10.今度は私が助けたい(ユリア)
シュウの元へ怪我人を運びながら、地上のモンスターを何匹か倒した。
救護している場所に近づけないように、襲いかかるモンスターに剣を振るった。
レイとテルで殆どのモンスターを討伐してくれてはいるけれど、それでも追いついていない。
救護班や討伐部隊も駆けつけてくれたけれた。それでもモンスターはどんどん現れる。
実戦ルームは外に直結しているから、外からモンスターが雪崩れ込んできているらしいと、討伐部隊の人が教えてくれた。
(そんなの…キリが無いじゃん…)
歌の力を使ったせいで、身体が鉛のように重い。剣を振るう手がだんだんと痺れて来た。息だって上がってる。
それに…音だって鳴りやんでいない。地味に頭が痛くなる。音の出どころがイマイチ掴めない。
(モンスターが集まってきてるのって…もしかして、この音のせい…?)
「ユリア!!」
そんなことを考えていると、アスカの呼ぶ声が聞こえた。
「アスカ!良かった無事で…」
「やっぱり、アナウンス聞こえて無いわよね?すぐに実戦ルームの外にでるようにって…。もう私たちで最後だから…」
再会を喜んでいると、後ろから血相を変えてテルが走ってくるのが見えた。
「アスカ!!すぐに来てくれ!!レイが…」
「…レイ?が…どうしたの?」
2人で顔を見合わせた。さっきまで普通に戦っていたはず。魔法の連弾がここからでも見えていたもん。アスカも怪我なんてしてなかったでしょ?なんて言ってる。
「…レイがいきなり発火したんだ。アスカなら何が起きたかわかるか?」
アスカの顔色が変わった。何で今なの…?と、困ったような混乱してるような表情だ。
「…っすぐに逃げて!!レイ、魔力が高すぎてたまに暴発させるの。特にレイは属性が炎だから…最悪…実戦ルームが燃え尽きるわ」
アスカが急いで!と叫びながら手を引いた。身体が震えて、手にしていた剣を落としてしまった。
(魔力の暴発…?実戦ルームが燃え尽きる)
「じゃあ…レイは…?止める方法は?」
言ってる意味がよく分からない。だって、この広い部屋を燃え尽くす程の炎だったら…。暴発させてる張本人だって無事なわけない。
「一度暴発が始まると…魔力が切れるまで炎は治らない…。…レイは死ぬ事は無いから。自分の魔力だから耐性はあるの。…重症は負うけど仕方ないよ」
(仕方ないの…?それで終わらせていいの?)
さっき私は死ぬ所だった。足も折れてしまって…。
もうダメだって思った時に、レイは来てくれた。それに…。実戦ルームのモンスターだって、ほとんど倒してくれたのはレイだ。
みんなはレイに助けられたのに…レイは苦しい時に誰にも助けて貰えないの?
(そんなの…嫌だ…)
私ならきっとレイを助けることが出来る。
あの歌を歌えば…。セイレーンの力を使うことになるけれど、この混乱の中だし。それに、もうみんな逃げたって言ってた。
「…私…レイを助けてくる!」
「ダメ!!話し聞いて無かったの?ユリアが巻き込まれちゃう!行った所で何もできないよ!!」
そう言ってアスカは引き止めたけれど、ごめん。と謝りながら首を振った。
「レイが辛そうなの…放っておけないよ」
覚悟を決めた私に、テルはため息を吐いた。何となく私がやろうとしていることに気付いたようだ。
「アスカ…、レイはユリアに任せよう?こいつ、こうなったら頑固だから」
テルは「でも!」と言ってるアスカの肩に手を置いた。
「それより、シュウと怪我人を外に連れ出そうか?」
「それはゼルがやってくれてるよ」
「怪我人も多い。ゼルだけじゃ無理だ。レイの暴発に巻き込まれたら大変なんだろ?」
テルは私の歌が聞こえ無いように…。力がバレないように、みんなを外に連れ出してくれようとしている。
「ユリアいいか?上手くやれよな」
それだけ言うと、テルはアスカを連れてシュウの元へ行ってくれた。
テルの言う『上手くやれ』は…レイにもバレないようにっていう意味だ。
(大丈夫…かな?大丈夫だよね?)
セイレーンはこの世でたった1人しかいない。もう…滅びた種族だと思われてる。例えレイに歌が聞こえたとしても、私がそうだなんて思わないだろう。
(大丈夫…上手くやる!)
