10.劣勢(ゼル)
アスカの呼びかけに応えた後、イヤホンはイーターの攻撃で外れてしまった。
もう、僕が助けを呼ぶことはできない。
(まぁ…ここにこのイーター達を留める時間稼ぎくらいはしないとね)
イーターの目的は、僕を喰うことじゃなくて、死体にすることだ。
ある程度動けなくしたら、僕の身体を食い尽くすことはしないだろう。
(みんなを逃す為には好都合だ…)
最後に声が聞けてよかった。なんて思った後にふと悪い予感がした。
(待って。アスカさん「すぐに行く」って言わなかった…?)
アスカさんが閉じ込めたはずの教室から出てしまっている。
思考にモヤがかかっていて、通信した時には気付けなかったけれど、もう外にでて僕を探している。
少しでも安全なところで待っててほしかったと思う反面、ほんの少し…嬉しかった。
(それなら…コイツらを全部倒す必要があるな…)
もう一度足に力を入れる。時間稼ぎの為の防戦じゃなくて、あくまでも『イーターを倒す』必要ができた。
「さぁ…やろうか…?」
自分を鼓舞するためにそう呟いた。
その時だった。
「伏せてっ!!」
声が聞こえて振り返ると、そこには僕に向かって手をかざしているアスカさんがいた。
「…早く!」
返事をする間もなく身を低くすると、周りにいくつもの稲妻が光った。
魔法で周りを飛び回っていたイーターは、衝撃で一気に散り散りに吹っ飛んだ。
「そのまま伏せてて!!」
イーターが僕に近寄れ無いように、耐えず魔法の雷を落としている。
なんて言っていいのか分からなくて、ただ身を引くくして、合間を縫ってアスカさんが駆け寄って来る。
来て欲しく無かったはずなのに、顔を見ると嬉しいなんて思ってしまう。
そして、そばに来たアスカさんは、僕が何かを言う前に、見上げる僕の頬を思いっきり平手打ちした。
「…え?…」
痛くはないけど驚いた。
驚いたのはアスカさんが泣いていたから。
「…何で1人で行くの?こんなの一人で倒せる訳ないでしょ?!何?!ゼルは死にたかったの?二人で戦った方がいいって…私の方がイーターと戦い慣れてるって、分かってるでしょ!?」
反論できないくらいに、早口で捲し立てる。
「……あ……その……」
戸惑う僕は何も言えなくて…それに、何で泣いているのか分からなくて固まってしまった。
僕の胸ぐらを掴んだと思ったら、今度は僕の肩に額を乗せて「間に合って良かった」と、小さく呟いた。
「…私は…ゼルに死んで欲しくない…」
やっぱりアスカさんは変わらない。誰よりも優しくて誰にだって優しい。そんなアスカさんだから、護りたかったんだけど。…泣かせたくはなかった。
「…ごめんなさい…」
シュンとして言う僕の額を弾くと、アスカさんは涙を拭って立ち上がる。
「次やったら許さないから!」
言い方はキツイけれど、手を差し出してくれたアスカさんは微笑んでいる。
「それは…嫌ですね……」
苦笑いをしながらその手を取った。体の中に温かい何かが流れ込んで来た…気がする。
「今、炎の属性を付けたから…」
「…ありがとうございます」
「あっ…あのっ……すみません!!」
「「え…?!」」
新しい声に驚いて振り返ると、今度はリウムが気まずそうに立っていた。
僕だけが知らなかったのかと思っていたら、どうやらアスカさんも気づいていなかったらしい。
「何で?!ミリヤと一緒に待っててよ!」
雷の魔法で散り散りになっていたイーターは、また集まりつつある状況。
大声を出したくなる気持ちもよく分かる。
(…このままじゃ、三人共死んでしまうな…)
そう思って立ち上がる僕に、リウムが駆け寄ってきた。
「ゼルさんの治療は任せてください!治癒魔法はシュウさんに習ったので…僕も少しなら役に立ちます!」
アスカさんは大きなため息を吐いてから、集まってくるイーターに手をかざす。
「…っ!イーターを引き止めるから。その間に治療して!」
リウムは頷きゼルの脇腹に向かって、治癒魔法を唱えた。
(そうか…シュウさんで慣れてだけど…。紋唱時間もかかるのか…)
淡い光が傷を包み込む。でも、血が止まっただけで、まだ治療には時間がかかりそうだ。
稲妻の魔法を絶えず放っているアスカの額には薄ら汗が滲んでいる。
それもそうだ。僕を喰ったイーターはかなり強硬になっている。そのイーターを近づけないほどの、雷の上位魔法を連続で放っているのだから。
それでも、イーターは素早く動き、雷の合間を縫って襲ってくる。
「アスカさんっ!」
「分かってる!!」
声に反応して、アスカはウィップで狙い撃ちした。
「何こいつ…!?全く…効かない」
狼狽えるのも当然だ。アスカさんのウィップは、完全にイーターを捉えていた。
それにウィップは炎の属性がついていたはずだ。
核は壊せなかったとしても、回復に時間がかかるはずなのに。
ウィップを喰らったイーターは、怯むことなく口を大きく開いた。
(間に合えっ!!)
治療を受けていた僕は、その手を振り払って、アスカさんの首根っこを掴んで引き倒した。
ドサッという大きな音と共にアスカは床に倒れた。
そのまま、襲いかかるイーターの口の中の核を捉えて破壊した。
「手荒なことしてすみません!」
目を丸くしたままで、僕を見つめるアスカさんに手を差し出した。
「私より…ゼル…まだ治療が…」
そう、声をかけられて食いちぎられた脇腹を見ると、また違う滴り落ちている。
(リウムの治癒魔法じゃ無理だ…)
痛みはないけれど、そう簡単に治るような傷じゃ無いだろうなって思ってた。
それでも、もうアスカさんを不安にさせなくなくていつも通りに微笑んだ。
「もう平気ですよ?回復しましたし、血の割には頭もはっきりしてるし…。それに、アスカさんが来てくれたから、さっきよりも核を破壊しやすいです」
「嘘…!血溜まりが出来ているほど、血が流れてる。いいから治療を…」
「大丈夫です!!」
思わず大声を出してしまった。
「こいつらモンスター型だけど意志があるんです。しかも1匹が僕を喰ったせいで、ここにいる全てのイーターが一斉に強化されたっ!」
「でも…今のゼルじゃ、素早く動くイーターに反応できないでしょ!?」
話している途中にも、イーターは襲ってくる。
こっちも攻撃するけれど、イーターはすごいスピードでそれを避けて、攻撃をしかけてくる。
アスカさんが、即座に手を掲げて僕たちの周りに雷を落としてくれた。
それでも、イーターは群れを成して襲いかかってくる。
今は何とかアスカさんが、魔法で防いでくれているけれど、魔力が尽きるとそんなイーターが傾れ込んでくる。
(僕が守りないのは『僕』じゃない……)
手を掲げるアスカさんの肩に、そっと触れた。
「…アスカさん。イーターの狙いは僕です。だから、アスカさんはリウムを連れてすぐ逃げて…」
話しの途中でアスカが大きく首を横に振った。
「そんな…何の為に助けに来たと思ってるの!?」
「お陰で休めました。リウムも傷も治してくれてありがとう」
固い表情のリウムにお礼を言うと、雷の先にいるイーターを睨んだ。
「…僕が合図したら、魔法をやめて扉に向かって走って下さい」
「ダメって言ってるでしょ!?…待って、今助けを呼ぶから……」
そう言うとアスカさんは、イヤホンの通話ボタンに触れた。




