15.ゼルの生い立ち③(テル/ゼル)
ゼルの壮絶すぎる話に黙り込んでしまった。笑顔を見せながら「アスカさんのこと、好きというよりは…憧れです」なんて言っているゼルになんとも言えない空気が漂う。
「……そんなことがあって、セイレーンを……この国を恨んでないのか?俺だったら恨む。自分の人生も…この国もさ…」
物憂げな表情でレイが問いかけた。レイの思いと俺の思いは同じだ。
「…母はオスカさんが駆けつける直前に飛び降りたんです。飛び降りなくても、死んでいたと思いますが…」
それはセイレーンかスケープゴートか、イーターにバレないようにする為だった。
イーターはアンデット。ロードと、ザレス国王軍部隊長以外の記憶能力はモンスター並みだ。
だからこそ…ロードに、確認させる手筈になっていると、母ライラは踏んだ。
瀕死の状態で連れて行かれるくらいなら、本物か偽物かを煙に巻く為に、ライラはその身を投げた。
「母は最後までセイレーンであろうとした。助かる方法だってあったはずなのに。それは母の弱さです。だから…恨むなら弱い僕と母なんです」
そう話す声に嘘は無いように思えた。ゼルの心音には、嘘を付く時特有のブレは感じられなかったから。
「信じるよ。悪かったな。嫌なことを思い出させてしまって」
「大丈夫です。それはもう思い出なんです。それに、その後にもう一度アスカさんに助けられているんです。そっちの方で、僕は完全にアスカさんを好きになったんです」
さっきとは違う表情。照れ笑いを浮かべながらゼルが言った。
「それはいつの話なんだ?」
「三年前の話しです!アスカさんは変わらず、凛としてて…優しくて…」
「まて。おかしいだろ?…三年前…?」
ゼルの話を止めてレイと顔を見合わせてしまった。だって、母はそれよりも前に亡くなった。
つまりはアスカの記憶を消す人はいない。それなのに、アスカはゼルの事を『覚えていない』。
(一体どういう状況なんだ?)
「これから先の話しはアスカに聞かせようか?…あいつ…自分のしたことすぐ忘れる『人たらし』だから」
「あはは。そんな感じですよね?ここからは重い話しじゃ無いですし、多分アスカさんも…もしかしたら、シュウさんは僕のこと覚えているかもしれないし」
「シュウも!?」
「はい。助けられた時にアスカさんと一緒にいたんで」
「もー。シュウはいいよ。面倒だから。アスカを呼んでくる」
それだけ言うとレイは屋上を後にした。
確かにシュウを呼ぶと、色々とややこしいことになりそうだ。レイが違和感なく出ていってくれてよかった。
(シュウは色々と勘が良さそうだから…。そこから、ユリアのことがバレてしまいそうだ…)
残された二人でお昼を食べることにした。レイには悪いけれど、特にやることも無かったし。サンドイッチを食べていると、ゼルが顔を覗き込んできた。
「…シュウさんと付き合ってるんですか?」
「んー…付き合ってはいないけど…ゼルと同じ。好きだって伝えて困らせてる」
「困らせてるんですか?僕と一緒だ」
なんて言いながら、ゼルは微笑んでいる。何となくだけど…ゼルとは仲良くなれそうだなんて思った。
***
ユリア達三人は出遅れてしまったようで、カフェの人だかりはすごいことになっていた。
「もーやめよう。並んでたらランチタイム終わりそう」
それもそうだなんて思っていたら、レイがこっちに向かって歩いて来たのが見えた。
(さっきテルとどこかへ行ったはずなのに)
声をかけようとしたら、走ってきたレイはいきなりアスカの腕を掴んだ。
「何っ!?いきなり」
「ゼルがお前に話があるって。ユリア達は昼食食べてていいよ。来たら邪魔だから」
「!!ちょっと!レイ…言い方悪すぎ…」
「アスカは早くこいよ」
アスカは騒いでいでいたけど、聞こえないフリを決め込んで連れて行く。シュウと顔を見合わせて、なんだろうと首を傾げた。
「とりあえず…邪魔らしいから、お昼食べちゃう?」
「アスカには悪いけれど…。そうしようか?」
私はシュウと二人で、コンビニに向かうことにした。
***
ゼルと談笑していると、レイとアスカが息を切らせながら屋上へと入ってきた。
「…悪いなゼル。アスカはやっぱり覚えてないって」
神妙な顔をしているアスカがゼルと目を合わせた。ここに来る前に、レイはさっきの話をかいつまんで話したようだ。