そう、自分に言い聞かせながら、レイの元へと走った。
***
草木が燃えている。辺りは火の海で息苦しい熱さだ。その中を掻き分けて歩いて行くと、その中心にレイがうずくまっていた。
レイの身体から青い炎が上がっていて、身体が所々焼けこげている。
「レイ…!!」
私の声にレイは顔を上げた。真紅の瞳は普段より赤みを増している。熱さと痛みに耐えながら、苦しそうに胸を押されている。
「…くる…な…」
視線だけを動かしてレイは私にそう言った。自分は苦しいのに。こんな時にも、優しい目で私を気遣うんだ。出会った時から、変わらない。私が困っていると…レイは助けてくれたから。
(だから…次は私が助ける…)
聞こえるように歌わないと意味がないから。「来るな」を無視して、炎を掻き分けながら一歩、また一歩と近づいた。目を開けることもできない熱波。
近づく程に火の勢いは強くなった。それでも何とか腕を伸ばして、レイの肩に触れる。触れた腕は炎で焼かれて赤くなった。
炎の中で「離れろ」と言ったけれど、私は首を振ってレイのことを強く抱きしめた。
身体が炎に包まれたけれど、何とか息は出来た。
不安そうなレイに微笑みかけるとゆっくりと目を閉じた。そして、子供の頃…眠れない時によくママが歌ってくれていた歌を口ずさんだ。
「鎮静の歌」だ。
…ママが1番始めに教えてくれた歌。歌い慣れた歌だった。この歌なら、レイの暴発を止められる気がしたんだ。
熱くて、息苦しくて…。途切れ途切れだったけれど、何とか歌を歌い終えた。歌が終わる頃には、レイの身体から上がっていた炎は消えていた。
(やっぱり…効いた…)
腕の中で目を閉じているレイに、ホッと胸を撫でおろした。
そっと、レイの頬に触れた。眠っているようだ…息も安定しているし、表情も苦しそうじゃない。
「良かった…」
(…って…違う…!安心してる場合じゃない!)
レイの炎は消えたけれど、周囲を燃焼している炎は消えていない。
しかも、今日一日でセイレーンの歌を2回も歌ってしまった。短時間で。
一回でも身体への負荷は大きいのに…。身体が重くて力が入らない。いつもなら、大丈夫かもしれないけれど…今はレイを運ぶことも出来ない。
これじゃ…炎に2人とも焼かれてしまう。
(暴発を止めた後のことを考えて無かった…)
「ユリア!!」
大ピンチだと途方にくれていた所にアスカが駆けつけてくれた。大丈夫?と言いながら、氷魔法で周りの炎を消してくれた。
そして、レイの様子を見て目を丸くしている。
「…レイの暴発…治ってる…?ユリア…何したの?」
なんて説明しようか?なんて考えながら青ざめていると、アスカの後ろから超絶美人が息をきらして走って来た。
「アスカさん!先に行かないでくださいよ…。出火したのって…こちらのお兄さんですか?」
超絶美人はレイの顔を覗き込んでにっこりと笑った。アスカは「話し中なんだけど?」と、美人に対して不貞腐れている。
「話しはここを出てからにしましょうか?気を失ってるお兄さんは僕が運びますので…」
アスカは不貞腐れながらも「分かった」と返事をした。
そんなアスカを愛おしそうに美人が見つめてる。
(…ん?…今…この子がレイを運ぶって言った…?)
考えていると、その子は華奢な腕をレイの体に腕を回した。
「えっ、無理しなくていい…!?」
ユリアが止める暇もなく、その美人は軽々とレイを抱き上げた。担ぐと「急ぎましょうか?」と、微笑んで入り口に向かって走りだした。
目を丸くするユリアに、アスカが笑いかけた。
「そうなるよね?私も最初は驚いたから。あの子…ゼルはすごい力持ちなの。だから、任せて大丈夫」
そうなんだ…。と、差し出してくれた手を取った。でも何だか複雑な気分…。超絶美人がレイに密着してるとか…。
(なんか…嫌だな…そんなこと言ってる場合じゃないか)
アスカに行こうと声をかけられて、2人でゼルの後を追って走り始めた。モンスターの攻撃を掻い潜りながら、何とか入り口へ戻った。
「アスカ!!ユリア!!2人で最後だから!早く!!」
入り口ではシュウが心配そうに扉の前に立っていた。
2人で勢いよく外に飛びだすと、それと同時にの重い扉が閉じられた。




