7.後片付け
初めての実戦授業で、初めての実戦レポート。疲れた頭をフル回転させたが、途中から何も考えられなくなった。レポートを提出したら帰宅して良いことになっているけれど、なかなか終わらない。アスカも私と一緒にうなりながらまとめている。
そんな2人を差し置いて、テルとレイはもう終わってしまったようだ。
(もう無理…疲れた…何も思い浮かばない…)
「大丈夫か?」
レイが横から声をかけてきた。
「大丈夫じゃ…ない。何書こうか思い浮かばない」
真っ白なレポートを目の前に差し出すと、レイはクスっと笑いながらもレポートのまとめ方を教えてくれた。
ユリアが『そっか!』と嬉しそうに言うと、レイも微笑み返してくれる。何となくくすぐったい気持ち。気を取り直して、集中してレポートに取り組めた。
「ありがとう。何とか終わらせることができたよ…」
お礼を言うと、優しく頭を撫でてくれた。
「アスカ…、アイツ距離感おかしくないか?」
「それね。私もそう思ってたの。前から知り合いだったの?」
2人を見ながらアスカとテルが話している。
(レイさんと知り合いだった?…そんなことはないはず)
思いつく限り、レイのような人に多分会ったことはない。インパクトが強すぎる外見だし…。出会ったのは、編入試験が初めてのはず。
考えていると、アスカは「まあ、いっか」と言ってユリアの肩に手を置いた。
「疲れたし、校内のカフェに行ってみる?案内するよ。甘い物でも食べようか?」
ユリアは目を輝かせながら、激しく頷き鞄を手にした。
「行く!ありがとう。レイさんも行く?」
「俺はいい」
と呟いて鞄を手にとった。ユリアは慌てて駆け寄ると「今日は、ありがとう」と手をふった。
レイも微笑むとユリアの頭にポンと触れ、また明日とつぶやいた。
「…いつものレイじゃないんだけど…」
アスカがまたニヤけてユリアに言う。出会った時からあんな感じだから、距離感が近い人なのかと思ってた。だけど、今日一日私以外の人とそんなふうに喋っている所は見ていない。
(…不思議な人だな)
「一緒に行く?」アスカはテルにも声をかけていた。
「あー、悪い。シュウが怪我した件について、イリーナ教官から事情聴取があるから無理」
「編入早々…かわいそうに」
アスカが揶揄うようにテルに言った。テルは「俺も被害者だって、教官に話すわ」と、アスカに手を振り教室を出て行った。
「じゃあ、2人で行こうか!」
「うん!」
ユリア達も教室を出て、カフェを目指した。
***
「まさか、転校初日で問題起こすとは思わなかったわ」
イリーナは事情を説明しに来たテルに笑って声をかけた。テルは苦笑いをしながら「俺もです」と言うしかなかった。
ケンカをセイヤが売ってきたことと、シュウが人を庇って怪我してしまったことをかいつまんで話すと、イリーナは「分かったわ」と、テルの肩に手を置いた。
「シュウから、あなたは悪くないって聞いてるから。まぁ、とりあえず教室内でケンカはやめなさい」
「分かりました。次はシュウを巻き込まない様にケンカをかいます」
テルはべっと舌を出した。
(こっちだって、売られっぱなしは嫌だし)
イリーナは、そんなテルに目を丸くした後にお腹を抱えて笑い出してしまった。
「無理無理。シュウはあんな風にみえて正義感強いから。次も身体を張って止めに来るわよ?いい?あんな奴は気にしない事。分かったわね?」
話が長引きそうだったから、適当に「ハイ」と返事をして切り上げた。教室に戻る途中に実戦室の前を通ると、救護室でシュウがまだ後片付けをしている。
(しかもひとりで)
どうしても怪我人の治療は、実戦が終わった後になるからこんな時間になったんだろう。
何となく放ってはおけない。そもそも、大怪我して輸血を終えたばかりだし。天使族だから、自己治癒が出来るし傷の治りも早いのかもしれないけれど。それでも、無理はしてるんだろう。
「お疲れ」
椅子を運んでいたシュウに後ろから声をかけると、あからさまに驚いて振り向いた。
「…テル君?どうして…」
運んでいた椅子を「持つよ」といって取り上げた。呆気に取られながら、ありがとうと呟いて、今度は机の上に散らばった物を片付けている。
「ひとりで片付け?押し付けられた?」
シュウは微笑みながら首を振った。
「違うよ。みんな、治癒魔法の使い過ぎでうごけないの。見た目以上に、体力を消耗するから」
そう言ってシュウは外を指差した。指差した方を見ると、他の人はぐったりと椅子にもたれかかったり、ねそべったりしている。
「重傷の人も多かったよ?今回の課題モンスターは難しかったんじゃないかな?無傷だったのは3人だけだよ」
シュウはシーツや包帯を片付けながら言った。
「じゃあシュウだって、疲れてるだろ?」
「私は大丈夫。体力あるから。それより片付け手伝ってくれて…ありがとう」
「…また助けて貰っちゃったね」
綺麗になった救護室を後にしながら、シュウが言った。
「いいよ。助けるって程のことはしてないから」
「そんなことないよ。私は嬉しかったから」
そう言うとシュウは微笑んだ。その笑顔が可愛いくて、思わず目を逸らした。
「これから、アスカ達とカフェに行くんだけど…良かったら、テル君も一緒に行かない?」
「え…?」
いつの間にか誘っていたんだ。
「…片付け手伝ってくれたお礼に、何か奢らせて?」
逆に悪いと断ろうとしたけれど、結局押し切られるような形で「うん」とうなずいてしまった。
「良かった!じゃあ、教室で待ってて!すぐ着替えて来るね!」
そう言って、嬉しそうにシュウは更衣室に入っていった。
(…相手はプリンセスなのに…)
シュウの笑顔が頭から離れない。




