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聖なる歌声の守護人  作者: 桃花
12.襲撃

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16.不確実な希望(シュウ)

 傷口から血が吹き出しているのに。自己治癒も追いついていないのに。折れた剣でテル君は、イーターに飛び掛かる。


「…シュウ…分かっただろ?テルはもう限界なんだ」

 

 ファリスがさっきとは違って、冷静に話しかけてきた。


(冷静になんてなれない…)


 イーターのこの強さは、ザレス国王軍の隊長。

 対してこっちには、戦闘向きではない天使族と…手負いの私。

 そんな私を守るために、テル君はたった一人で戦わなくてはならない。

 ファリスは、死にかけた私を置いて逃げることも出来ない。


(このままじゃ…終われない…)


 さっき食いちぎられた太ももに目を向けた。

 

(……まだ…試して無いことがある)


 それは…母が開発して、父が発動できる魔法。

 かなりの聖力を消耗し、普通の天使族には扱うことすらできない魔法。

 この世でお父様しか使えないと言われている()()()()


 それは()()()()だ…。


 お父様は下級イーターであれば一瞬にして灰にする聖域を、広範囲に長時間作りだすことができる。

 上位のイーターですら、その聖域内では動きが落ちる。

 外から入ろうと触れたイーターは、その身が聖なる力によって弾き飛ばされて、触れたところが爛れるような聖域だ。


 お母様から教えてもらったその魔法は、もちろん私には使いこなすことなんて出来ない代物だった。


 でもそれは、父様のようには…ってことだ。

 

 私の場合は自分が触れている物か、自分自身にしか聖域を作り出せなかった。しかも持続は数秒。

 でも、決して聖域を作り出せない訳じゃない。


(だとしたら…この魔法を応用できたら…?)


 傷は塞がっているけれど、まだ凹凸が残る内腿をそっと指でなぞった。


 私はラウグル(アイツ)に喰われた。アイツの体内には、まだ私の血肉が残ってる。

 喰われた()()も私の一部だ。

 だとしたら、ラウグルの体内は()に触れていることになる。

 そうなると、ラウグルの体内に残る私の()()に、聖域を作ることが出来るかもしれない。


 隊長クラスのイーターに、どれだけのダメージを与えられるのかは分からない。


 もしかしたら、無意味かもしれない。


 けれど…これしか、テル君を助ける方法は残ってない。


(…ただ、試すにしても問題が残ってる…)


 私の聖力がまだ回復してない。ここに来る前に、聖力はワイトに根こそぎ取られてしまったから。


(それなら()()しかないよね…?)


 逃げようと差し出されたファリスの手を取り、その顔を見上げた。


「…テルを守る為に逃げよう…シュ…」


 安堵の表情を浮かべるファリスの顔を両手で引き寄せた。


「……えっ……」


 困惑するファリスにその唇に口付けて舌を絡ませた。


 『穢れた血』が皮肉にも役立った。粘膜の触れ合いで、魔力や聖力を吸収(ドレイン)できるサキュバス。


 そんな血が流れている、この身を『穢れた血』…と、いつも否定していたはずなのに。

 私は結局は、土壇場でその力に頼っている。

 それどころか、今はその血が流れていて良かったとすら思ってしまっている。


(じゃないと、聖域魔法(これ)を試すことすら出来なかったのだから…)


「…はっ…っ…!んっ…シュ…っ」


 息をしようと、ファリスが大きく口を開く度、唇の端から銀糸が溢れる。

 それでも離れないように、口蓋をなぞり頬の裏側を舌で撫でる。

 

 身体に聖力が流れ込んで来るのを感じる。

 まだ足りない。もう少し…。そう思いながらファリスの舌に吸い付いた。


 指の先が暖かくなってきた。これだけ聖力で満たされると、聖域を作り出すことが出来る。

 唇を離すと、聖力で満たされた体は軽くなっていて、自分の足で立ち上がることもできた。

 でも、決して回復した訳じゃない。聖域魔法を使えば、体の中の聖力は無くなる。今度は自己治癒すらできずに、私は死んでしまうかもしれない。


(それでも…悔いなんてない…)


「……嘘だろ……?」


 ファリスが困惑した表情で、私のことを見上げた。


 ファリスとはガーディアン養成校に入学した頃から、同じ天使族の仲間として共に高め合ってきた。

 もう、十年以上の付き合いになる私が、自分の知らないサキュバスの能力を持っていたのだから。


 困惑するのも当然の反応だと思った。

 

「隠しててごめん、ファリス。驚いたよね…」


 ファリスは私から目を逸らすと、大きなため息を吐いて、頭を抱えてしまった。


「あ〜…。ごめん。今まで気付かなかった。シュウみたいなクソ真面目な美女に、俺なんかが相手にされるなんて思って無かったからさ……」


「?」


 話が見えてこない私のことを、もう一度ファリスは見上げた。


「俺、結構テルと仲良しだし…何で今なんだよ…」


「……何が?」


()()()()()しておいて、今更とぼけるの無理じゃない?」


「あんなこと……って……?」


(さっきのドレインのこと?)


「……シュウ、俺のこと好きなんだろ?」


「……」


「全然。全く好きじゃないから。そんな冗談言ってる状況じゃないから…」


 こんな状況下ですら、訳の分からない冗談を言うファリスにため息を吐くと、目の前で戦ってくれているテル君を見つめた。


 この魔法が無事発動されるなら…。テル君を助けることが出来るなら…。

 私は死んだって構わない。そう強く願ってラウグルに向かって手を掲げた。

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