18.頑固者(ユリア)
テルが家に帰って来たのは、すっかり日も暮れた頃だった。
「おかえり」との声かけにも頷くだけで、すごく機嫌が悪い。乱暴に鞄を置くとソファーにどさりと座って、天井を見てる。
こういう時は、そっとしておいた方がいい。長年兄妹として一緒にいるから分かる。
テルがシャワーを浴びてる間に、できるだけ気配を消しながら、少し遅めの夕食を用意した。
すっきりしたのか、戻って来たテルは幾分かマシになっていた。
テーブルを見て、ようやく「ありがとう」と言葉を発してくれた。
胸を撫で下ろして咳払いをした。謝ろうと思っていたのに、話せる雰囲気じゃなかったから。
今なら話せそうだと、向かいの席に座った。二人に報告を任せて、先に帰ってしまったことには間違えないのだから。
「…その…ごめんね。先に帰って」
「いいよ。報告を押し付けられたとは思ってないから」
「シュウは大丈夫そう?さっきメール送ったんだけれど返信なくて…」
「…さぁ?まだ学校じゃない?」
「え……テル一人で帰ってきたの?シュウを残して?」
私の問いかけにテルの夕食を食べる手が止まる。そして、すごい目つきで睨んできた。
これがテルの怒っていた理由はこれだったんだと、今更気づいた。
どうやら報告に行った後に、報告書にしてまとめて提出して欲しいと、イリーナにお願いされたらしい。
もちろんテルは断ったけれど「テスト後の明日中でよろしく」と、言ってそのままどこかへ走り去って行ってしまったようだ。
そしたら、シュウは自習室でレポートにまとめてから帰ると言い出して、聞かなかった。テルが「明日俺がまとめて提出する」と、提案しても、先に帰ってと言って譲らなかったらしい。
そんなことで簡単に引き下がるテルだとは思えないけれど。もしシュウを一人残して帰ったのなら最低だ。
「それなら一緒にするって言ったら、…シュウ、何て言ったと思う…?」
「…何て言ったの?」
「『テル君途中から疲れて太刀筋乱れてた』って。あと『大振りになってて隙だらけだった』って。休息も大事だよ?レポートより明日のテル君の実技試験が心配だから帰っていいよ…って」
「………」
「ユリアが心配されるならわかるけど、俺が試験の心配されることなんて無かったから……愕然として、声も出なかった」
そのセリフに吹き出してしまった。シュウの言葉に、固まっているテルを見てみたかった。
笑ってる私は気にも止めず、テルは話しを続けてる。
「もちろん、それはシュウも一緒だって言い返した」
それでも「私の聖力はすぐに回復するし、そんなに動いていないから平気」だと譲らなかったらしい。
それに、まだ怪我人の治療も人手が足りなかったようだった。自習室に向かう途中シュウが呼ばれて、それも引き受けていたそうだ。
全部を一手に引き受けて、他の人には気にしないでと笑ってのける。頼れるところは頼って欲しいって言ったけど「それはテル君も同じだよ?」と譲らない。
「柔らかい雰囲気のくせにすごい頑固。ニコニコしながら絶対譲らないから」
何度言っても頑なに首を縦に降らない。これ以上言うと、無駄な言い合いに発展しそうだったから、テルの方が折れたらしい。
「え…でも待って?こんな夜にシュウ一人で帰るのは危険すぎるよ?」
「お前さ…。いつもSPが数人、周囲に紛れてシュウを見張ってることに気づいて無かったのか?」
「そうなんだ?」
「そうだよ。学校出た途端に視線感じる。だから…そっちは心配してなかった。今日も校舎の外に待機してたし」
私なんて、テルよりよく一緒に帰っていたけれど全く気が付かなかった。
考えていると、いつの間にかテルが食べ終えた食器を片付け始めていた。
「とりあえず今日はもう寝る。試験結果が悪いとシュウにまた心配されるから」
(根に持ってる…)
ダイニングを出ていくテルを見送りながら、そう考えていた。
***
翌日。学校に着くと疲れた表情の人がたくさんいた。たくさんの人が昨日の実戦ルームで戦っていたんだと思いながら、同じように疲れた顔で私も制服から着替えた。
「おはよう。ユリア大丈夫?疲れは取れた?」
後ろから声をかけてきたアスカは、すっかり元通りになっている。意外と回復が早い。昨日は死にかけていたのに。
