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聖なる歌声の守護人  作者: 桃花
12.襲撃

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8.心配してくれた(アスカ/ゼル)

 ウィップを腰に戻して、ゼルを振り返った。


(痛覚が無いって…危なっかしい…)


 私たちの到着前からずっと戦っているのに、ゼルは全く攻撃の手を止めない。

 テル達と別れても倒すペースが変わらないのは、ゼルが最前線で戦ってくれているからだ。


 痛覚が無いってことは、多分疲れも感じにくい体質なんだと思う。

 

 ハイペースで巨大なモンスターの群れに突っ込んでいく。モンスターの攻撃は、避けたりなんてしない。全てをその強靭な身体で受けとめる。


 お陰で私たちは楽なんだけど…。結局、ゼルは傷だらけだ。


「ゼルっ…私もいるし…」


「平気です。アスカさんは、そこで休んでてくださいよ」


(ダメだ…。言うこと聞かない)


 それなら私は補助をするしかない。少しでも、ゼルの負担が減るように。


 手を翳して、上空を飛び交うドラゴンに雷を落とした。


「ありがとうございます。届かなかったんで!!」


 そう言いながら、ゼルは落ちてきたドラゴンにトドメを刺す。


「ゼルは動けなくなったモンスターを倒して!そっちの方が効率いいから!」

 

 大型のモンスターは、雷の魔法で気絶させる。

 私は魔力の消耗を抑えることができるし、ゼルはモンスターの反撃を喰らわない。


 天使族とは合流できない今の状況だと、この方法がゼルの体力も温存できる最善の手だった。


 レイほどじゃないかもしれない。ゼルにとっては、私じゃ頼りないのかもしれないけれど。


(それでも、私だってシュウを…みんなを助けたいって思ってるんだから…)


 雷を落とし続けて、十数分経った頃だった。

 息が上がっているけれど、大型のモンスターと戦トドメを刺すほど強力な魔法を連発しているより大分マシだ。


(これも…ゼルのおかげだけど)


 私の隣ではゼルが自分の身体の数倍あるオーガを、ボーリングの球のように投げつけて、凍りついたドラゴンを破壊していく。


「よし!!…アスカさんが来てから、すごく戦いやすくなりました。もう、正門前は大丈夫そうですね?」


 ようやく終わりの見えてきたモンスターの群れを見て、ゼルが微笑んでいる。


「僕とアスカさんて、本当相性良いですよね?これって運命ですかね?」


 その笑顔も、言ってることもいつも通りで。いつも通りすぎて、笑ってしまった。


(体力バカだ…違う。バカなのか)


「いいから早く終わらせて、シュウを助けに行かないと…」


 適当にゼルをあしらっていると、後ろから名前を呼ぶ声が聞こえて振り返った。

 私たちに声をかけてくれたのは、ミリヤだった。

 援軍に…と、ファリスに呼ばれていたらしい。


(確か、ミリヤは『純血』の天使族。だから呼ばれたんだ)


 その隣りには、Bチームリーダーのギルバートもいる。


「遅れて悪かった。まぁ…ここは、ある程度片付いてるみたいだけどな」


 モンスターの減った正門前を見渡して、ギルバートがそう呟いた。


 今の状況で、この二人の助っ人はすごくありがたい。


 治癒魔法の使える天使族と、状況把握力と片手剣の剣技に定評のあるギルバート。良かったと、胸を撫で下ろした。


(ここはもう大丈夫だ…)


「ミリヤ来て早々悪いんだけど、ゼルの治療をしてあげて?」


 やっぱり、治癒魔法を使える人がいてくれるのと、いないのじゃ、安心感が違う。


「僕じゃなくて、アスカさんを…」

「こんなかすり傷、どこに治療の必要あるの?聖力の無駄遣いだわ」


 文句を言っているゼルの手を引いて、苦笑いしてるミリヤの前に座らせた。


「所々、骨にヒビが入ってるから。それを治すね?痛いところがあったら…って、ゼル君は痛覚が無いのか」


 

