8.心配してくれた(アスカ/ゼル)
ウィップを腰に戻して、ゼルを振り返った。
(痛覚が無いって…危なっかしい…)
私たちの到着前からずっと戦っているのに、ゼルは全く攻撃の手を止めない。
テル達と別れても倒すペースが変わらないのは、ゼルが最前線で戦ってくれているからだ。
痛覚が無いってことは、多分疲れも感じにくい体質なんだと思う。
ハイペースで巨大なモンスターの群れに突っ込んでいく。モンスターの攻撃は、避けたりなんてしない。全てをその強靭な身体で受けとめる。
お陰で私たちは楽なんだけど…。結局、ゼルは傷だらけだ。
「ゼルっ…私もいるし…」
「平気です。アスカさんは、そこで休んでてくださいよ」
(ダメだ…。言うこと聞かない)
それなら私は補助をするしかない。少しでも、ゼルの負担が減るように。
手を翳して、上空を飛び交うドラゴンに雷を落とした。
「ありがとうございます。届かなかったんで!!」
そう言いながら、ゼルは落ちてきたドラゴンにトドメを刺す。
「ゼルは動けなくなったモンスターを倒して!そっちの方が効率いいから!」
大型のモンスターは、雷の魔法で気絶させる。
私は魔力の消耗を抑えることができるし、ゼルはモンスターの反撃を喰らわない。
天使族とは合流できない今の状況だと、この方法がゼルの体力も温存できる最善の手だった。
レイほどじゃないかもしれない。ゼルにとっては、私じゃ頼りないのかもしれないけれど。
(それでも、私だってシュウを…みんなを助けたいって思ってるんだから…)
雷を落とし続けて、十数分経った頃だった。
息が上がっているけれど、大型のモンスターと戦トドメを刺すほど強力な魔法を連発しているより大分マシだ。
(これも…ゼルのおかげだけど)
私の隣ではゼルが自分の身体の数倍あるオーガを、ボーリングの球のように投げつけて、凍りついたドラゴンを破壊していく。
「よし!!…アスカさんが来てから、すごく戦いやすくなりました。もう、正門前は大丈夫そうですね?」
ようやく終わりの見えてきたモンスターの群れを見て、ゼルが微笑んでいる。
「僕とアスカさんて、本当相性良いですよね?これって運命ですかね?」
その笑顔も、言ってることもいつも通りで。いつも通りすぎて、笑ってしまった。
(体力バカだ…違う。バカなのか)
「いいから早く終わらせて、シュウを助けに行かないと…」
適当にゼルをあしらっていると、後ろから名前を呼ぶ声が聞こえて振り返った。
私たちに声をかけてくれたのは、ミリヤだった。
援軍に…と、ファリスに呼ばれていたらしい。
(確か、ミリヤは『純血』の天使族。だから呼ばれたんだ)
その隣りには、Bチームリーダーのギルバートもいる。
「遅れて悪かった。まぁ…ここは、ある程度片付いてるみたいだけどな」
モンスターの減った正門前を見渡して、ギルバートがそう呟いた。
今の状況で、この二人の助っ人はすごくありがたい。
治癒魔法の使える天使族と、状況把握力と片手剣の剣技に定評のあるギルバート。良かったと、胸を撫で下ろした。
(ここはもう大丈夫だ…)
「ミリヤ来て早々悪いんだけど、ゼルの治療をしてあげて?」
やっぱり、治癒魔法を使える人がいてくれるのと、いないのじゃ、安心感が違う。
「僕じゃなくて、アスカさんを…」
「こんなかすり傷、どこに治療の必要あるの?聖力の無駄遣いだわ」
文句を言っているゼルの手を引いて、苦笑いしてるミリヤの前に座らせた。
「所々、骨にヒビが入ってるから。それを治すね?痛いところがあったら…って、ゼル君は痛覚が無いのか」
痛いところの分からないゼルの治療は手探りで…。普段より時間がかかるし、聖力も多く使うそうだ。
ミリヤは「シュウはすごいな…」なんて、言いながらゼルの治療をしていく。
そんな話しをしていると、イヤホンからゼルを呼ぶ緊迫した声が聞こえてきた。
『中等部の生徒が1人でイーターと戦ってる。直ぐに向かって欲しい』
途切れ途切れにそう言っているのが聞こえた。
ゼルは即座にその声に応えた。
「了解です。すぐ向かいます」
治療を終えたばかりなのに、グローブを装備し直すと立ち上がる。
「待って、私も行くよ。ここはギルバートここ任せていい?」
ギルバートは「おう!」と、小さく返事をしてくれた。
詳しい事は分からないけど緊迫した状況だってわかる。
「ミリヤ一緒に来てくれる?」
相手がイーターなら、純血の天使族は『弱点』だ。
ミリヤもそれを分かっているから、すぐさま立ち上がった。
「僕は先に行きます。アスカさんは…絶対に無理しないでくださいね」
ゼルはにっこりと微笑みながら駆け出してしまった。
今夜はずっとモンスターと戦いっぱなしで…無理してるのはそっちでしょう?
