17.報告(ユリア)
テルより先に救護室に現れたのは、青い顔をしたアスカだった。
アスカは仮設ベッドで休んでいたら、原因究明の為に少しでも情報共有しといて欲しいと、イリーナ教官に言われたらしい。
「確かに、時間経つと忘れちゃうこともあると思うけれどさ…。酷くない?私は私で死にそうなんだけど…」
椅子に座りながら文句を言うアスカに、レイは冷たい視線を送っている。
なだめながらアスカの隣りに座った所で、テルとシュウも現れた。
「レイ!!何で電話に出たんだよ。あれだけ待たせたなら、もう出なくて良かったのに」
「いきなり何?かけてきたのはそっちだろ?」
テルの第一声がそれだった。すこぶる機嫌が悪い。レイは睨みながら言い返しているし。
みんな疲れているからか、空気がピリピリしている。
シュウは怒っているテルに「疲れてるよね?早く情報集めて帰ろう?」なんて言いながら、なだめてくれている。
言われた相手がシュウだったから、テルは反論できずに椅子にドサリと音を立てて座った。
「さっさとお互いに分かった事を話して帰るぞ!」
アスカはベッドに突っ伏していた身体を起こすと、討伐隊が話していたことと前置きして話し始めた。
実戦ルームは外に直結しているから、入ってくるモンスターは選べない。それなのに、何故か実戦ルームに入って来るモンスターは、ドラゴンなどの上級モンスターばかりだったこと。
「上級モンスターは普段出現率も低いはずなのに、あれだけ一定の場所に大量に押し寄せて来るのはおかしいって。だから部外者がモンスターを誘き寄せたんじゃないかって…」
「それをどうやって行ったかを調べろってことだろ?」
「知らないわよ私が分かるわけないでしょ?」
レイの言った言葉に、アスカがムキになって言い返しているけれど、それは気にせずテルが話し始めた。
「俺が気になったのはモンスターが逃げ無かったこと。あれだけ手負になっても襲いかかってくるなんて、おかしいよな?」
モンスターだって手負になれば逃げ出すはずなのに、興奮状態で事切れる直前まで襲いかかってきていた。
(それって…)
私には思い当たることがあった。鼓動が早くなって手が震える。
私の力だとそれもできてしまう。生き物を操る力が有れば、モンスターを誘き寄せることだって可能だ。
考えたくはないことだけれど、この状況だとそれしか考えられない。
「方法は分からないけれど…。何かに誘き寄せられた可能性は高いね」
シュウは呟いた。その声もどこか遠くで響いている。
もし、ザレス国が仕組んだことだったら?ママはザレス国で、人体実験されていたから。
思い当たる節もある。頭痛がするような『音』が響いてから、モンスターが集まり始めた。
「ユリアは気づいたこと何かある?」
シュウにいきなり話しを振られて、立ち上がってしまった。
「あ…ごめん。ぼーっとしてた。えっと…音が聞こえたなって考えてて…」
「そんな音聞こえなかったけど…?」
「…音…?どんな音だった?」
「すごい高音で…人には聞こえにくい周波数だったから…。もしかしたらいつも流れてるのかなって…」
言った後でハッとした。案の定、シュウとアスカは顔を見合わせて、不思議な顔をしている。
「聞こえにくい周波数の音が、なんでユリアには聞こえたの?」
(やってしまった……)
セイレーンの特徴に「耳がいい」っていうことがあるから、秘密にしておかないといけなかった。
「ユリアは普通より耳がいいんだ」
言葉に詰まっている私の代わりに、テルがいきなりそう言った。セイレーンだということは、バレちゃいけないはずなのに。
簡単にバラしてしまったから、青ざめた顔でテルを見た。
『任せておけ』とでも言うように、私の顔の前に手を差し出した。
どうするんだろうと思いながら、口を覆った。
