22.意外な一面(テル)
昨日あんなことがあったからすごく気まずい。大きなため息を吐きながら、校門を潜って守衛さんにいつも通りおはようと挨拶をした。
隣りを歩いているテルは、大きな欠伸をしながら眠そうだ。
「報告書…時間かかったの?」
「別に…あれはすぐに提出して帰った」
「そっか…でも眠そうだよ?」
「早起きしただけ…」
確かに私が起きたときには、すでにテルは起きてシャワーを浴びていたけれど。
まだ朝食は終わって無かったし、別に早起きした感じじゃなかったけど?おかしいなと思いながら教室の扉を開けた。
教室に入った途端に、アスカと目が合って吹き出されてしまった。
「おはようユリア。昨日は大変だったわね?」
笑いながら声をかけるアスカに「ごめん」と謝って席に着いた。昨日…あの場を上手くまとめてくれたのはアスカだったから。
「いいよ…気にしないで?」
「もー…笑わないでよ…」
「ごめんでも…思い出したらおかしくて…無理…」
レイも自分の席で機嫌悪そうに、アスカを睨んでいる。今日は朝から前途多難だ。
「シュウ…顔色悪いよ?」
さっきからテルが話に入ってこないな。とは思っていたけれど、シュウの所に行っていたんだ。
その声にシュウの顔を覗き込むと、誰が見ても分かるくらいに、顔色が悪かった。白い肌が、白を通り越して真っ青になっている。
テルに話しかけられたシュウは、ニッコリ笑って大丈夫と呟いている。絶対に大丈夫じゃない
アスカがため息を吐いて、テルの横に座った。
「シュウさ昨日疲れたっていうから、そのまま家に送ったんだよね。あの後どうしたの?」
「…すぐに寝たよ?ごめんね心配かけて」
そう答えるシュウに、アスカはまた大きなため息をついた。
「あのさぁ……食事は?ちゃんと食べてる?」
アスカが聞くとシュウは少し間を置いてから「あ」とこぼした。
「……食べてない……」
バツの悪そうに答えるシュウに、アスカがやっぱり。と呟いた。
アスカは尋問体制に入り、腕を組みながら「最後に食べたのは?」と質問を重ねた。
「……実戦ルームの騒ぎの前かな……?」
「それ…丸一日食べてないじゃん!今すぐ何か食べた方が…」
お菓子があったはずだと鞄を漁っていると、シュウが椅子から崩れ落ちた。
受け止めようと手を伸ばした私より早く、テルがシュウを受け止める。
気を失っているのか、ぐったりしてしまったシュウを簡単に抱き上げて立ち上がった。
「……救護室に連れて行くよ。授業サボるってイリーナ教官に言っておいて」
「え…。あ…うん」
あまりにスムーズにシュウを連れ去るから、アスカも目が点になってしまっている。
「まぁ、シュウのことはテルに任せようか?」
アスカと目を合わせて頷き合うと、授業開始のチャイムが鳴った。
***
救護室の教官はテルに抱きかかえられたシュウに気がつくと、急いでベットを準備した。
「ああ…シュウね?ここに寝かせて?」
「初めてじゃないんですか?」
「よくあることよ。治癒魔法って、カロリー消費多いのは知ってるかしら?」
「それは知ってます。だから、天使族は大食いの人が多いってよく聞きます」
ベッドに降ろされたシュウの腕で脈を取りながら教官は話しを続ける。
「そうなの。…でもね?食べることにも体力使うじゃない?食べる前に動けなくなって、倒れるように眠る人もいるの。シュウだけじゃないわ。天使族の職業病みたいなものよ」
そうなんだとベッドの上のシュウを見つめた。
「…シュウの場合はお父様が偉大な人じゃない?」
血圧計などを片付けながら教官がポツリと呟いた。
確か今の国王のイリヤは、千年に一人と言われる聖力の持ち主だとされている人物だ。
頭もキレるし人望も厚いと言われている。イリヤ国王がイーター討伐の為ガーディアンの制度を作り、全世界にガーディアン部隊の配置を行ったのは、18歳の時だった。
そして、天使族の国だったブルームン王国に多種多様な種族を招き入れるよう、前国王に進言したのもイリヤ国王。
それによって、ブルームン王国の防衛力は強化されたと言われている。
