12.目覚め
空いている救護室でシュウはレイに治癒魔法をかけている。
火傷で爛れた皮膚はあっという間に、綺麗に治ったけれど、レイに起きる気配はない。
それは多分『鎮静の歌』のせいだろうと、顔を青くした。
(やっぱり、歌…効きすぎてるのかな?)
治療を終えたシュウは、脈拍を測ってから「レイ君はもう大丈夫だと思う」と言って立ち上がった。
「ユリア…私は行くけれど、何かあったらすぐに呼んでね?」
他にも怪我人は沢山いるのに、シュウをここにとどめておく事なんて出来ない。不安だったけれど、頷くしかできなかった。
「待ってシュウ。俺も行くよ。まだ中に残ったモンスターの駆除が終わっていないらしいから、そっちにまわる」
後を追うようにテルまで部屋を出て行ってしまった。
1人ぽつんとベッドの横に座りながら、動ける2人はすごいな…。と、目を擦った。
(チカラを使った反動…で眠い…)
ベッド脇の椅子に座り、そっとレイの頬に手を添えると、温かい体温が伝わってくる。
(寝顔も綺麗……それに…レイの心音も…すごく心地いい…)
さっきまでのことが嘘のように優しい時間が流れる。まるで陽だまりの中にいるような心地良さに、レイを見つめながらベッドにもたれかかった。
何故か懐かしい感じがする心音を聞きながら、ゆっくりと目を閉じた。
***
「…ユ…リア…?」
いつの間にか眠ってしまっていたようで、レイの声が聞こえて目が覚めた。
心配そうに覗き込むレイの顔を見た瞬間に、涙が溢れた。うわぁ~んと泣きながらレイに飛びついて、2人そろってベッドに倒れこんでしまった。
「良かった…。もう、目を覚まさないんじゃないかと思った」
「…俺はユリアが無事で…良かった」
背中に手を回しながら、その手で髪を優しく撫でてくれた。レイは魔力の暴発が起きてしまったことに気づいているから、心配してるんだ。
(レイはみんなを守ってくれた…それだけなのに)
「っ…私は平気だよ!さっきのこと『魔力の暴発』だって、アスカに聞いたんだけど…気にしなくて大丈夫だから!」
本当は『鎮静の歌』で、レイの暴発は止めることができる。そう言って安心させてあげたかった。
アスカの話だと、どのタイミングで『暴発が起きる』かは、分からないみたいだし。
それなら、レイ自身も不安だったんじゃないかって…そう思った。
(誰かを自分の力で傷つけてしまうんじゃないかって、そう思いながら過ごすのって怖いよね…?)
私も同じように異質な力を持ってるから、痛いくらい分かってしまう。
「…アスカ…アイツ本当おしゃべりだな」
「あ!違うの。私が聞いたから…アスカは教えてくれたの」
セイレーンのことはレイにも話せないけれど、少しでも安心して欲しかった。
「…あのね…レイが私を守ってくれたように…私もさ、レイを守れる力があるから…あ!違う…言い方が難しいけど…」
セイレーンのことを隠して『暴発を止める力を持ってる』ことを伝えるのは難しいから、伝わらないかもしれない。
「あのね…魔力の暴発が起きそうになったらすぐに教えてね…?私が止めるからさ…」
そう言って微笑む私を、レイは目を見開いて見つめている。背中に回された腕の力が強くなる。
「…ユリアは何も変わらないな…。あぁ…俺もか…」
レイが悲しそうに笑う。
(…変わらないって?)
不思議そうにレイの顔を見つめてしまった。
「ごめん。ユリアにまたその力を使わせてしまって…」
「な、何の話?」
レイの言葉に血の気が引いた。問いかけた声は震えてる。混乱して起き上がると頭を抱えた。
今の言い回しで『セイレーン』のことがバレてしまったとは思えない。歌を歌った時には、気を失いかけていたはずだし。
レイは勘も頭も良いから…。もしかしたら気が付いたとか?
(…テルに殺される…)
「ユリアがセイレーンだってこと…昔から知ってた」
「…え…?」
私とレイはこの学校に来てから初めて会ったはず…。昔からの知り合いなんかじゃない…はず。
(…でも…そう言えば…変だなって思ってた…)
初めて会ったときから、初めての気がしなかった。私が昔から好きな物のことをレイが知っていたし。
(じゃあ、何で…?!何で私にはレイの記憶がないの…?)
頭を抱えたまま、混乱している私に向かって、真剣な眼差しを向けた。
「…ユリアから俺たちの記憶が消されたことも…全部知ってる…俺だけ、記憶を残されたから」
「どう…して…?」
問いかけた途端に、ほんの少しの頭痛と共に、耳鳴りがしてうずくまった。
手先が冷たくなっていく…。
「全部…ユリアを守る為。両親達がそう決めて、俺を除いた全員から記憶を消したんだ…」
そう、レイの呟く声が遠のいていく。その瞬間に酷い耳鳴りと共に、意識が混濁してベッドに倒れこんでしまった。
***
ーー夢を見ていたーー
まだ母が生きている頃の夢。
違う…これは私が子供の頃の記憶だ。
温かい光の差し込む部屋の窓辺で、男の子が本を読んでいる。
「レイって陽だまりみたいだよね?」
男の子の肩に寄りかかって、そう呟いたのは私だーーー。
「陽だまり?」
「温かいってことだよ?」
「あ…そういうことか。炎属性の悪魔族だから…普通の人よりも体温が高いんだ」
「そっか…。だから温かいんだ…」
ふふっと笑って体を寄せると、そのまま微睡んで眠った。
そんな穏やかな時間が好きだった。そよ風でなびく柔らかい髪が顔に当たってくすぐったい。
レイが私を起こさないように、出来るだけ静かに本のページを捲っていたのを知っている。
眠っている私を見つめる優しい眼差しが好きだった。それが見たくて、いつも寝たふりをしていたんだ。
ーーああ…。私はレイを知っているーー




