2.フィールド訓練(ユリア)
放課後の訓練が始まり十日が経った。
モンスターの凶暴化騒ぎのあった実戦ルームは、今は私たちの貸切となっている。
予選会はかくれんぼ。その性質上AチームとBチームが合同で特訓する事が多かった。
隠れる役である『対象人』はAチーム指導教官のイリーナか、Bチーム指導教官のらトム。
対象人をゴール地点に運ぶことを阻む役も、その二人のどちらかが指揮をとってガーディアン仲間に略奪指示をだす。
(二人共クラス1stのガーディアンということは、今回の件で初めて知った)
「かくれんぼ」は、私とテルの耳のいい特性が役に立った。
モンスターと人の心音の違いが分かるのは、当たり前。慣れて来た今では、Bチームと隠れている教官との違いまで分かるようになった。
だからこそ、誰よりも早く対象人を見つけ出すことができた。それなのに、ゴールに着けない。
ゴール地点に行くまでに何度も略奪されてしまう。
Bチームは本気で略奪しにくるし、襲いかかってくるガーディアンは強い。追加ルールで「対象人」のバングルをガーディアンに壊されたらその時点で失格となるから、全くゴールに着けない。
初めは1時間半だった放課後訓練は、三日後には2時間…五日後には3時間というよう感じで、訓練は毎日遅くまで続いた。
その鬼のフィールド訓練が終わると、今度は反省会…。今はその反省会中だ。
(今日も家に着く頃には真っ暗だ…)
「Aチームは対象人を見つけ出すのは早いけど、対象人を疎かにしすぎ。今日は3回バングルを壊されかけた。個人プレーに走り過ぎよ」
膝に顔を埋める私の頭上で、イリーナ教官の声が響いた。
「Bチームはいつも先を越されて悔しくないのか?対象人は見つけて終わりじゃ無い。先に奪われてしまうなら、奪い取る戦術ももっと考えるべきだ」
トム教官の声もするけれど…。隣りのBチームもみんなぐったりしている。
(それはそうだ…)
この10日でSクラスのモンスターを一人100体は倒しているから、みんな疲れきっている。
流石のテルも口数が少ないし。身内を贔屓するわけじゃないけど、テルは体力はある方なのに。
現に訓練中は四方八方に気を配り、襲ってくる相手への攻撃指示を出しつつ、自分も戦う。
対象人を見つけるタイミングの指示や、特性に合った人員配置は全部テルが担っているし。
(リーダーだな…本当に)
「Aチームは集まって」
イリーナがみんなに声をかけた。その声に立ち上がろうとすると足が震える。立ち上がることすら辛い。
「今まで部隊長であるリーダーは決めて無かったけれど…。今日までの動きを見て決めたわ。Aチームのリーダーは、テル。そして副リーダーはシュウね」
誰からも異論はないし、そうだろうなって思っていた。テルはやっぱり周りを見て指示を出すのが上手いし…。シュウはそもそもみんなの動きを見てサポートする立場だ。
「テル、リーダーになったからには、ユリアにも優しくしないとダメよ?」
多分、立ち上がれない程消耗してしまっている私を見て、イリーナはテルに叱ってくれた。
「今日は比較的楽な『護衛』に回したんですけどね?しかも、最後の最後に攻撃を見過ごして対象人怪我させるし…」
テルが大きなため息と共に嫌味を言ってくる。
(…怒ってる…?)
今までのフィールド訓練はずっと『捜索』だった。だから今日は疲れの取れていない私を見越して、テルが護衛に回るよう言ってくれた。
しかも、襲い掛かるモンスターはほぼほぼ3人が倒してくれていた。
(それなのに…)
いつもその役割はテルだった。護衛をしながら指示を出す感じ。
今日はテルが捜索になり対象人を見つけ出し、狙っているガーディアンに気配りしながら指示をだしていた。
私は護衛に集中していればいいだけだったのに…。テルより楽なはずだったのに。
後ろから対象人を狙っていた、ガーディアンに気付くのが遅れた。そのフォローに回ったのもテルだったし。
「ユリアの一番の役割は捜索と撹乱。運動量が多いのは分かっているけど、すぐにバテ過ぎ」
正論すぎて何も言えなかった。私じゃレイやゼルの役目は担えない。シュウのように治癒もできないし、アスカのようにいいところで補助もできない。
(…足引っ張ってる…)
予選は2日間だし本当はこんな事でバテてられない。膝に顔を埋めて泣きそうになる。こんなことで泣いてなんていられない?しっかりしないとダメだ。
そう、思えば思う程…顔を上げられなくなった。
「大丈夫だよユリア。いきなりの配置換えだったし仕方ないよ。頼れるところは頼っていいし、疲れたら疲れたって言ってね?」
私の肩を抱きながら、シュウはフォローしてくれた。そして、テルに言い過ぎだと言ってくれている。
テルは絶対にシュウに言い返さないから。シュウはそれを知っていて、テルがヒートアップしてくるといつも助けに入ってくれる。
シュウに諌められたテルは「言い過ぎた」と謝ってくれた。
「悪いのは私だし…。ありがとう…もっと体力付けるね」
「初めてなんだし仕方ないよ。テルがおかしいだけ。ユリアはいい仕事してるよ」
なんて言いながらアスカも声をかけてくれる。みんな優しい。
「二人共ピリピリしてるわね?」
静観していたイリーナが話しに入ってきた。元はと言えば教官が言った言葉のせいだけど。
「ああ、そうか。家でも二人きりだもんね」
教官は納得するように頷くと、今度はシュウの顔を見た。
「シュウ…今日は泊まりで二人のサポートしてあげたら?明日、明後日は休みだし。フィールド訓練も休みにするからさ…」
「まてまて。何でシュウが泊まりで…」
「…そうだよね?ガイアさんもいないし…奥様は亡くなられたって聞いてたのに。帰りも遅くて大変だったよね?大丈夫。今日は泊まりでサポートするから…」
「…泊まりって…シュウ何言ってるんだ?俺の家でもあるんだけど…」
「まってシュウ…落ち着いて」
「大丈夫。私はそこまで疲れてないよ。だから気にしないでね」
シュウはもう泊まる気になってしまっている。私とテルは顔を見合わせて固まった。
「だって。良かったじゃない?」
イリーナ教官はクスッと笑ってテルの肩に手を置いた。
「…誰の差し金ですか?」
青い顔をしたテルはその手を払いながら問いかけた。
「さぁ…?誰でしょうね?」
なんて含みを持たせたセリフを残して、イリーナ教官は部屋を出て行ってしまった。
「何…シュウ泊まるの?それなら私も泊まるよ」
そう言ってくれたのはアスカだった。
「!!そうだ!いいこと考えた!!みんなで親睦会しようよ。ゼル君もレイも…来るよね?」
シュウとテルを二人にしてしまうのは、何となくまずい気がして気が引けたけれど…。みんながいれば、この問題は解消される。
それに仲良くなるのはいいことだし。我ながらいいことを思いついた。
ゼルは嬉しそうに頷いているし、レイも行くと言ってくれた。
さっきまでのピリピリした空気は消え去り、皆んな笑顔で学校を後にした。




