8.予感(ユリア)
テルと国王が出て行った後で夕食の支度をした。学校に行く前にある程度の支度はしてあるから盛り付けるだけの、簡単なもの。今日のメニューはハンバーグと、コーンスープ。
口に合うか分からないけど…。不安になりながら出した夕飯を、シュウは美味しいと言って食べてくれた。
しかもいつもの感覚で、テルの分量の夕飯を用意したのに。それを平らげてしまった。
無理させてしまったんじゃ無いかと、少し不安になった。声出せないから聞けないけど。
「ありがとう。実はすごくお腹空いてたの」
私の不安そうな視線に気付いたのか、シュウが恥ずかしそうにそう言った。
ホッとしたところで、玄関の扉が開く音がした。
戻って来たテルと国王はなぜかすっかり打ち解けていた。
談笑しながら部屋に入って来た二人に、シュウと目を見合わせてしまった。
「ユリアちゃん。シュウの夕食まで用意してくれてありがとう。すっかり長居をしてしまったね。親子共々これからもよろしくね。じゃあ、帰ろうか」
すごくフランクな挨拶をしながら、国王はシュウの手を取った。
「ユリア…ありがとう。二人共まだ完治してないから…ゆっくり休んでね?何かあったら連絡してね?」
「…お礼をいうのはこっちだから。助けてくれてありがとう」
なんてテルは名残惜しそうにしてるし。…命の恩人だから当然か。
最後まで私達の心配をしてくれているシュウを見送った後、すぐにマスクを外した。テルにセイレーンの能力は効かないから、普通に話してもいいはずだ。
「国王と何話してたの?」
「…これをユリアに渡してほしいって」
テルは持っていたトランクケースの中から、鞘に入った双剣を取り出して私に差し出した。
綺麗な装飾だなんて見惚れていると、テルは話しを続けた。
「国王が聖なる武器を俺たちの為に作ってくれた。わざわざ、父さんに聞いて好みの仕様にしてくれた、完全なオーダーメイド。明日からこの剣を常備しろって」
そう言って渡された双剣を引き抜いた。どちらも両刃で本体は白に金の装飾となっている。重さも長さも丁度いい。
まるで使い慣れた剣のように、しっくりと手に馴染んだ。
「…すごく扱いやすい」
パパにはしばらく会えていない。だけど、離れていても私のことをちゃんと分かっていてくれてるんだ。
さすがだな…。なんて、少し感傷的な気分になった。
「…パパ…元気にしてるかな?」
話したいことがいっぱいある。編入してからは、目まぐるしい毎日だけれど、すごく楽しくて充実してる。
私達のことを考えて、もう一度みんなに会わせてくれたのならそれは成功だった。そう伝えたい
「元気に決まってるよ。…そんなことよりお腹空いたし、お前のせいで疲れた」
「…ごめんなさい」
そう言うと武器を片付けて二人でダイニングに入って行った。
***
魔力吸収の効果はいつ切れるのか、自分でもよく分からなかった。何となく、もう大丈夫かな?で、学校に行けるようになったのは、一週間後だった。
休んでいた間、テルはみんなには風邪を拗らせたと説明したようだ。シュウやアスカからの、心配するメールが心苦しかった。
教室の扉を開けるといつもよりも、ざわざわしていた。
「今日だよね?ゼル君がこのクラスになるの?」
なんて話し声が聞こえてきた。そう言えば今日は入れ替わりの日だ。
教室は『ゼル』の話しで持ちきりだった。一週間休んでいたから忘れてたけど、今日から一緒なクラスになるんだ。
「おはよう。ユリアもう大丈夫?」
「うん。心配してくれてありがとう…」
アスカが席に着いた私に声をかけてくれた。返事をしながらも、周りからの声が気になって仕方がない。
「ゼルくんの母って、オペラ歌手で女優のライラだって噂があるの。しかも4年飛び級してるから、今まだ15歳なんだって」
聞こえてくる声に思わず振り返ってしまった。
(15歳?あの美貌で、あの落ち着きのある雰囲気で?)
もしそれが本当なら、ゼル君の話しで持ちきりになるのも間違え無い。
それに、女優『ライラ』はその綺麗な歌声と妖艶な美貌で、オペラ鑑賞なんてしない私ですら知っている。
しかも10年前に飛び降り自殺している。自死の理由は確か…隠し子がバレたことだった。そうニュースで言ってた気がする。
(だとしたら…その子がゼル君…?)
