13.ゼルの生い立ち①(テル)
ゼルの母親のライラはレイの母親『ジーナ』と同じミシア国出身だった。
詳しくは知らないけれど、二人はアサシン軍団の子供だったらしい。
子供の時から暗殺者として、技を叩き込まれ、毒を飲まされていた。死んでいく者も大勢いた。
二人とも過酷な環境の中で生きてきた。ジーナの方が強かったとは言っていたけれど、二人とも生き残る為の暗殺術を身につけていた。
二人とも暗殺術に関しては『互角』だった。大きな違いは…その見た目。ライラは幼い頃から誰もが目を引く美少女だった。
だからこそ、よくハニートラップを用いた暗殺に抜擢されていたそうだ。
仕事内容は、まだ10代半ばの娘には酷なものだった。身も心もボロボロになったある日、ライラの精神に限界が来た。
私は何の為に生きてるの…?こんなことに意味なんてあるの…?死んだら楽になれるのかな…?天国ってあるのかな…?
今が地獄だからここじゃ無い『どこか』ならどこだって天国だ。
不意に思い立ち、首にロープをかけた。それに間一髪で助けたのがジーナだった。
「限界だ…」そう言って泣くライラを、ジーナは何も言わずに抱きしめた。
それからライラに回された全ての仕事は、代わりにジーナが引き受けていたそうだ。
それから数年経ったある日、ジーナはミシア国の公安として働く道筋をつけた。
後に、その裏で手回ししてくれたのが今の国王…イリヤ様だったことを知らされたらしい。
「あなたも一緒に組織を出るの。大丈夫。組織に手切れ金はたんまりと入っているから。もう誰も追って来ないから」
そう言って、闇から光へと救い出してくれたそうだ。ミシア国公式の暗殺者となった後も、二人は仲が良かったと聞いている。
それから数年経ったある日、今度はジーナがブルームン国国王軍に雇われることとなった。
ジーナが雇われた理由は、どこにいるか分からない『セイレーン』を探し出して守るため。
その頃には、ジーナはオスカと結婚して子供もいた。ライラの目から見て『理想的な幸せな家庭』を築いていたらしい。
(今こそ…その恩を返す時が来た)
そう思ったライラは、少しでもジーナの役にたちたいと『セイレーン』のスケープゴートに自ら志願したと聞いている。
「私はあの日に死んでいたから…あなたがいるのはジーナさんのおかげなのよ。少しでも役に立てるなら、それは私の本望だ」
そう、微笑みながら話す母の顔をよく覚えている。
「父親は知りません。僕はスケープゴートになる為に人工授精で産まれたのかもしれないですし。…でも…それはどうでもいいことです。少なくても、記憶の中の母は笑顔だったから」
それだけ言うと、ゼルはにっこりと微笑んだ。
***
ゼルの生い立ちを聞き、言葉を失ってしまった。母親がスケープゴートになるために、自分を産んだと知りながら…。それを「どうでもいいことだ」と笑ってのける強さはどこから来るんだ?
(ユリアがいなくて良かった)
これを聞いたらユリアはきっとセイレーンのことをバラすだろう。
「だからあの時助けに行ったのが、『ウチの家族』だったのか。そこは納得した。でも聞きたいところは、そこじゃない」
隣りにいるレイは、抑揚のない声で表情ひとつ変えずに問いかけている。あんな話しをした後なのに、ゼルは笑いながら「今から話しますよ」なんて言ってるし。
「…お前さ……」
目を見開いたまま固まる俺を見て、レイは怪訝な顔をしている。
「…何?…だって聞きたいことはそれじゃないだろ」
「いや…そうだけど…」
「あ、大丈夫ですよ?レイさんて、本当昔のままですね。話しを続けます。レイさんは知っていますが、テルさんは知らないあの日のことを…」