そう言いたかったけれど飲み込んだ。ゼルは自分の役割を果たそうとしているのだから。自分を犠牲にしてまで。
(そういうところ、シュウにそっくりだ…)
ミリヤの手を引きゼルの背中を追いかけた。
「行こう!!ミリヤ!!」
***
テルさんの声は緊迫してた。場所は特殊教室の通用口。脇目も触れずに走った。
(あそこだ…)
角を曲がった所に中等部くらいの、線の細い男の子が火の玉のようなイーターに襲われているのが見えた。
襲いかかるイーター達は、スピードは速く攻撃力も強い。
この距離じゃ間に合わない。何かないかと、辺りを見渡すとイーターに破壊されたであろう校舎の瓦礫が落ちている。
「伏せて!!!」
全力でそう叫んで、イーターに向かって投げつけた。爆音と共に砂煙が上がる。
数匹のイーターが巻き込まれて潰れた。
「テルさんが言ってた子かな?大丈夫?名前…聞いていいかな?」
突然の事に目を丸くしながら、腰を抜かしてしまった男の子に手差し出した。
「あ…リウムです…」
名前を教えてくれたリウムを、怖がらせないように立たせたのは、またイーターが集まってきたから。
「じゃあ、リウム。僕から離れないで」
頷くリウムを、自分の背中に押しやった。
(結構…厄介かも…)
小さいから弱いのかと思ってたイーターは、頑丈で…。更に素早く動き回る。
パワータイプの僕じゃ、相性の悪い敵だった。
「ゼル!!先に行かないでって…」
曲がり角から叫び声が聞こえて、咄嗟にリウムを投げた。
「アスカさん!この子の治療お願いします!」
リウムを抱き止めた…。と言うよりは、ぶつかって倒れたアスカに声をかけた。
「うわぁ!!何!!いきなり!?」
返事を聞く前に、襲いかかってくるイーターを何とか交わした。
止まっている暇もない程に、イーターは四方八方から飛びかかってくる。
避けることしかできない。潰れたとしても、すぐに復活するイーター。
自分一人ですら対応が難しい。後方には、何があっても守りたい『アスカ』がいるのに。
チラリと振り返ると、三人は空き教室へとリウムを運んでいる所だった。
(三人を守りながら戦うのは無理だ…)
全員が入った瞬間、咄嗟に扉を閉めて大きな瓦礫でその扉を塞いだ。
「ちょっと…!ゼル!そこにいるんでしょ?返事して!今すぐ扉を開けて!」
僕を心配して、アスカさんが大声で扉を叩いている。
心配してくれているだけで満足だと思った。
数ヶ月前は、話しかけることもできなかった。
僕の存在すら知らない。
ただの憧れの人だったアスカさんが、今は僕を心配してくれて…。
それに、助けようとしてくれている。
(それだけで…もう、思い残すことはないか…)
「ごめんなさい!ここで待ってて!」
激しく扉に拳を打ち付ける音が響く中、それだけ叫んでイーターに立ち向かう。
(アスカさんを守れるなら、それでいい…)