『純血』であることを好む、天使族からは疎まれている存在だけれど…。大抵の人は国王の決断を支持している。
(確かに…偉大すぎる父親だな…)
「子供はシュウ一人じゃない?次期王女としての期待もされてる…。そう言う目が向けられていることにシュウ自身も気づいてるから」
「ああ…それで、あんなに無理ばかりするんですね?」
「私からしたら、シュウの治癒魔法もすごいと思うけどね?それじゃあダメみたい」
俺が呟いた言葉に教官は同意して笑ってる。
もっと肩の力を抜いていいのに。シュウはきっとそれが出来ない性格で。
自分で自分を追い詰めて。ギリギリまで頑張ってしまう。
(そしてやっぱり倒れる……)
「あ…忘れてた。悪いんだけど消化良さそうでカロリー高い物買ってきてくれない?」
シュウの寝顔を見ながら考えていると、教官が訳のわからないことを言ってきた。
「……俺がですか?」
「救護室を無人にできないの。それに、授業サボったんでしょ?共犯になってあげるから」
そう言ってお金を渡された。この学校の教官はイリーナといい、適当なやつが多い。
分かりましたと、返事をしてお金を受け取った俺も人の事が言えないくらい適当だ。
***
簡単な栄養補給ゼリーを買って救護室に戻ると、机の上にメモが置いてあった。
『重傷者が出たと呼び出しがあったので留守にします』
空けるわけにはいけないって言ってたくせに。大きな溜め息をつくとベッドの隣りの椅子に座った。
軋んだ椅子の音でシュウの目がうっすら開く。
「…ここは…?……あれ……授業…?」
「救護室…。授業は休むって伝えてあるから、休んでていいよ」
「!!ごめん…もう…大丈夫だから」
起き上がろうとするが腕に力が入らない様で、またベッドの上でふらつく。
それも想定内で。すぐに抱き留めた。
「…まだ起き上がる事もできないし。どう見ても大丈夫ではないね?」
「…ごめん…なさい…」
シュウはまだ目眩がするのか、額を押さえて目を閉じている。顔も青白いままだし。
「食える?食べれば動けるって聞いたけど」
買って来たばかりのゼリーを差し出したけれどシュウは力無く首を振った。
食べる体力が戻ってないんだろう。息遣いも少し早いし…。
(強行で食わすしかないか)
シュウを胸に抱えたままで、パウチゼリーの蓋を口で開けた。ゼリーを口に含むとシュウの顎を上に向けた。
唇を重ねると一瞬シュウの体が強張ったのがわかった。
一口目は重ねた唇の隙間から滴り落ちた。
(意外とむずかしい……)
唇を離すと驚いた顔で見上げるシュウと目が合った。大きな瞳が更に大きく見開いている。心無しか頬も赤くなっている気がする。
もう一度口に含むと、有無を言わせず唇を重ねた。シュウの喉がゴクリと動いている。次は上手くいったようだ。
ホッとして唇を離すと、胸の中のシュウが動揺している。
「あ…あの…ありがとう…。自分で食べるから…」
シュウはブランケットを引き寄せて潜りこんだ。明らかに動揺している。
殴られて大怪我しても、怪我人が何人運ばれてきても、冷静に対処できてるシュウが…そんな顔するから。こっちまで照れてしまう。
「…また寝ようとしてるだろ?」
ブランケットを取ろうとすると、いきなり起きあがり、無言でゼリーを食べ始めた。
「良かった。さっきより顔色良くなってる」
小さく頷きはするものの、いっさい目を合わせない。
一気に食べ終えて、平静を装い乱れた髪を直したり服を整えたりしている。
「もう大丈夫だから!!テル君は授業に戻って…ねっ!」
震える声で言った言葉がそれだった。焦っている表情も、その行動も全てが可愛い。
「あー…。いいけどさ。シュウのリップついたままになってない?」
ちょっとした意地悪。自分の唇を指差してシュウに聞いてみた。
更に顔を真っ赤にしながら「大丈夫だよ!」と言い張るシュウに、笑みが溢れた。
意外な一面。少しくらいは意識してくれてると、思ってもいいのかな?
「もう本当に大丈夫だからっ…!戻っていいよ!」
これ以上からかうと嫌われてしまいそうだから…。分かったよ。と、笑って救護室を後にした。




