11.行かせない(テル)
避難所内のモンスターは大したことが無いし、大量に雪崩れ込んで来るわけじゃない。
それは、レイ達が外を守ってくれているからだ。
それよりも、時々大型のモンスターの攻撃で、校舎が揺れることの方が問題だった。
「うわー!助けてっ…!」
その度に子供達は逃げ惑って泣き叫び、パニックになる。
「怖いよね?…でも、大丈夫。ここにいるお兄ちゃんもお姉ちゃんも強いから!」
子供達にそんな声をかけて集まるように促した。
泣きながら抱きついてく子供をぎゅっと抱きしめると、他のガーディアンクラスの子と共に子供達を集めた。
自分でもこんなに冷静に動けると思って無かった。
音も気にならなくなった。頭に響くような音は、まだ聞こえるけど、たまに遠くなったりする。
意識を逸らすとなんとかやり過ごせる。
それよりも、イヤホンから聞こえてくるゼルとアスカの会話の方が心配だった。
ここの状況も決して良い訳じゃないけれど、ついさっき聞こえてきたゼルとアスカとの会話が不穏だ。
ゼル君かなり苦戦してるみたいだし、痛みを感じないからか、戦い方が無鉄砲だから不安になる。
「ユリア!中にモンスターがっ!!」
私を呼ぶ声にハッとした。校舎に入ってきたバジリスクに、素早く剣を振るう。
他の事に気を取られてる場合じゃないと、目の前のモンスターを切り捨てた。
***
夜空を埋め尽くす程のドラゴン、避難所を襲うオーガやケルベロス。
息つく間もないくらいに魔法を放つ。俺だけでも、すでに百体以上は倒してる。
「くそ…」
額を流れる汗を拭った。ユリアにはああ言ったけど、俺一人で倒せる数じゃない。
イーター戦や、ファイアウォールに備えて、魔力は温存しておきたい。それなのに、それができない。
戦える者が少ない上に、魔法が効きにくいドラゴンがうじゃうじゃいる。
魔力消費を抑える為に、ドラゴンは雷で地上に落とし、氷魔法で動きを止めるくらいだった。
動けないドラゴンにとどめを刺すのは、援軍のガーディアン達でいいかと思っていた。
それなのに……その援軍が未だに到着しない。
(まずいな…)
応援が来ないとなると、この場にいるやつで凍ったドラゴンにトドメをさせる奴は、ゼルかテルくらいだ。
その二人はこっちを構ってる状況にない。
もうすぐドラゴンの動きを止めていた凍りが溶け出す。
(魔力の温存は諦めた)
「俺から離れて。ここ一体にドラゴンを落とす!!」
周りの戦っている生徒に声はかけた。もう、そいつらに気を配る余裕はない。
(雷で落としたドラゴンを、広範囲の氷の刃で突き刺すっ…)
周りに人が居なくなったことを確認すると、ドラゴンに向かって手を掲げた。
「レイ!!」
魔法を放とうと思っていたのに…。その声に振り返ると、ユリアが駆け寄って来た。
「ユリア中で待ってろって…」
「中のモンスターは全て倒したよ。入り口はロックが守ってくれてる。ロックがレイを手伝えって。ドラゴンも多いからそっちの方がいいよね?」
ロックはAクラスの悪魔族。だから、ユリアのことも知っていて、自分じゃなく物理攻撃が得意なユリアをこっちに回したんだろう。
(ロックめ…。余計なことするなよ…)
いつもの様に微笑むユリアにため息を付いた。
「こっちはいいから…っ…」
「危ないっ!レイっ!!」
話しの最中に襲い掛かってきたケルベロスをユリアは軽やかにかわして、弱点である眉間に剣を突き立てた。
「大丈夫っ!ちゃんと役にたつから…」
ユリアは攻撃の手は止めずに、素早く動くケルベロスにトドメを刺した。
「…役に立たないなんて言ってないだろ?」
でも、ユリアはスピード、テクニックタイプ。そして、ここにいるのはユリアが戦うには不向きな大型モンスターだ。
