16.後始末(テル)
レイに連絡を入れる直前のテルの話しになります。
後処理のために実戦ルームにもう一度入り、残りのモンスターを倒し逃げ遅れた人がいないかどうかの確認を終えたのは、2時間後のことだった。
「テル君…お疲れ様」
実戦ルームから出た所で、シュウが待っていてくれたようだ。俺を見つけて駆け寄ってきてくれた。
「シュウこそお疲れ…待っててくれたんだ」
「うん。テル君が最後だから…イリーナ教官から治療に行ってあげてって言われたの」
「あぁ…そういうことね」
待っててくれたのかと、一瞬喜んだけれど。ただの教官からの指示だったことに、がっくりと肩を落とした。
「怪我の治療を…と思ったんだけれど…平気そうだね?」
(まずいな…)
自己治癒が発動して傷は回復してしまっている。セイレーンはシヴァ神の末裔と番になり、子を成したという話は有名だ。
シヴァ神の特徴は『破壊と再生』。簡単に言えば、並の人間よりも筋肉の密度が高いから馬鹿力。そして自己治癒能力も備わっている。
「あー。中で治癒魔法を受けたから。その後は見回りでモンスターはほぼ居なかったし…平気だよ。」
完璧な嘘を付いてみせた。シュウもそうなんだと納得している。それよりも、思った以上に…シュウの顔色が悪い気がする。
「疲れてる?」
「大丈夫。ありがとう」
なんて言いながら微笑むシュウは、いつもよりもやっぱり白い顔をしている。
よく考えたら当たり前だ。騒動が起きた後、ずっと治癒魔法を使っている状態。
重傷者に対する素早い上級の治癒魔法の連弾。疲れない訳がないか。
次の言葉をかけようとする前に、遠くからイリーナ教官が走ってきた。
「二人共お疲れ様。…悪いけど」
その言葉に悪い予感しかしない。
「最初から最後まで、あなた達は実戦ルームにいたのよね?」
「多分、そうだと思います。私達が入って少ししてからモンスターが増えてきたので」
シュウはイリーナ教官の不穏な質問にも真面目に答えている。
「良かった。私達が駆けつけた時にはパニック状態になっていて、この騒動のことを詳しく判る者がいないんだ。考えられる原因を探って、私に報告してほしいの」
(やっぱり…)
さっきから戦い続けている俺と、治癒魔法を放ち続けて顔色が悪いシュウ。
それを目の前にして、そんなこと言えるこの教官に苛立ちを覚えた。
「それ…今必要ですか?俺たちも疲れてるんですけど…」
「君たち二人だけじゃない。アスカとユリア…それにレイにも手伝ってもらって?」
「アスカも一歩も動けない程に消耗しています。それに、レイは暴発で意識飛ばしてるしユリアはその介抱してますけど…?」
「レイが?…小さな頃はよく暴発させてたんだけど…最近は起きてなかったのに」
目を丸くしているイリーナ教官は、レイの小さな頃を知っているようだった。
(教官は何者なんだ…)
そんなことを思いながら、そう言えばレイの暴発のシーン……俺も知っているような気がした。
燃え上がる炎を見た時に、なぜか『懐かしい』と思ってしまった。気のせいかと思ったけれど、あまりにも鮮明に蘇る風景に俺の記憶だと分かった。
そして…もう一つ蘇ってきた、古い記憶がある。
それは俺は小さな頃よく父さんに連れられて、『ブルームンのお城』でよく遊んでいた。
***
遊んでいた子供は俺を含めて5人。俺とユリア。
そして、いつもユリアにベッタリくっついていたレイ。それを諫めていつも怒っていたアスカ。
そしてもう一人…アスカが好きだった同じ年の男の子が居たはずだった。その子はお城で俺の父さんに剣技を習っていた。
同じ背丈で、技術も同じだったその子とはよく組まされていた。黒髪のショートヘア。色白で物腰は柔らかく『絵本の中の王子様』だなんて思っていた。
それなのに剣技の手合わせになると、隙のない動きをする。相手の太刀筋を読むことにも優れていた。
子供の俺は…よくその王子に負けることも、よくあった。
一緒にいる時間も長くて、一番仲が良かったはずだ。…それなのにもう名前も思い出せない。
お城の関係者の子供だったのか…。それともシュウの従者だったのか。それすら覚えていない。
(そう言えば…遊んでいた子供達の中にシュウはいなかった…)
お城にいたはずだから、シュウが居てもおかしくはないのに…。何故かシュウの顔は一度も見たことはない。
プリンセスだから、従者の子供達と遊ぶことが無かっただけかもしれないけれど。
(でも国王と王妃は居た気がする…)
遠い記憶だ。覚えていないことの方がきっと多いだろう。多分何気の無い日常の一コマだったから、曖昧にしか思い出せないのだろう。
人は忘れてしまう生き物だから。特別なこと。特別な人。特別な言葉…それ以外は忘れていってしまう。
ーーただ、死んだ母さんが小さな俺に言ったことは覚えている。
「もう、今までみたいにみんなとは遊べない。ブルームン城に行ったことがあると、誰にも言っては行けない。知られてもいけない。ユリアを守る為に、それだけは必ず約束して」
何で?と聞いたかもしれないけれど、それも曖昧。大人の事情だと納得したきがする。
ただ、いつもふんわりしていた母がいきなり真面目な表情で言うから…。よっぽどの事があるんだと思った。
だからこそ俺は今もその約束を守っている。
***
「…体調が悪かったのかしら?」
思い出していた俺の頭の中にイリーナの声が響いた。
「そうかもしれません。レイ君、今日は瞑想ルームに行こうとしていましたから」
イリーナの言葉にシュウはそう返している。
シュウもレイの暴発を見たのは初めてじゃ無いような口ぶりだ。確かに治療する時もレイの状態を見て、焦ってはいなかった。
「二人とも、レイの暴発を見たのは始めてじゃ無いんですね?」
「まぁね?二人とは幼い時から一緒だから」
「…イリーナは私専属のガーディアンだったから…。レイ君のことも知ってるよ。それにアスカと私は幼馴染みだしね。レイ君のこともある程度は理解してる…」
シュウはそう言って微笑んでいる。プリンセスのクラスの担任が、ただの実戦指導の教官なはずがないと納得できた。
(じゃあ…俺がシュウを知らないのは何でだろう…)
違和感を感じたけれど、それは口には出さなかった。母との約束もしていたし、そんなことは俺が考えても分からないことだと思ったから。
「そういうことね。それなら尚更分かりますよね?シュウは無理をする。だから、頼まれたら断らない。それに俺は疲れているから帰って休みたい。原因探しなら、他を当たって下さい」
「……そうきたか。……でも、こちらも実戦ルームの後処理がまだ残ってる。あぁ、それなら掛けをしようか?レイ君にここで連絡してみて?それでもし繋がったら、その時はみんなで調べてくれないかしら?」
「そうきたか」はこっちのセリフだ。でもレイは『鎮静の歌』を聞かされている。そう簡単には目覚めたりしないはずだ。勝算はある。そう思って、スマホを手にした。
「いいですよ?俺から連絡してみます」
出るなよ。と思いながらかけた電話にレイは出てしまった……。
勝ち誇った表情で笑うイリーナ教官を前にして、膝から崩れ落ちたのは言うまでもない。




