17.届かない願い(ユリア/レイ)
場面飛んで、ユリアの戦いになります。
ゼル君と場所を代えてから、そんなに時間は経ってはいない。
イーターの攻撃スピードにも慣れて来た。
攻撃を避けながら核を破壊することも、なんとか出来るようになってきた。
(…これ、おかしいよね!?)
もう、十匹以上は倒しているはず。それなのに、イーターの数は一向に減らない。
それどころか、倍増しているんじゃないかって思うえるほど増殖してる。
少しでも動きを止めるとイーターの攻撃が直撃してしまうから、ずっと動き続けてる。
足はもつれそうになる。息も上がっている。額から流れる汗を拭う暇もない。
この場から逃れることなんて、もちろんできる訳がない。
(あと少し…。あと少しだけ耐えれば、レイが必ず来てくれる)
弱気になる自分に、そう言い聞かせて、キリのないイーターの大群に立ち向かった。
「「「…君…すごいな…」」」
動き回る私の耳に、どこからともなく声が聞こえてきた。
全方位からこだまして聞こえるせいで、声の人物がどこにいるかは分からない。
私に向かってきていたイーター攻撃が止んだ。それと同時に、火の玉のようなイーター全てが全く同じタイミング、同じ呼吸で一カ所に集まり始めた。
「今度は何っっ!?」
考えたって分からない。出来ることは次の攻撃に備えるだけだ。
…と、ほんの少し目を閉じた。その僅かな時間で次に目を開いた時には、火の玉のイーターは全て消えてしまっていた。
その代わりに目の前にいるのは、白い顔に金色の髪。目だけは異様に金色で瞳が細く蛇のような人型のイーターだった。
「初めまして。俺はレギオン。ザレス国王軍第一部隊隊長兼、イーターのスカウトだ」
開口1番に不穏なことを言い、笑みを浮かべた。
「…スカウト?」
「あぁ…。まぁ、簡単に言うと『死体集め』だ。特殊な能力のある奴や、強いやつを綺麗に死体にするのが俺の役目」
そう言うと、ユリアに向かってぺこりとわざとらしく頭を下げた。
「おめでとう。お前は俺のお眼鏡にかなったよ」
顔を上げたレギオンは、不気味な笑みを浮かべながら手を広げている。
(隙だらけだ……)
いつでも攻撃できる。標的が大きくなったから当てやすい。ただ、このイーターの能力も、核である心臓の場所も分からない。
分からないと言うよりは、幾つもあると思う。
心音である核が脈打つ音はあちこちから何百も何千も聞こえてくる。その全ての音は目の前の人物から聞こえてきている。
(核が幾つもあるってこと…?だからこんなに隙だらけなの…?)
考えながら双剣を構えた。余裕の表情は絶対に倒されないという自信の現れだろう。
「……認められても嬉しくないから」
レギオンはニヤニヤと笑いながら間合いを詰めてくる。
「そう?残念だ。じゃあどうする?俺を殺す?君じゃ無理だと思うけど?」
相手の言葉は聞かない。イーターの言葉なんて、聞くだけ無駄だって分かっているから。
とりあえず、あれだけいたイーターは居なくなった。
だとしたら今私が出来る最善策は、隙を作り出して逃げること…だ。
(名付けて、ヒットアンドアウェイ作戦だ)
震える足で踏み切ると、自分が出せる最速の速さでレギオンの後ろに回り込んだ。
剣を振り上げて飛び掛かると、余裕だったレギオンの顔色が歪んだ気がした。
思いっきり振り下ろした剣は、完璧にレギオンを捉えたはずだったのに、全く手ごたえはない。
「え……?」
振り下ろしたはずなのに。レギオンの身体には私が振り下ろした剣がめり込んでいるはずなのに…だ。
「「「残念当たらないよ」」」
笑い声が反響する。いくつもの声が重なって聞こえる。剣を突き刺した場所にはぽっかり穴が空いた。
そしてその穴から、さっきの火の玉のようなイーターが飛び出してきた。噛みつこうと大口を開き、鋭い牙が襲いかかる。
「…っ!!」
反応が遅れた。何とか上体を逸らして牙から逃れることはできた…と、思った。
けれど、次に飛び出してきたイーターの体当たりを顎にまともに受けてしまった。
すごい衝撃で後ろに吹っ飛んだ。受け身は取ったけれど、壁にぶち当たり、鈍い音が響いた。
「…っ…っつ…!!!」
立ちあがろうと手を着いた。その瞬間に背中に激痛が走った。
多分背骨にはヒビが入ってる。なんとか動けるけど立てない。
「っ…がッ……っ……!」
息をしようと、口を開くと血が大量に溢れ、赤黒い血が止めどなく吐き出される。
口元に手を当てると顎が砕けていた。
(避けたと思った初めの攻撃も当たってた)
かすった牙は喉を裂いていた。呼吸をしようとすると気管に血が流れ込んで、激しく咳き込んだ。
「嘘だろ?あれを避けるんだ。身体能力すごいな!顔を食い千切るはずだったのに。よくそれだけの傷ですんだね」
手をパチパチと叩きながら、こちらに近づいてくる。
剣を床に突き立てて、何とか立ち上がる。ぼたぼたと勢いよく口から血が溢れ落ち、目の前の床に赤い血が広がる。
「…っっ…」
痛みに顔を歪ませる。背中よりも喉を潰された方がまずい。
(声…出ない…息…しずらい…)
最終手段だったセイレーンの能力も使えない。
それに、もしもセイレーンのまま私がイーターにされてしまったら?
