16.救ってくれた(アスカ/テル)
問われたアスカは沈黙の後「あっ!」と声を上げてゼルの顔を引き寄せた。
「思い出した…。三年前!!国立森林公園のオーガの駆除にシュウと一緒にガーディアンの補助として行った時だ!!」
「なんだそれ?」
「バイトだよ。ガーディアン養成校の生徒しか出来ない。モンスター駆除のバイト。危険手当もでるから…高額。俺もよく呼ばれる」
「そう!バイトだったの…そこで傷だらけの子供を見つけたことがあった!」
「思い出してくれて良かった。その子が僕です」
ゼルは頬を赤らめながら微笑んで、それから嬉しそうにアスカの手を取った。
「ゼル、あの時と全然違うから…気付かなかった。今更だけどさ…無事で良かった」
そう言ってアスカはゼルを抱きしめるから…。ゼルは顔を真っ赤にしている。
(…あぁ、これがレイの言ってた『人たらし』の部分か)
「その時何があったんだ?重くないって言ってたくせに、結構重い話しを聞かされて…。このままじゃ、最後までゼルが不憫で眠れないんだけど」
抱擁している二人に問いかけると、ゼルは「あはは」と笑いながらその腕を解いた。
「そうだね。…この話しは私からさせて?」
「いいですよ。あの時助けてくれた、アスカさんの真意も僕は知りたいです」
「真意なんて、大それたことは無いけれどね?」
そういいながら、ゼルの隣に腰を下ろしたアスカは話しを始めた。
***
三年前のあの日。オーガが繁華街まで活動区域を広げているから、その駆除に向かって欲しいと言うことで、私とレイ…それとシュウが呼ばれた。
六人の小部隊。私たち以外は手練れのガーディアン。
オーガは夜間にその活動を増すと言われていたけれど、私たちが国立森林公園に向かったのは夕暮れ時だった。
暫くは森の入り口付近に現れた奴らを駆除していた。
だけどレイが「もう呼ばれたくないから、この森のオーガを一掃する」なんて、言い出して隊長の命令を無視しだした。
そもそもレイは乗り気じゃなかった。レイは、ガーディアンからその腕を買われていたのに。
「イーターとの戦い以外はやりたくない」と、訳の分からないわがままを言って、モンスター駆除は断る事が多かった。
その日…レイは直々にイリヤ国王から説教されて渋々オーガの駆除に参加することになった。
その鬱憤をぶつけるかのように、行く必要のない森林公園の奥へとズカズカ突き進んでいった。
ーーそこで、見つけたのは十歳位の子供だった。
始めは死体だと思った。こんな奥地に子供がいる訳ないから。
皮脂や泥で汚れ固まった髪の毛は、その色が分からないくらいだった。薄汚れた身なり。所々、骨が見えるほどの深い傷。
事件か何かに巻き込まれたのか…それとも、モンスターに『食糧』として連れて来られたのか…。
どちらにしても『こんなに小さな子供が…可哀想』だと思って、思わず近づいてしまった。
「そしたら…微かに呼吸音が聞こえたの」
急いで近くにいたシュウを呼んだ。シュウはすぐさま死にかけている、その子に向かって、励ましながら治癒魔法をかけてくれた。
私の出来ることなんてなかったから…。ただ、その子の手を握り締めて「助けが来たから安心して」と、声をかけていた。
それから暫くして、シュウの治癒魔法が効いてきたのか、手を握り返してくれた。
薄らと目を開けたその子を見て良かったと思って抱きしめた。抱きしめた時に、その子が泣いたことを覚えてる。
***
「…その子がゼルだったんだよね?」
「そうです。アスカさんのおかげで助かりました」
「それ…助けたのは私じゃないでしょう?傷の治療をしたのはシュウだし。ゼルに襲い掛かろうとしたオーガを倒したのはレイだよ」
「…違います。僕を救ってくれたのは…紛れもなくアスカさんです」
