正義感も強く、剣術も体術も極めていて誰よりも強かった。そした私が泣いていると、すぐに駆けつけてくれた。


 幼い頃の私はいつも拗ねていたから。手のかかる(レイ)のせいで、手のかからない私にまで母の手は回らなかったから。

 

 寂しくて…。一人ぼっちで…。拗ねて泣いている私に「どうしたの?」と、声をかけてくれるのはいつもシュウだった。優しい声と笑顔が素敵で…、声をかけてくれたシュウは絵本の中の王子様そのものだった。


(一目惚れだった…)


 そんなシュウが女の子だって知ったのは10年位前だった。いきなり、女の子の制服で学校に来た時には驚いた。

 教えてくれなかったシュウにも、気付け無かった自分にもショックを受けた。


(あの時しばらく口をきかなかったな)


 ショックを受けている私に、シュウはポツリと男の子の格好をしていた理由を話した。

 シュウはサキュバスとのクォーターであること。だから、男の子への憧れが強かったということ。

 だけどどれだけ憧れても、自分の運命は変えられないということに気付いた…と。そんなことを言っていた。


「ずっと騙していてごめん…。こんな私だけど、これからもアスカと仲良くしたい…」


 そう、悲しそうに微笑むシュウは格好は変わっても、私の大好きなシュウだった。

 シュウは何も変わらない。いつも一番近くにいて、悲しい時に私のそばで手をさしのべてくれた。


(女だとか…男だとか…関係ない)


「もちろんだよ…。私こそごめんね…」


 私は泣きながら、差し出してくれたシュウの手を握りしめた。


(やっぱりシュウが好きだ…)


 あの頃から今も変わらず、シュウのことがずっと好き。


(だから守ってきた……)


 年齢が上がるにつれて、シュウは美しいお姫様になってしまった。絶世の美女だけど、誰にでも優しく、身体付きも妖艶。近づきたい男は沢山いた。

 シュウはそんな奴らに興味を示すことも無かったけど、手荒な真似をしようとする者まで現れた。


(それがセイヤだった…)


 セイヤはよく卑猥な話しで盛り上がっていたし。実際犯罪手前なことをされた話しも聞いている。

 下手に強いから抵抗出来なかったと、泣いている子の相談にシュウと私で乗ったこともあった。

 正義感の強いシュウは自分の身の危険を顧みず、セイヤ達に近づいてしまったから…。目をつけられてしまった。


 セイヤが「無理矢理にでもヤる」と、仲間内で話しているのを聞いて、いてもたってもいられなかった。

 セイヤには力じゃ勝てない。戦闘力だけで言ったらあの頃のレイといい勝負。それに手段を選ばない。いつか、シュウが傷つけられてしまうんじゃ無いかって怖かった。


(それなら……)


「シュウより私の方がいいよ?」


 そう言ってセイヤに私から近づいた。シュウを護る為なら、私の身体なんてどうなっても良かった。

 あいつはバカだから私が本気で「セイヤを好きだ」と、勘違いしてくれたから。シュウから目を逸らす事ができた。

 それに…セイヤと付き合っていると話した時、シュウが心配してくれたことが嬉しかった。


 歪んだ愛情だって分かってる。結ばれないことも知っている。報われなくていい。今シュウは私の心配をしてくれて、私のそばにいてくれる。

 それが心地よかった。私の一番がシュウであるように、シュウの一番も私だって、証明された気になってた。


(私は…狂ってる…)


 考えながら歩いていると、不意に立ち止まったゼルの後頭部に鼻をぶつけてしまった。

 いつの間にか駅の構内に入っていた。


「…いったぁ…。何?急に立ち止まって…」


 涙目になって鼻を押さえ、考え事をしていた自分が悪いくせにゼルを責めた。


「…大丈夫ですか?」


 逆ギレしている私を、ゼルは不安そうに覗きこんだ。


「……何が?」


 少し沈黙した後に、ゼルは何故か私の手を取った。


「…好きだったんじゃないですか?」


ゼルの問いに血の気がひいた。


「言ったじゃないですか?僕、アスカさんの事ずっと見てたんですよ?」


 微笑みながら、驚いて何も言えない私のことを優しく抱きしめた。背中にまわる腕が…。髪を撫でるゼルの手が私のことを慰めてくれているように温かい。


「誰にも言いませんから…。安心してください」


 ゼルは私のことを見透かしている。誰にも言えなかった、シュウへの気持ちのこと…。そう、気付いた瞬間に涙が溢れて止まらなくなった。


「…ずっとシュウが好きだった。伝えることさえ出来なかった。…ゼルは気付いたのに、何で本人は気付かないの?ず…本当鈍感」


 嗚咽と共にずっと言えなかった気持ちを吐き出した。

 本人には伝えられなかった。伝える勇気なんてなかった気持ちを、ゼルに吐き出した。

 それなのに、シュウのせいにして泣いている自分が滑稽で泣きながら笑ってしまった。


「…ゼルは優しいね」

「僕はアスカさんのことが好きですから…。弱っているところに付け入ろうとしているだけですよ?」


 クスッと笑いながらゼルは私の耳元で囁いた。


「つけ入ってよ?…今なら私…隙だらけだから」


 この気持ちを忘れさせてくれるなら、それでいいと思ってしまった。

 誰も幸せになんてなれない。こんなことしたらダメだって、頭では分かっていた。

 それなのに…。私は目を丸くするゼルの頬を引き寄せて唇を重ねた。


「……っ?」


「どうしたの?付け入るんでしょ?」

 

 ゼルは驚いて目を見開いている。ごめんなんて思うことなんてなかった。

 それよりも心に空いた大きな穴を埋める何かが欲しかった。

 誰でもいいよ。本当に欲しい人はもう私の手を離れてしまったんだから。

 そんな最低なことを思いながらゼルの首に腕をまわした。


「うん…。そうしますよ。もう少し…このままでいましょうか?」


 こんな最低な私なのに。ゼルは私のことを優しく抱き締めてくれた。

 今だけはその優しさに溺れてしまいたい。自分勝手にゼルの肩に額を付けて、思いっきり泣いた。

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