始めの方に凍らせたドラゴンは、徐々に身体の熱で氷を溶かして動き始める。
ユリアを抱き寄せて、ドラゴンに向かって手をかざした。
「…レイ?」
何かを言いたそうに、見つめるユリアから、視線を逸らした。
「動かないで。地上のドラゴンを一掃するから」
動き始めたドラゴンに向かって、巨大な氷の刃を落として仕留めた。
地面が揺れる程巨大な氷の刃は、魔力をかなり消費する。周りにも細心の注意が必要となる。
「ドラゴンが多いんだ。この数をユリアだけで倒すのは無理」
『ユリア…』
イヤホンからアスカの呼びかける聞こえた。
『イーターの動きが速いの。このままじゃゼルが死んじゃう!お願い!助けて…』
アスカの声は震えている。ゼルが本当に危険なんだろう。
その声に、ユリアは俺を真っ直ぐに見つめる。その視線だけで、言おうとしていることが分かった。
「私っ…」
「ダメだ。行かせない」
絶対に行かせない。行かせるわけない。ユリアの手を強く握り締めた。
「レイ、言ったよね?『適材適所』だって」
自分の言ったことが、大ブーメランになって返ってきた。
「っ…!だとしても、相手はイーターだろ?行かせない」
「でも、ゼル君が…!」
「どうでもいい!!」
思わず声を荒げてしまった。ユリアは言葉を失っている。
分かってる。そんなこと言ってる場合じゃないことも…。ユリアとゼルは逆の方がいいってことも。
「ユリア以外どうでもいい。俺が守りたいのはユリアだから。行くなら俺も行く」
自分で言ってて、駄々っ子かと思った。ユリアも軽蔑しただろうなって思う。それでも、それが俺の本心で…。
ユリアさえ無事ならそれで良かった。我儘だと思われても、酷い奴と思われても構わない。
(やっと会えたんだ。失いたくはない)
困った顔で見つめるユリアを、キツく抱きしめた。
子供の頃の俺は無知で無力で…。守るために離れるという選択をした。
(今は違う)
あの時よりも強くなったし子供じゃない。俺は俺の意志でユリアの傍にいる。
「レイがこの場所を離れたらダメだよ…」
ユリアの言ってる事は最もだし、そんな事わかってる。
「心配しないで?あの力は使わないし、危なくなったらレイを呼ぶから」
頬にユリアの手が触れる。多分、俺は酷い顔をしていたんだろう。
そんな俺を見透かすように、ユリアは真っ直ぐに俺を見つめてた。
「レイ。お願い。行かせて」
(あぁ…ユリアは覚悟を決めている…)
もう俺が止めることは出来ない。
ゆっくりと腕を解き、マイクのボタンを押した。
「アスカ聞こえてるか?ゼルとユリアの配置替えが条件だ。直ぐにユリアを向かわせる。ゼルがここに着いたらファイアウォールで避難所を覆う。そしたらすぐ俺はユリアを助けに向かうから。アスカは、遅れて避難してきたやつに、属性付けて中に入れる役だ」
『…レイ…。ごめん。ありがとう』
アスカは俺の想いを知っているから。その言葉。
「ありがとう!」と、抱きつくユリアをキツく抱きしめた。
「それじゃあ…」
「待って」
自分の耳からイヤカフを外し、戸惑うユリアにそのイヤカフを付けた。
「これ、俺の大事なものだから。絶対にユリアの手で俺に返して」
「うん!うん、絶対返すから!ゼル君を助けてくるね!」
ユリアは照れながらそっとイヤカフに触れて頷くと校舎に向かう。その背中を見送った。
別に大事な物なんかじゃない。少しだけ俺の魔力を込めた。もし壊れたら、俺には分かるようになっている。
『大事な物』って言っておいたら、壊さないように戦ってくれるだろ?危なくなったら、逃げてくれるだろ?
そう…期待して言っただけ。
そんな事を考えながら、ユリアの背中を見送った。