あの時…僕は人に期待することを諦めていた。
ブルームン王国に辿り着いたところで、僕を助けようと声を掛けてくれる人なんていなかった。
「お金もなくて、ブルームンに着いた後はずっと野宿でした。ずっとお風呂に入らず薄汚れた僕は、どこに行っても疎まれました」
ここまで逃げて来て…結局僕にはなんの価値も無い。
僕に向けられる蔑むような視線…それから逃れたくて街を飛び出した。
何日も逃げて…。郊外ではモンスターに襲われて酷い怪我をした。汚れと傷で気持ちの悪い姿になった僕にすら、手を差し伸べる人はいなかった。
その現実に絶望して…。また逃げて…。もう疲れた…なんてあの森で目を閉じた。
「そしたら…アスカさんが見つけてくれた。抱きしめてくれた時に気がつきましたあのアスカさんだって」
治療を受けて僕が目を開けた時…泣きながら抱きしめてくれたアスカさんは、この世の誰よりも温かくて優しかった。
汚い僕に何の躊躇もなく、羽織っていたブレザーをかけてくれた。
あの時と変わらない優しさと強さで…僕の心を満たしてくれた。
「僕…何も言わずに泣いたんです…」
そしたら、アスカさんがいきなり手を空に向かって掲げた。どうしたんだろう?と、思わず見上げると…チラチラと雪が降り始めた。夏なのに…晴れていたのに。
何が起こったのか分からず、ただ目を丸くして泣き止んだ僕に向かって、得意気に指を差し出した。
「実を言うと…私、魔法使いなんだよね?君の願いを一つだけ叶えてあげられるよ?…君の願いは…何か食べたい…かな?」
驚いて何も言えない僕にそれだけ言うと、微笑みながらポシェットからパンと水を取り出した。
「魔法は一回きりだから、これ以上望んでも何も出せないけれどね?」
パンのパッケージを開けると、戸惑う僕に食べていいよ?と手渡してくれた。
ただのクリームパンは、今まで食べたどんな物より美味しかった。
それを受け取り貪るように食べる僕を、見つめる視線が優しかった。
「それだけ食べられるなら、大丈夫そうだね?うん。良かった」
それだけ言うと、アスカさんは頭を撫でて「とまた笑いかけてくれた。
そしてアスカさんは救護員の人が来るまでに、色々と話しを聞いてくれた。その時に僕は「家には帰りたくない…」と、ポツリとこぼした。
「そしたら、アスカさんがこの学校の孤児院に入れないか…シュウさんに掛け合ってくれましたよね?」
「まぁ確実に訳ありだったから。この学校に入れるように国王に掛け合ったのはシュウだよ?」
「ハイ。シュウさんには感謝してます」
訳ありだと聞いた国王はすぐさまゼルと面会し、ライラの息子だと気付いた。
国王はゼルにミシアへ行った後のことを聞き「申し訳ないことをした」と、謝った。
それから、トントン拍子でガーディアン養成校への入校と入寮が進んだ。
全ては、アスカさんが気にかけてくれたから。
「だから、僕がここに居られるのは…アスカさんのおかげです」
「…アスカ…本当にいいやつだな」
「…大袈裟でしょ?当然のことをしただけだよ」
レイの言う『人たらし』の意味が、なんとなく分かって苦笑いしながらゼルを見た。
「そういう所が大好きです。僕はアスカさんの傍に居れるだけで幸せなんで。…犬だと思ってくれていいですよ?」
「犬は嫌いだけど、チームとしてこれからはよろしくね」
アスカはゼルの頭をグシャグシャと力強く撫でると、お腹空いたーと屋上から出て行ってしまった。
(その行動が犬扱いじゃ…)
「…良かった。僕嫌われてるのかと思ってました」
その背中を見送りながら、ゼルはしゃがみ込んで照れてしまっている。
「僕…このチームで上手くやれそうですかね?」
「大丈夫だろ?なぁレイ…」
「俺に話しを振るなよ…」
なんて三人で笑い合った。




