7.避難場所(ユリア)
幼児校舎に近づくにつれて、やっぱりモンスターが増えてきた。
ガーディアンクラスの人達が、モンスターを倒そうと戦っているけど、数が多すぎる。
聞こえてくる超音波のような音も、どんどん大きくなり、キィィインと頭の中で反響してる。
それでも、私以外には聞こえていないようだけど。
(うるさい……)
三半規管がやられる。倒れるわけにはいかないのに、足元がふらつく。
(吐き気までしてきた)
「ユリアは子供達と中に入って」
多分、ものすごく青白い顔をしていたんだと思う。
レイが上空のモンスターに雷を落としながら、私に子供を託して背中を押した。
さっきから、分かりやすくレイに気を使われている。
顔を背けながら、必死に自分を取り繕って強がった。
「分かった…。すぐに戻ってくるから…」
「戻って来なくていい。中で待ってて。こんなモンスター、俺一人で充分」
「っ…!でも…!!」
モンスターは大量だし、避難してくる人達もまだまだいる。
一人でも戦える人数は多い方がいいはずだ。
「俺を誰だと思ってんの?余裕だよ」
話しながらも、レイは高度な魔法を乱れ撃ち、次から次に大量のドラゴンが地上に落ちてくる。その地響きと共に歓声が上がった。
戦っていたみんなが「レイが来た!」と、安心の表情を浮かべている。
「…いいから離れてろ」
面倒そうに周りに注意をしながらも、落としたモンスターを凍らせていく。
(何回見ても…凄すぎる…)
並大抵の魔法じゃ大型のモンスターを簡単に凍らせたり出来ないはずなのに。
レイはそれを感じさせない。魔法の効きにくいドラゴンを撃ち落とし、凍らせる程の高度魔法を乱れ撃をやってるける。
呆気に取られている私をよそに、レイは余裕で伸び上がり、扉を指差した。
「ユリア、早く行って。俺もここを片付けたらすぐ行くから」
「~~!分かった!」
子供達の手を取り、幼児校舎の入り口に辿り着いた。
辿り着いた所で愕然とした。
大量のモンスターが一心不乱に、幼稚舎を集中的に攻撃している。
知能もない。ましてや違う種族のモンスターが共に食べ物でもない、襲ってもこない幼児校舎だけを攻撃してる。
(やっぱり…音を使って指示をだしてるんだ)
一心不乱に校舎を殴りつけるモンスターを見つめた。
シェルターになっている校舎の壁は、防魔素材で衝撃にも強い頑丈な素材。
でも、大型のモンスター達の猛攻撃にいつまで持ち堪えることができるのか分からない。
まだ、ここまで戦力のあるガーディアンは来ていない。
避難して来た人達だけで、パニックになってしまっている。
(…私が何とかしないと)
モンスターは『人』には、攻撃はしてこなかった。
急いで校舎の中に入ると、人の多さにさらに愕然とした。
養成校は孤児院も兼ねてるから、小さな子や普通校の人も沢山いる。みんなが戦える訳じゃない。
大勢の人を仕切っているのは、数人のガーディアンクラスの女の子。
でも、その子たちも今にも泣き出しそうだ。
泣いている子や、不安そうな子に声をかけてまわった。
「外のモンスターは、強いお兄ちゃんが戦ってくれてるから、平気だよ!」
「泣かないで?ここは頑丈だから。心配しないで」
不安を勘付かれないように、出来るだけ笑顔で…。その間も、外からの攻撃で校舎に大きな音が響く。
レイがあれだけのモンスターを討伐したのに、上空からも地上からも、また沢山のモンスターが集まってきている。
このままじゃ避難したみんなが死んでしまう。
(音を止めないと…)
音の出どころは移動していて、うまく掴めない。それにどうしても近くの雑音の方に気を取られる。
(ダメだ…辿れない…)
どうしようと焦る頭の中に、ふと思い浮かんだのは自分が『生き物を操るセイレーン』だということだ。
(……あの歌を……『魅了の歌』を歌うしかない)
今流れている『音』よりも、私の『歌』の方が効果はあるかもしれない。
イーターの狙いはセイレーンだって分かってる。
でも、この子達を守る方法は現状歌しかないと、拳を握りしめて立ち上がった。
「ごめん。ここ、任せていいかな?ちょっと外の様子を見てくるよ。大丈夫、すぐ戻るから」
近くにいたガーディアンクラスの子に声をかけて、急いで外に出た。
状況は変わらない。モンスターの大群は、倒しても倒しても集まってくる。
壁を破壊しようとしている大量のモンスターを睨んだ。
(ここで歌を歌ったら…みんな気付いてしまうよね?)
