4.魅了の代償(テル/ユリア)
レイの目の色が変わった。真紅の瞳がより紅く輝いている。明らかに魅了状態のレイが吸い寄せられるように、ユリアに向かってくる。
初めてそうなった、あの時と同じように真っ青な顔をしているユリアを、俺の背後押しやった。
「ごめんなさい…」
「いいから離れるな」
魔力は無いけれど身体能力的にはレイより俺の方が上だ。拘束することは出来るはず。
(魔法さえ使わなかったらの話だけど)
向かって来るレイと対峙しながら、前回『魅了』になった奴はどうやって戻したか考えていた。
(確か気を失わせたはずだ)
ただ、前の奴は『天使族』だった。魅了になったけど、バーサク状態に陥り暴れるだけ。魔法は使わなかった。
レイは『強力な悪魔族』だ。魔法を使われたら…?
(全員が死ぬな…あと家が壊れる…)
魔法を放つ前に、拘束して気を失わせる。
レイの背後に素早く回り込み、歯がいじめにする。それを振り払おうともがくその力は、悪魔族の『力』じゃない。
完璧に魅了状態になってる。
いっそのことユリアを差し出したら、家は守られるんじゃ無いかと、レイを押さえ付けながら考えた。
(ダメか…)
こうなると魔力が尽きるまで、多分ユリアと交わり続ける。
そんなところを見続けることも苦痛だし…。それよりもレイが死ぬ。
絶対に『魅了』を終わらせる必要があると、ため息を吐いて覚悟を決めた。
「悪いな…レイ。まぁ、お前のせいだけれど」
そう手刀を頚椎にくらわせる。これで気絶するはずだった。
それなのにレイには全く効いてない。
「嘘だろっ…!?」
食らったら、即倒れるくらいの力で殴ったはずだった。だからこそ気が緩んでいた。
そんな俺の一瞬の隙を、魅了状態のレイは見逃さなかった。緩んだ腕を振り払うと、身体を捻り手を掲げた。
まずいと思った時にはもう遅かった。至近距離で放たれた火の玉を、ガラ空きだった腹部に受けた。
腹部からは焼けこげた肉の焼ける音と、匂いがする。叫びそうな激痛だったけれど、必死に堪えた。レイの腕をかろうじて掴んでいた。
前回の比じゃない。レイは強すぎる。大剣を握る腕に力が入らない。脂汗が額から流れ落ちる。呼吸をすることすらやっとなのに。レイはもう一度俺の目の前に腕を掲げた。
後ろには、涙ぐんで口を押さえているユリアがいる。俺が避けるとユリアに直撃する。避けることは出来ない。剣で受け流す?
(どこにだよ…)
何て冷静に考えていると、ふといいことを思いついた。
(…ん?ユリアは吸収したんだよな?セイレーンの能力が上がってるってことか)
「ユリア…鎮静の歌だ…」
歌声が『歌』としての、能力を果たすのかはわからない。一か八かの賭けだった。
ユリアは焦りながらも歌い始めた。
その途端にレイは掲げた腕を降ろし、その場にどさりと倒れた。
賭けに勝った…。歌の能力は向上していた。魅了を凌駕するほどの鎮静だった。
(…初めからこうすれば良かったのか…)
「…っっイってぇ…」
今度は俺が崩れ落ちた。魔法の直撃を受けた箇所が黒く焼け爛れている。傷は内臓まで達している。
「テル!大丈夫?」
ユリアの声に応えることも出来ないくらいダメージが大きい。自己再生に全振りする為、傷に集中しても全く回復しない。再生に時間がかかっている。いつもの余裕はない。
(…ここにシュウを呼ぶか…?)
それは出来ない。ユリアの事をシュウにバラすわけにはいかない。
ユリアが不安そうに俺の顔を覗きこみ、タオルを差し出す。何か言ってるようだけれど何も聞こえない。
大丈夫だと声を出そうとしても、呻き声が漏れるだけだ。そもそも大丈夫じゃないし。
(あ~。ダメだ…。これで死んだらレイを呪ってやる)
薄れていく意識の中で、そんなことを考えていた。
***
「テル…!!大丈夫!?」
差し出したタオルを受け取ることもせずに、床に倒れたまま動かなくなってしまった。
テルの自己治癒を上回るダメージを負ってしまったんだ。レイは魅了状態だったし最大出力の炎を至近距離で受けたのだから、無事なはずはない。むしろ生きていることが奇跡的だ。
早く助けないと。そう考えてはいるけど焦るばかりで何もできない。震える手で、助けを呼ぼうとスマホを手にした。
(誰を呼ぶの…?シュウ…?…でも…今私は声出せない…メールする?すぐに見てくれる…?)
考えれば考えるほどに『どうしよう』しか出てこない。手が震えて涙が溢れてきた。
こうなってしまったのは全部私のせいだから。吸収してしまった魔力はいまいち操作出来ない。
私本来の力と混ざり合わず、その力は『魅了』として暴発してしまう。分かっていたはずなのに。
(二人共…こうなってしまったのは私のせいだ。)
「…貸して…シュウに…連絡するから」
泣いている私の後から声をかけられて、驚いて振り返った。
レイが首を押さえて手を差し出している。鎮静の歌は効いていたはずなのに、レイはもう起き上がっている。
「ユリア…何も喋らなくていいから…」
首を縦にふりながらスマホをレイに渡した。レイはそれを受け取ると、すぐにシュウに繋いでくれた。
「魔力の暴発が起きてテルが巻き込まれた。かなりの重傷だ。なるべく早く」
セイレーンのことはバラさずに、シュウに説明してくれた。意識は無かったはずなのに、テルの状態を見ただけで判断して、慌てふためいている私に変わって助けも呼んでくれた。
「もしシュウに何か聞かれても何も答えなくていいから。ユリアは熱波を吸って声出せないって言っておくから」
泣いている私の手にスマホを戻しながら、レイはそう言って私を抱きしめてくれた。
「大丈夫。ユリアのせいなんかじゃない…。悪いのは俺だし」
どう考えても私が悪いのに。首を振る私の髪を、レイは優しく撫でてくれる。
本当にレイはどこまでも優しい。落ち着いた私の肩に手を置くと、次はテルの元に向かった。
レイは力を調整しながら魔法で火傷を冷やしている。
「大丈夫。こいつ殺しても死ななそうだし。シュウが来るまでの応急処置はやるよ」
何も出来なかった私の代わりにレイがテルを助けてくれた。
泣いてる場合じゃない。と、ようやく落ち付きを取り戻した私は、急いで玄関の鍵を開けていつシュウが来てもいいように準備を始めた。