(人類にとって一番最悪なことになる…)
「もう死ぬ?ねぇ死にそう?この程度の損傷なら、イーターになっても綺麗なままだよ?良かったね」
そんなことを言って、微笑みかけてくるレギオンを睨みつけた。
(まだ…死んでない…)
強がってはみても剣を握る手に力が入らない。
(レイ…約束したのにな…)
ふと思い出して耳に触れてみた。さっきの衝撃で、イヤカフが無くなってしまっている。
(大事な物だったのに…返すって約束…したのに)
そんな約束すら守れないことが悔しい。
(…弱気になっちゃダメだ)
なんとか持っているだけの双剣を構えた。
「はぁ。まだ戦うの?死にそうだけど?綺麗に死体にしたいのに…」
レギオンは心底面倒だとため息を吐いた。
アイツにとって、私の価値なんてそんな物だ。いつでも捻りつぶせる命だ。だとしても、まだ死ぬわけには行かない。
***
校舎の入り口直ぐの階段下に、グッタリとしているミリヤと、身動き一つしないアスカを見つけた。
このまま放っておこうか一瞬迷ったけれど、放っておいて死なれたらユリアに責められるだろうと思い止まった。
「……立てるか?」
声をかけると、ミリヤは青白い顔でゆっくりと視線を俺に移した。
「レイ…君…?」
そう呟くと涙ぐみながら首を横に振った。
「無理…聖力…無くなって…立てない…。イーターの攻撃から…もう…私じゃ守れない…」
ミリヤは純血だ。それでも細かい傷が付いている。ゼルが行った後、アスカを守る為に身体を張っていたんだろう。
(治癒に使うべき力を、イーターに向かって放っていたんだ。消耗が激しくなるのも無理はない)
純血にイーターは触れられない。だけど、人型になると武器を使って攻撃してくる。
(養成校ごときに、どれだけの戦力を割いてるんだよ)
急いで気を失っているアスカの額に触れた。
致命傷は負ってない。ゼルの言う通り、魔力を失ったことによる気絶なら、無理矢理魔力を流し込めば起きるはずだ。
(やったことはないけど)
元々アスカは魔力のコントロールに長けている。更に、同じ悪魔から産まれた兄妹だ。魔力の質的には同じだ。
「アスカが目覚めたら2人で避難所に向かえ」
「え…?どうやって…?」
不安そうなミリヤを無視して、翳した手に集中する。
こっちもかなり魔力消費しているし、アスカに渡す配分を誤ったら俺がやばくなる。
最小限に…尚且つ、アスカが戦力になるくらいの量…。イメージとともに、額に当てた手から流し込んだ。
バチっという火花が散る。元々魔力の属性は違うし、少しは反発するだろうとは思っていた。
「いっ…たっ…!!」
…けれどアスカは飛び起きた。思惑通り。アスカの額には赤い後が残っているが、魔力譲渡は概ね上手く行ったようだ。
「魔力は戻ったか?」
「え…?レイ…?」
「いいから魔力は?」
「…戻ってる!!…え…なんで?」
「説明してる暇ない。表にスクーターあるから、それで避難所に向かえ。ゼルもいるから」
呆然としているアスカに、とりあえず伝えておかないといけないことをかいつまんで話す。
「あと、避難所にはモンスターを操る音を出している奴がいる。そいつ、姿見えないけど何とかして倒せ」
言いたいことはたくさんあったし、聞きたいこともたくさんあった。けれど、そんな暇はなさそうだ。
上の階から戦闘の音が聞こえる。何かが壁に激突したような大きな音も響いた。
「は……?」
その音と同時に、イヤカフの魔力が感じられ無くなった。
「ユリア…?」
血の気が引いていく。俺が渡したイヤカフは、簡単には外れないようになってる。
その魔力を感じなくなったということは壊れたということだ。
(それが意味することは…?ユリアに何かあったってことだ)
冷たくなった指でイヤホンマイクの電源を入れた。
「ユリア!すぐ行くから返事しろ」
最後に魔力を感じていた場所まで、走り出しながら呼びかける。その声にユリアの返事は返ってこない。
大きな音がしてからまだ1.2分。即死じゃ無ければ間に合う。
「ーーっ!クソっ!!」
後悔しかない。他の奴らなんて放っておけばよかった。俺はユリアを守りたくて、戦っていたはずなのに。
肝心な時に何でひとりで行かせて。危険な目に合わせて…。
無事な姿を見たい。今すぐユリアの声が聞きたい。震える手を力強く握り締めて、ユリアに繋がる階段を駆け上がった。
(間に合えっ!!)
願った所で無駄だってことは、幼い頃に分かったはずだった。
神様なんていないし、毎日のように祈ったところで思い通りに行ったことなんてない。
それなのに、狂ったように願い続けた。
もうユリアと二度と離れ離れになりませんように…。と。