悪魔族は体内の魔力が一定量まで減ると、倦怠感で動けなくなるらしい。眠ると元に戻るから、平気とアスカが教えてくれた。
「力は無いけれど、意外と体力はあるの」
そう言って笑うアスカに「私も大丈夫だよ」と微笑んだ。
「じゃあ、レイも大丈夫?」
「大丈夫でしょ?知らないけど。朝、私が出る時はまだ寝てたし」
そういえば、レイの姿はまだ見ていない。授業開始10分前だけど…。
心配そう実戦室で待っていると、眠そうに目を擦りながらレイが入って来た。
おはようと声をかける前に、イリーナが入ってきて実技試験が始まった。
実技の試験は何も無かったかのようにとりおこなわれた。
***
実技試験は筆記の成績順で行われると言っていた。2つのルームで同時に進行していくらしい。
そして天使族の試験は全員が終わった後に行われるらしく、シュウは実戦室の救護ルームで待機している。
『レイが1番のルーム。2番にはテルが入って』
そう、アナウンスが流れて二人はガラス張りの部屋へと入っていった。モンスターはその人の特性に合わせて、種類を変えてはあるけれどSクラスだ。
討伐のタイムで点数が変わるらしい。もちろん早ければ早いほど点数は高くなる。
そして二人とも、Sクラスのモンスターを5分かからず倒した。もちろん傷も付いていない。
「あ、戻って来た」アスカが2人を手招いた。
テルは背伸びをしながらその場に座り、レイはユリアの隣に座り込んだ。
「おはよう」
「ん…おはよう」
今日初めて声をかけた。レイの声はまだ眠そうで、頭からタオルをかけて私の肩に頭を預けている。
「眠い?」
「……うん……ユリアが呼ばれるまで寄りかかってていい?」
「…いいよ?」
「そこー。テスト中にいちゃつかないで」
アスカはテルに飲み物を差し出しながら、ツッコミを入れてきた。
「…シュウ…朝から顔色悪そうだったけど」
アスカに向かって、テルは声をかけている。
救護ルームを見るといつも通りのシュウが仕切っている。
まだ試験は進んでいないから準備だけしている感じだけど。
「んー。体調は…よくはないと思うよ?昨日、帰ったのが深夜前だったみたい…って…」
アスカが言い終わらないうちに、テルは立ち上がって走りだした。
言わないけれど、行き先は多分救護ルームだ。
「……いっちゃった……」
もしかしたらテルも昔の事思い出したりしてるのかも…。と考えたりもする。
私はレイの事は思い出したけど、アスカやシュウの事は断片的で一緒に遊んでたなぁくらいだった。
けれど、テルはそもそもセイレーンの力が効きにくいから、色々と覚えていたのかもしれない。
昔私の知らない所で何かあったのかもしれないし、それでシュウが気になるのかもしれない。そんな事を考えていた。
肩にもたれかかっていたレイが不意に顔を上げた。
「中間はクラス替えがあるけどユリア意外と余裕だな?」
「……え?クラス替え?」
「毎回だからみんな分かっているけれど…ユリアは初めてだろ?昨日のメールに書いてあったよ」
「うそっ!?」
慌ててスマホを取り出して、昨日のメールを確認した。スクロールすると「A・Bクラスの合同試験となり、成績に応じてクラス替えがあります」そう明記してあった。
「中間試験は筆記と実技の合計点で上位30名がAクラスになるシステム。あ、今10人目が呼ばれる…」
『次は、Bクラス ゼル・ディノ。ガラスルームCに入って下さい』
もちろん、10番目に呼ばれるなんて思ってはいないけれど私じゃなかった。
「2クラスで全員で60人だよね?」
「天使族抜きで10人目だけど?…AとBだけで8人いるぞ?あと天使族は必ずクラスに4人入ることになる」
もう考えると怖くなるから、考えることをやめた。
「あれ?この名前……実戦ルームで助けてくれたこだよね?綺麗な男の子…」
私が引き攣りながらいった言葉に、アスカはため息をついた。
「ユリア?顔引き攣ってるよ?気分転換に、見学しに行く?」
「……うん。そうしようかな?ゼル君が戦ってるところ、私は見てないし」
「…ユリアが呼ばれるまで時間ありそうだし…俺もいくよ」
レイはイタズラに笑いながら立ち上がった。アスカはなんでそんなに余裕なのか分からないけれど…。そんな余裕の二人の後に付いて、ゼルの元へ向かった。