もちろん、セイレーンのスケープゴートのことは言っていないようだ。
そこはレイだから信用できる。
(…セイレーンの力で消された記憶は簡単には戻らないのか)
ユリアは同族だし俺には効かない。それ以外はトリガーがあったとしても、簡単に記憶は戻らないようだ。
青ざめたアスカは、ゼルの元へと駆け寄った。
「ごめん。子供の時のこと…ゼルのこと…全く思い出せなくて」
戸惑うアスカにゼルは首を振りながら微笑んでいる。
「覚えて無くていいです。だって、僕が本当にアスカさんのことを好きになったのは三年前の話しですから…」
また少しだけ僕のことを話します。と、ゼルはアスカの隣りに腰を下ろした。
***
母が死んでから、半年はミシナ家ですごしていた。五歳の僕はすごくアスカさんに懐いていたし、楽しく過ごしていた。
僕がそんな様子だったから…ゼルを養子に迎えたいとジーナがイリヤに言って、その方向で話が進んでいた。
そんな時に…母『ライラ』の、実の妹がミシア国で見つかり、僕はそのまま母の妹の養子となりました。
それが決まった時、アスカさんは離れるのが嫌だと大泣きしてた。
だけど、イリヤ王子もジーナさんも、血のつながりのある人と一緒にいるのがいいと譲らなかった。
それは叔母がまともな人間だったから。僕に幸せになって欲しかったから…。そう願ってのことでした。
僕は叔母に連れられて、僕の事を誰も知らない『ミシア』へと向かうことになりました。
そこで、新しい生活を二人で送りましたが…みんなの思惑通りには行かなかった。
「…僕は叔母に全く懐かなかったから…」
何ヶ月経っても僕は懐かず…。一日中大泣きして『嫌いだ。帰りたい』という僕に、叔母はだんだんと暴力を振るうようになりました。
きっと、初めは咄嗟にだったのに…。その暴力は日常的になって行った。
そもそも身体の強かった僕は、女性に殴られたくらいじゃ泣き止まなかった。
それに、痛感も無くなってしまったから、痛くも痒くもない。だから、気が済むまで泣き続ける。
そんな僕が面白くなくて、さらに暴力が酷くなるっていう悪循環。
「叔母は僕を捨てたかったと思います」
でも、それも出来なかった。ブルームン国から引き受けた僕を、簡単に捨てることができなかった。ある程度大人になった今ならわかる。
そんな生活が三年程続き、八歳になった頃…。とうとう叔母は僕を『ミシアの暗殺集団』に、売り渡しました。
「そこから僕は…母と同じ道を辿ることになった」
恵まれた肉体と、妖艶な美貌。暗殺集団に入って三年経とうとする頃には色々な仕事をこなしていた。
人を殺すことは…したことは無かったけれど。いずれはそれもしなければいけない。そう思ったら怖かった。
(それじゃ…僕はイーターと同じだ…)
このままじゃダメだと思った。ここに居ても何も状況は変わらない。そう思った。
「その瞬間に…アジトを逃げ出した…」
僅かに手元にあったお金を持って…。向かった先は僕の産まれた国『ブルームン王国』。
お金も身分の証明も出来ない僕は…不法に入国した。こっそりと船に乗って荷物と一緒にブルームン王国へ向かった。
「長旅でした。それに…ブルームン王国に着いたところで…何をする当ても無かったんですけれど」
ブルームン王国に着いた後は、当てもなくただただ歩き続けた。
朝も夜もずっと。人気のない場所ではモンスターも出ました。襲われて怪我をする事もあったけど痛みはない。
何かに取り憑かれたかのように、何日も歩き続けて、お城付近の森に着く頃には身体中傷だらけでした。
「限界でした。そこから一歩も動けなかった」
痛みはなかった。だけど化膿した傷のせいで、体力は消耗していた。大きな木の根本に座り込んで、日が暮れて行くのをぼぅっと見ていた。
辺りは夕暮れで人も居ない。夜になったらモンスターのエサになる。分かってはいるけど体がもう動かない。
オーガの叫び声が近くでこだましてる。何匹もいる。
でも、もう立てない。僕は目を閉じてその時を待った。
「…けれど…その時また、アスカさんに助けられた。覚えてないですか?3年前…」
問われたアスカは戸惑いながら少し考えている。そして、何かに気づいたよう「あ…」とこぼして、ゼルの顔を覗き込んだ。