テルは顔色も変えずに親のルーツは知らないからよく分からないけれど。と、前置きして、祖父か祖母が神族か何かだったと聞いたことがある。と嘘を言い始めた。
「何の神族かは忘れたけれど、そのせいで、俺もユリアも産まれた時から耳がいいんだ。そういえば、入り口付近の連絡用スピーカーから音がしてた。でも、普段から流れているのかと思ってた」
「!?テルも聞こえてたんだ!私も普段からなのかな?って思ったの。でも、確か…入った時には流れてなかった。流れ始めたのは、ドラゴンが現れた時だった気がする」
シヴァ神の末裔の力も、セイレーンの力もボヤけさせるなんてすごい。
これで私たちは「耳がいい」という特徴をもつ、なんかの神族の末裔だということになった。
(何だ…こうやって言えば、隠す必要も無かったんだ)
なんだかんだ言いながらも、テルはいつもピンチの時に助けてくれる。本当頼れるお兄ちゃん。驚くと共に安心して話すことができた。
「そうなんだ、そのこと詳しく教えてもらっていい?」
「実戦ルームを一旦出ただろ?その後確認の為に戻った時には、流れてなかった気がするけど…それは曖昧だ」
それはそうだ。色々な種族で溢れる世界。自分の『種族』を言いたくない人だっているし、そもそもみんな気にしていない。
テルのフォローで、みんなの興味は『聞こえてきた音』にいったみたい。
「…その音にモンスターが反応したってこと?多種族のモンスターが?」
「集まるくらいならともかく襲いかかるって…音だけで操れるものなの?」
アスカもシュウも懐疑心を抱いている。
「ありえるだろ?人間だって声で呼ぶ。モンスターも理性はないけれど、多種族間で共通する言語が無いとは言い切れない。それはここで俺たちが考えた所で無駄だ。原因は分かったし、もうそれをまとめてイリーナ教官に伝えたら?」
考えこんでいる二人に向かって、レイは言い切った。
「そうだね。みんなありがとう。イリーナ先生に報告してみるよ」
そう言って立ち上がるシュウを、テルが引き止めた。
「俺とユリアが聞こえた音だし。報告には俺たち二人で行くよ。さっきから、少しも休んでないからここで休んでて?」
腕を掴まれたシュウの顔色は、確かに普段よりも白く見える。
私とレイは休んでいたけれど、シュウは実戦ルームにいたときからずっと治癒魔法を使い続けているんだ。
テルに言われないと気付かなかったのは、余りにも普段通りだったから…。
ハッとしてシュウを椅子に座らせた。
「そうだよ!私とテルで行く!シュウはここで休んでて?」
「私は大丈夫。…だってみんなはモンスターと戦って、私たちを守ってくれていたでしょ?」
「…でも!」
「やめといた方がいいよ?シュウは言い出したら聞かないから」
「うん…アスカの言う通り。後は任せてみんなは帰って?」
慌てる私にシュウはにっこり微笑んで、そのまま行ってしまった。
「~っ。頑固すぎ。あのままだったら倒れるだろ?俺も行く…!!」
呆気に取られている私の横を、テルがシュウを追いかけて行ってしまった。
「…後はあの二人に任せて、私たちは帰ろう?明日は予定通り、実技のテストも行われるらしいし」
「………え…今、なんて?」
「さっきメール来てた。ふざけてるわよね?ほら?」
青ざめる私の目の前に、アスカがスマホの画面を差し出した。
『皆様、ご協力ありがとうございました。尚、明日の予定に変更はごさいません。テストは時間通りにおこないます』
何度読み返してもそう書いてある。
「多分シュウこのメール見て、知ってたからさ…。私たちに気を遣ったんじゃないかな?」
シュウの優しさと、明日のテストに絶望して泣けてきた。
「家まで送るよ」
レイが笑いながら腕を手を引いてくれる。余裕の表情は、きっと自信の表れだ。
(私は不安で仕方ない…)
後でシュウにありがとうって伝えよう。そう思いながら家路についた。