 痛いところの分からないゼルの治療は手探りで…。普段より時間がかかるし、聖力も多く使うそうだ。

 ミリヤは「シュウはすごいな…」なんて、言いながらゼルの治療をしていく。


 そんな話しをしていると、イヤホンからゼルを呼ぶ緊迫した声が聞こえてきた。


『中等部の生徒が1人でイーターと戦ってる。直ぐに向かって欲しい』


 途切れ途切れにそう言っているのが聞こえた。


 ゼルは即座にその声に応えた。


「了解です。すぐ向かいます」


 治療を終えたばかりなのに、グローブを装備し直すと立ち上がる。


「待って、私も行くよ。ここはギルバートここ任せていい?」


 ギルバートは「おう!」と、小さく返事をしてくれた。


 詳しい事は分からないけど緊迫した状況だってわかる。


「ミリヤ一緒に来てくれる?」


 相手がイーターなら、純血の天使族は『弱点』だ。

 ミリヤもそれを分かっているから、すぐさま立ち上がった。


「僕は先に行きます。アスカさんは…絶対に無理しないでくださいね」


 ゼルはにっこりと微笑みながら駆け出してしまった。


 今夜はずっとモンスターと戦いっぱなしで…無理してるのはそっちでしょう?


 そう言いたかったけれど飲み込んだ。ゼルは自分の役割を果たそうとしているのだから。自分を犠牲にしてまで。


(そういうところ、シュウにそっくりだ…)


 ミリヤの手を引きゼルの背中を追いかけた。


「行こう!!ミリヤ!!」



***


 テルさんの声は緊迫してた。場所は特殊教室の通用口。脇目も触れずに走った。


(あそこだ…)


 角を曲がった所に中等部くらいの、線の細い男の子が火の玉のようなイーターに襲われているのが見えた。


 襲いかかるイーター達は、スピードは速く攻撃力も強い。

 この距離じゃ間に合わない。何かないかと、辺りを見渡すとイーターに破壊されたであろう校舎の瓦礫が落ちている。


「伏せて!!!」


 全力でそう叫んで、イーターに向かって投げつけた。爆音と共に砂煙が上がる。


 数匹のイーターが巻き込まれて潰れた。


「テルさんが言ってた子かな?大丈夫?名前…聞いていいかな?」


 突然の事に目を丸くしながら、腰を抜かしてしまった男の子に手差し出した。


「あ…リウムです…」


 名前を教えてくれたリウムを、怖がらせないように立たせたのは、またイーターが集まってきたから。


「じゃあ、リウム。僕から離れないで」


 頷くリウムを、自分の背中に押しやった。


(結構…厄介かも…)


 小さいから弱いのかと思ってたイーターは、頑丈で…。更に素早く動き回る。

 パワータイプの僕じゃ、相性の悪い敵だった。


「ゼル!!先に行かないでって…」


 曲がり角から叫び声が聞こえて、咄嗟にリウムを投げた。


「アスカさん!この子の治療お願いします!」


 リウムを抱き止めた…。と言うよりは、ぶつかって倒れたアスカに声をかけた。


「うわぁ!!何!!いきなり!?」


 返事を聞く前に、襲いかかってくるイーターを何とか交わした。

 止まっている暇もない程に、イーターは四方八方から飛びかかってくる。

 避けることしかできない。潰れたとしても、すぐに復活するイーター。


 自分一人ですら対応が難しい。後方には、何があっても守りたい『アスカ』がいるのに。



 チラリと振り返ると、三人は空き教室へとリウムを運んでいる所だった。


(三人を守りながら戦うのは無理だ…)


 全員が入った瞬間、咄嗟に扉を閉めて大きな瓦礫でその扉を塞いだ。


「ちょっと…!ゼル!そこにいるんでしょ?返事して!今すぐ扉を開けて!」


 僕を心配して、アスカさんが大声で扉を叩いている。


 心配してくれているだけで満足だと思った。

 数ヶ月前は、話しかけることもできなかった。


 僕の存在すら知らない。

 ただの憧れの人だったアスカさんが、今は僕を心配してくれて…。

 それに、助けようとしてくれている。


(それだけで…もう、思い残すことはないか…)


「ごめんなさい!ここで待ってて!」


 激しく扉に拳を打ち付ける音が響く中、それだけ叫んでイーターに立ち向かう。


(アスカさんを守れるなら、それでいい…)

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