考えるのはやめようと首を振った。噂は噂だし、確信なんてないのだから。
***
チャイムが鳴ると同時にイリーナが教室に入ってきた。
「みんな席に着いて。今日から新しくAクラスに入る2人です。ステフ入りなさい」
まず呼ばれて教室に入って来たのは、赤い目の黒髪…。胸元まで制服のボタンを外している女の子だった。
「はい!ステファニー・フォードです。よろしく~」
知ってる子がいたのか手を振ったりしている。
「じゃあ次。入ってきて」
はいという返事と共にゼルが教室に入った。その瞬間教室中が息をのんで静まり返った。
中性的な美貌でうっすらと笑みを浮かべる。透き通るような白い肌。長いまつ毛と潤んだ瞳。こうやってみると、身体の線も細いからどこからどう見ても美少女だ。それにどこか儚げな雰囲気まで漂わせている。
(…まぁ、力めちゃくちゃ強いけど)
「ゼル・ディノです…」
名前を言って微笑んだだけなのに。みんな見惚れてしまう。そんな静まり返った教室の中を、ゼルは一点を見つめて歩き出した。
みんな何が起こったのか分からずゼルの動きに注視している。
「やっと追いつけた…」
「……え……?」
アスカの席の前まで来るとゼルは困惑しているアスカに、にっこりと笑いかけて、いきなり手を取り跪いた。
「アスカさんが好きです。ずっと前から…。何があっても守るんで、僕をアスカさんの側に置いて下さい」
教室中が静まり返る中、アスカは少し考えてから重い口を開いた。
「……えっと……。誰かと勘違いしてる?」
「してないです。するわけないです。ずっと好きで、アスカさんのために飛び級までしたんですから。それにこんなに綺麗な人はこの世に一人だけですし…。あ、アスカさんの好きなところ上げていきましょうか?多分終わらないけど」
「…いや…遠慮しとくけど…」
頭を抱えてしまったアスカを見て吹き出してしまった。
「えっと…まずは綺麗なところでしょ?見た目もだけど、心も綺麗で…」
「遠慮しとくって言ったでしょ?!」
「えー…。まだ一つ目ですよ?まだ綺麗しか言ってないです。まぁ、それが全てなんですけど」
「……もう…何なの…?」
「言ったじゃないですか?アスカさんが好きなんです」
満足そうにアスカを見上げると、ゼルはニコニコして言い切った。
「……うん。えーと…アスカとゼルと知り合いなのね。じゃあ、隣の席は譲ってあげて」
「はぁっ?違っ!何聞いてたの?」
アスカは大声で叫んだが、イリーナは聞こえないフリを決め込んだ。多分面倒になったんだろう。隣の子が空いている席に移動し始めた。
「えー私もテルさんの隣がいいでーす!ずっと好きだったんで」
ステフもハイハーイと手を上げながら言った。
「……テル知ってる?」
「知らないです」
「ステフは空いてる席座りなさい」
「何でコッチはいいのよ!イリーナ!」
アスカの声をイリーナは無視した。ゼルは満足そうにアスカの隣に座ってる。
「じゃあHR終了。みんな二人をよろしくね?」
そういうとイリーナは教室を出ていった。みんなアスカとゼルに注目して遠巻きに見ている。もちろん私もだ。
「…ごめんなさい。…怒ってます?」
不機嫌なアスカを覗き込む困った表情で、潤んだ瞳の上目遣い。その表情にアスカは大きなため息と共に顔を逸らした。
「……あのさ…この状態で怒らない人いないでしょう?」
「えー?怒ります?ドキってしませんでした?」
「するわけないって。…意味分からない…」
アスカはまた大きなため息をついた。
「アスカ…ゼル君に、そんな意地悪言わないであげて?」
思わず肩を持ちたくなるような可愛さだった。それに、アスカを『好きだ』って言った時のゼル君の心音は…すごく早かった。
きっと緊張してたんだと思う。決して軽い気持ちでアスカに伝えたんじゃない。考えて、頑張って…。精一杯の笑顔で伝えたんだと思う。
(きっとアスカの反応も分かってて、それでも伝えたかったんだと思う)
「ユリアさんでしたっけ?いい人ですね?」
「ユリア…。どっちの味方なの?」
困っているアスカを余計に困らせてしまった。だけど、このままじゃゼル君が不憫だ。なんて伝えようか考えていると、ふとレイの姿が目に入った。
いつも移動教室に一人で向かうレイが何故か珍しくテルを誘っている。休んでる間に何があったのか…2人が揃って教室を出て行った。
「みんな…そろそろいこうか。実技だし。着替えの時間もあるよ?」
シュウの呼びかけにハッとした。もう教室には人がいなくなっている。
「本当だっ…ゼル君も一緒に行こうよ」
「はい!いきましょうか?アスカさん」
「ちょっと!ゼルは男子更衣室でしょ!?」
「…行っちゃった」
「だね?仲良くなれそうでよかった」
嵐のように去っていく背中を見つめながら、シュウと二人で笑いあった。




