12.疑惑(テル)
お昼を買って二人でゼルと約束した屋上に向かう。
いつもより、張り詰めた表情のレイを見た。
レイはゼルが仇討ちの為にセイレーンを狙っているなら、「殺すよ」と言い切った。
相手が『スケープゴートの子供』だとしても同情したりはしない。
(でも…俺は違う)
ゼルが本当にそうだとしたら?それでセイレーンを恨んでいるとしたら…?
恨んで当然だろう。と思う自分がいる。
ゼルの母親は自らそれを選び、死ぬ覚悟はできていただろう。自らの命と、セイレーンが捕まることを天秤にかけた時、セイレーンを守ることを取った人なんだから。
でも、残された幼いゼルは、母親を失う覚悟なんて出来ていなかっただろう。
(俺たちは恨まれて当然だ)
そう思いながら屋上の扉を開けると、転落防止の柵に座り足を投げ出しているゼルがいた。
「二人とも遅かったですね?」
かなり高い柵なのに…。その上に立ち上がると、こちらを振り返りニコリと笑って見せた。
「……危ないだろ?」
「大丈夫ですよ。落ちるようなヘマはしません。…で、どこから話せばいいでしょうか?」
猫のようにふわりと柵から飛び降りると、微笑みながら俺たち二人の前に立った。
「…お前がライラの息子だっていう噂は本当か?」
いきなり直球の質問。レイはユリアのことを守りたいということ以外、何も考えていないようだ。
「そうですよ?僕の母親は表向きはオペラ歌手で女優。裏ではのセイレーンのスケープゴートだったライラです。幼い時に死んだので本名は僕も知りませんあ、スケープゴートも一般的には知られてないか…」
ゼルはわざとらしくにこりと微笑んだ。
「レイさんは僕を覚えているはずですよね?両親が殺された後、しばらくお邪魔になってたんだから」
そう話しを振ると言うことは、ゼルはやっぱりレイの言っていた通りの人物だと確信した。問われたレイも、静かに頷いた。
「覚えているのは助けた子が傷だらけだったこと。それとその子がしばらく家にいたことくらいだ。ゼルがその子だったと気付いたのは『ライラ』の子供だって噂か出たからだし」
ゼルは黙り込んで何か考え混むように口元に手を当てている。
「…僕も聞きたいことがあります。今の話しで、やっぱりレイさんは《《あの》》レイさんだってことですよね?じゃあなんで、アスカさんは僕のこと思い出してくれないんでしょうか?」
「ああ。それね。思い出さないんじゃない。アスカは記憶障害だ」
「記憶…障害…?」
「アスカも重傷だったのは覚えているだろ?しばらくはゼルと同じように、夜を怖がっていた。でも、ある日突然お前の記憶が全て無くなってた。自分を守る為にそうなったって…医者は言ってた。人間て、よく出来てるよな」
レイが重苦しく話してる内容は、さっき相談して考えたことだった。
セイレーンにに記憶を消されたなんて言えないから。苦肉の策だ。無理矢理感は否めないけど、それを感じさせないくらい、レイは顔色を全く変えずに話してる。意外と演技派だ。
「…そうだったんですね。僕は身体が壊れてしまったけれど…アスカさんは心が壊れてしまっていたんだ…」
ゼルは幼い頃イーターに襲われて、痛覚を無くしてしまったと言っていた。そのことを指しているんだろう。
「……良かったら昔何があったのか、話してくれないか?ゼルのことを俺たちも、もう少し詳しく知りたいんだ」
そして誰を恨んでいるんだ?と、聞きたかったけど言葉を飲み込んだ。
「そうですね。アスカさんが忘れているのならあんなことは思い出さなくていい…。逆に記憶が無くて良かったです」
言葉を飲み込んだはずなのに、ゼルは全てを悟ったような表情で俺を見た。
「因みにですが……僕はこの国を…ブルームン国を恨んでなんていないですから」
(勘違い…)
そうだった。セイレーンを匿っているのは、この国の国王である『イリヤ』だ。スケープゴートの息子なら誰が母を雇ったのか、知っていたはずだ。
俺は『シュウが好き』だということを前面に出していた。そして、シュウは雇用主であるこの国のプリンセス。
ゼルは『俺』がシュウに仇討ちするんじゃないかと、疑念を抱いている。そう思ったんだ。
完全なる勘違いだけど、そう思ってくれているならそれはそれで『あり』だ。
セイレーンに対するゼル自身の思いを聞きやすくなった。
レイもそれに気付いたようだ。目配せをしながら話しを続けた。
「それで近づいてきたのかと思った…」
「あはは。それは、勘繰りすぎです。誰のことも恨んでなんかいません…。恨むとしたら、弱かった自分と…母ライラです」
「恨んでいないなんて…口ではいくらでも言えるだろ?」
敵対心むき出しのレイに、ゼルは何故か微笑みを浮かべた。
「そうですね。何とでも言えますね。でも僕も母も『ミシナさん』に、助けて貰っているんですよ…。母から何度も聞かされた…僕が産まれる前の話しになります」
そう呟いて、ゼルは懐かしいことを思い出すかのようにその瞳を閉じた。




