始まりの過去(前編)
セイレーンは、その歌声を聞いた生き物を、操る事が出来る。その力に目をつけたのがイーターの王『ロード』だった。
ロードは『ザレス』という国を持ち、イーターを引連れて他の種族を喰らい国を維持していた。イーターは、生き物を喰らっていないと消滅するアンデットだった。だが、生き物さえ食べていれば心臓を壊されることのない限り、再生するアンデットだ。
食う為に生き物を襲えば、抵抗されて無駄に血を消耗する…。抵抗なく簡単に栄養価の高い生き物を食べたかった。
セイレーンの能力が、イーターの思惑と完全に一致した。元々死体のイーターには『セイレーンの歌声』は効かない。
ーうってつけの力だ。
イーターはセイレーンを求めて世界中を探し回り、ひっそりと暮らしていたセイレーンの集落を見つけ出した。そして1人残らず連れ出し、逆らう者は殺して喰らった。
喰らうことを我慢できないイーター達は道中で、セイレーンを食った。更に、セイレーンは思ったよりもか弱い種族だった。イーターが殴っただけで死んでしまった。
そうこうしているうちに、ザレス国に着いた時には10歳そこそこの幼いセイレーンただ1人しか残っていなかった。
その子の名はエレン。だが、イーターにとって名前などどうでも良かった。
ザレス国の王は絶望しつつも、セイレーンを何とか増やしたいと考えた。
セイレーンは多種族に比べて、寿命が40年と短い。成熟期は20前後である。少女はまだ力を最大限に発揮する事は出来ない。歌声で操れるのは、小さな生き物ばかり。更に歌った後は倒れてしまう。
苛立ちが募るロードだったが、セイレーンは最後の1人。失うわけにはいかなかった。
ーーそれなら、セイレーンを孕ませよう。
そう思いついた。長生きで力のある神族の末裔やヴァンパイア、ドラゴンなどと無理矢理交配させた。交配が終わり妊娠が確認されるとイーターはオスを食い殺す。
だが異種混合は上手くはいかない。そもそもが、セイレーンの能力は女にしか受け継がれない。無事産まれても、男だと直ぐに喰らった。
そうして、交配がうまく行かないまま8年の年月が流れ、エレンの元にシヴァ神の末裔の青年が送り込まれた。
ーその青年の名はガイア。
ガイアも、交配対象としてイーターに家族を食われ、ザレス国に連れてこられた。ガイアは神族の中でも数の少ないシヴァ神の末裔だった。破壊と再生を司るシヴァ神の血を受け継いでいる。力が強く、身体も丈夫。おまけに自己再生能力もある。素晴らしい交配対象だ。
ロードはガイアを連れて来たイーターの兵士に国王軍の大尉を授けた。
そしてガイアには、3ヶ月の期間が与えられた。
この2人の出会いが運命をエレンの運命を変えることとなる…
***
交配対象として近づいた2人は、お互いに惹かれてあっていった。ガイアはエレンの生い立ちを聞き、助けたいと思った。そして、エレンも同じ気持ちでいた。
エレンはガイアを逃したいとザレス国で医者としてエレンの交配に携わっていたミーナに相談した。ザレス国でエレンが心を許せる唯一の存在だった。
ミーナは天使族と悪魔族サキュバスとのハーフで、25歳だった。
聖なる力を帯びた天使族に、アンデットのイーターは触れられない。しかし、ハーフだと触れるという事実を知り、天使族克服の研究材料としてミーナと8歳下の妹はこの国に5年前に連れて来られた。妹はとはザレス国に着いた途端に離れ離れとなり、5年間会うことは無かった。
イーターにとって、ミーナは利用価値があった。妹には遺伝しなかった法力があった事と、医師として働いていたという実績があったから。医者としてのエレンの管理と、人工授精の実験…。それとイーターの天使族への耐性をつける為の研究をする様脅されていた。
エレンに罪悪感を抱きつつ、妹を助けたい一心でロードの言いなりとなっていた。
ーー捉えられたその日に妹は喰われているとも知らずに…。
ミーナはエレンに協力してガイアを逃す計画を立て、必ずガイアを助ける事を約束した。
ガイアは、自分を逃がす計画をミーナから聞かされた。その事に戸惑い、自分1人で逃げる訳にはいかないと食い下がった。
首を縦に振らないガイアに、ミーナは『エレンは喰われないが、あなたは喰われる。本当に助けたいなら、助ける力をつけて戻って来て。それまでは、私がエレンを護る』と言って説得した。
そして、ガイアはミーナに実験中に死亡した事にされ、ゴミとして研究所から外に出された。
ガイアはエレンを助け出すために天使族の国聖なる力で護られたブルームンを目指すことにした。イーターは、この国には『攻め入らない』とミーナから事前情報を聞いていたからだった。必ず助け出す事を心に誓い、ザレス国を後にした。