15.これでいい(シュウ/テル)
戦いの音が近くで聞こえる。身体はまだ痛むけれど、指先を動かすくらいはできるようになった。
「シュウっ!…っ良かった」
その声に、うっすらと目を開けると、飛び込んできたのはファリスの安堵の表情だった。
(テル君…じゃない…)
慌てて身体を起こそうとすると、動かした腕が痛んで顔を歪めた。
「無理するなって。みんなが自分と同じスピードで治せるっておもうなよ?傷、まだ全然治せてないから。俺の実力なんて、シュウが一番分かってるだろ?これでも俺の全力だよ」
ファリスは額に脂汗を浮かべながらも、治癒魔法を放つ手は掲げたままだ。
(そんなこと思ってない…)
あれだけの傷だった。瀕死だった私を、ここまで治癒してくれた。
ありがとうの声はまだ出ないけれど、自力で息ができるくらいには回復してる。
身体の傷は徐々に塞がっていく。なんとか起き上がることができそうだと思っていると、高笑いと共に大きな衝撃音が聞こえてきた。
音の方に身体をむけると、テル君がラウグルと戦っていた。
テル君は自己治癒能力があるはずなのに、傷の回復が追いついていない。
大剣を振るうたび、傷口から血が吹き出している。
それでも攻撃の手は止めない。関節を狙って攻撃して、腕や足を切り落としている。
それなのに、ラウグルはすぐに回復する。切り落としても切り落としても、直ぐに腕が生えてきて、攻撃を繰り出す。
その二人の戦いを静観しているワイト。
イーターの部隊長クラスと二対一。テル君はギリギリで戦ってる。
「…シュウ動けるようになったら、2人で逃げろって。テルがイーターは引き付けるからって…」
思わずテル君から目を離してファリスを見上げてしまった。
そんなこと出来るわけない。テル君が戦ってくれているのに。私が守りたかったのはテル君なのに。
声を出す代わりに『嫌だ』と首を振った。
「状況見てわかるだろ?俺達は足手纏いだよ」
(そんなこと…分かってる…)
でも、テル君を置いてなんて行きたくない。こうなってしまったのは私のせいだったとしても守りたかった。
「あのさ…シュウ…」
ファリスがため息をついた瞬間、叫び声が聞こえた。
「…逃げろ!!」
テル君の声に顔を上げると、赤い大きな鎖鎌が私たちに向かって飛んでくる。
気付いた時にはもう遅かった。軌道は完全にこっちを捉えている。
「うわっ!」
ファリスが声を上げた瞬間に、その鎖鎌の軌道がグンと逸れた。
***
シュウが目を覚ました事は簡単に分かった。
(ファリスがうるさいから)
俺も気付いたってことは、多分イーターも気付いた。
ラウグルの方は俺以外は見えていない。けれどワイトの方は気付いただろう。
ラウグルの回し蹴りに合わせて、膝の青黒い部分に剣を振りおろた。
切り落とした足は直ぐに生えてくる。それでも、ほんの少しだけれど隙はできる。
その間にワイトの動きを探った。
ワイトは自分で腕を切り裂き始めた。流れる血はみるみる鎖鎌の形に形成されていく。
思った通り。ワイトはシュウが目覚めたことに気づいて、そして攻撃しようとしている。
「逃げろ!」
シュウの元までは距離がある。ワイトのもとへ走ってる間に、ラウグルの足が生えた。
ラウグルの攻撃を掻い潜りながら、ギリギリでワイトの鎖を剣で弾いて起動を逸らした。
鎖鎌の刃は大きく逸れて、シュウ達の真横の壁に突き刺さった。
その途端、赤い鎖鎌は液状になって飛び散る。
いまいち分からなかったワイトの能力も理解できた。
血を思い通りに操る能力を持っている。
とりあえず攻撃を防ぐことはできた。
…と、安心したのも束の間。すぐさまラウグルが背後から鉤爪を勢いよく振り下ろしてくる。
何とか大剣でなんとか防いだけれど、受け流すことは出来ない。
「ワイト!!邪魔するなと言っただろ?」
ラウグルは攻撃の手は止めずに、ワイトを威嚇している。
「それなら邪魔されないように戦えよ。本来の目的を忘れるな」
ローブを被っていても分かるくらい鋭い眼光が光った。ワイトは明らかに苛立っている。
「目的は忘れてない!俺をバカにするなよ。コイツを喰ったら、次は穢れたプリンセスを喰う!!」
ラウグルは叫ぶと同時に鉤爪に更に力をかけてきた。
防ぐだけで精一杯なのに。このままじゃ大剣が持たない。
案の定、剣は重圧に耐えきれず真っ二つに折れた。
その勢いのまま、ラウグルの大きな鉤爪が右腕に突き刺さる。
「っっ!!」
肉がごっそりと裂け、血が吹きだした。
次の攻撃はなんとかわし、後ろに飛び退く。とりあえず距離を取ると、傷口を服でキツく縛った。
(まずい…)
勝てる見込みがない。自己治癒を使い過ぎているせいか、回復に時間がかかる。
利き手をやられた。右腕は使えない。そして大剣は折れた。攻撃のリーチが短くなった。
おまけにファリス達もまだ逃げていない。
八方塞がりとはこのことを言うのか。
なんて、絶望して折れた剣を見つめた。
「いよいよお終いだな!!」
ラウグルは口から涎を垂らし、牙を剥き出しにして笑っている。
(ダメだ…。まだやれる…やらなきゃいけない)
自分達が助かる為には倒すしかない。
「…お終い?笑わせるなよ?今からだ」
そう強がりを言って、剣を左手に持ち替えた。
「2人相手でも余裕なくらいだ。2人でかかって来いよ?」
勝てる要素がないなら、せめてシュウだけでも助かってほしい。
二人が逃げる時間を稼ぐために自分に引き付けた。
「そんな挑発乗ると思ってる?…でも、まぁ、手負のプリンセスなんて君を倒した後でも簡単に殺せるしね」
ワイトも乗って来た。流れる血から、また鎖鎌を作って構えている。
(それでいい…)
『すぐ逃げろもう』と、合図を送った。ファリスは慌てて頷く。
「…これで本当にお終いだ」
そう言うと今度は自分から飛びかかった。
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