もし、イーターに私の存在がバレてしまったら?
「…仕方がない…よね?」
その時は命を絶つ。利用されるくらいなら、その方がマシだ。
(そのくらいの覚悟はできてる…)
額から流れる汗を拭い、大きく深呼吸して目を閉じた。
響く音のせいで頭も痛い。それに、魅了の歌なんて、もう何年も歌ってない。
(だめだ…。集中しないと)
頭をふり、歌を歌おうと口を開いた途端に、急に後ろから口を塞がれてしまった。
「!?」
誰だろうと見上げると、さっきまで離れた場所にいたはずのレイが肩で息をしながら、私のことを睨んでいる。
「…っ。あのさ、言ったはずだけど?余計なことしなくていいって」
レイの鼓動が聞こえる。速い心音…。私のやろうとしていることに気づいて、急いでここに来てくれたんだ。
(歌おうとしたこと…見透かされてしまってる…)
「外のモンスターは一掃するから、ユリアは避難所の中へ入ってて。そう言ったはずだけど?」
レイは意見なんか聞かないと、口答えする前に手を引いた。
「…っいたっ…!」
集まってくるモンスターも大型で簡単に倒せる奴等じゃない。
上空には大量のドラゴンやグリフォン、地上には大量のオーガやオルトロス。
(確かモンスターの中でもドラゴンは、炎の魔法が効きにくいはず)
それなのに、レイはこの数分で数十体のモンスターを倒してる。
「レイ1人じゃ無理だよっ!音が消えない限り集まってくるし…って、話聞いてる?」
「話しを聞いてなかったのはユリアだろ?」
かなり怒ってる。言い方がさっきより怖くて固まってしまった。
上空のモンスターに向かって、魔法を放ちながら、抵抗する私を引きずり入り口まで戻した。
「レイっ!ねえ、聞いてよ!」
中に押し込もうと背中を押すレイに、大声で叫んだ。
私だってシュウを助けたいし、ここにいるみんなを守りたい。レイにも無理はさせたくない。
それなのに。このままじゃ、私はただの足手纏いだ。
「私だって、レイを守りたいって…そう思ってるんだよ」
「…その何倍も俺はユリアを守りたいし、もう失いたくない」
あぁ、そうだ。レイは私をずっと想ってくれてて…。私はレイを忘れてしまっていた。
(でも、今はそれは関係ない…!)
「っ!でも…このままじゃ…」
譲らない私にむかって、レイは大きくため息をついた。
「あのさ…適材適所だよ?小型のモンスターは、俺の魔法を掻い潜る。だから、ユリアはそいつらを一匹残らず倒してよ。もし、そいつらが中に入っていたら、ファイアウォールで覆えなくなるから」
そうだった。ある程度モンスターを倒してみんな避難が終わったら、ファイアウォールでここを覆うって話してた。
「あ…!!」
「覆ってしまえば、音が止まなくても、もうここには手出しできない」
説明しながらも、レイは攻撃の手を止めずに魔法を放っていく。
「…ごめん。そうだった…」
私は冷静さを失って、勝手に先走ってしまっていた。
レイもテルも、みんなを守る方法を考えてくれていたんだ…。
レイは、落ち着きを取り戻した私の髪を優しくなでて、「いいよ」と呟いた。
「俺が大型の奴らを倒しきるまで、中にモンスターを入れないように守ってて」
「……それできたら何かご褒美くれる?」
そんなこと言ってる場合じゃ無いって、分かってるけど。
張り詰めていた気持ちを和らげるために、レイにそんなことを言ってみた。
「いいよ。まぁ、無理だろうけど」
私のセリフを聞いても、レイは余裕の笑みを浮かべてる。
「そのセリフ…忘れないでね?」
レイは手を振り「分かった」というと、校舎を狙うモンスターにまた魔法を放つ。
その後ろ姿を見ながら、私も剣を構えた。




