6.守られていればいい(テル/ユリア)
扉を蹴破り、一番に目にしたのはシュウの上に覆い被さるイーターだった。
何してるんだ?と、叫ぶ前に体が動いた。
この目で見てしまったら、理性を無くして冷静じゃいられない。そう思っていた。
けれど現実は、自分でも驚くほどに冷静だった。
全ての雑音は聞こえなくなり、状況を把握も完璧だった。
イーターは二体いる。蹴破った扉を撮影しているイーターの方に投げつけた。
油断していたイーターは簡単にぶっ飛んでいき、設置されていたカメラにぶち当たりそのまま床に倒れた。
大きな音を立てて仲間のイーターがぶっ飛んでいったから、シュウの上に覆い被さるイーターは、体を起こした。
間髪入れずに、そのイーターに向かって大剣を振りかぶった。
(…っ!硬い!!)
真っ二つに切り付けるつもりが、鎧のように硬い肉を断ち切れ無かった。
斬れはしなかったけれど、思いっきり振り抜いた剣撃で、イーターはぶっ飛んでいった。
壁にめり込む衝撃音が響く。二体とも動けないその隙に、シュウに駆け寄り抱き上げた。
「シュウ!!」
大量に出血していて、身体はすごく冷たい。傷だらけで特に内腿は抉れている。
でも、微かに呼吸音はする。まだ死んではいない。
「もう、大丈夫だから」
まるで自分に言い聞かせるように声をかけると、後方に待機していたファリスにシュウを受け渡した。
「これさ、シュウじゃなかったら多分死んでた。直ぐに治療するけど、時間はかかる。けど、安心して必ず助けるから」
ファリスは傷を確認する前に治癒魔法を全身にかけていく。
「あぁ。頼んだっ…」
シュウをファリスに託して、すぐにその場を離れた。
その瞬間に砂埃の中から大きな拳が飛んでくる。間一髪でそれを大剣でなんとか受け止めた。
「あー、くそっ!!食事の途中だったのに、邪魔しやがって!ワイト!手出しするなよ!」
壁に激突したはずの巨体なイーターは、拳を剣に押し当てながら俺を睨んだ。
イーターとはいえ、あれだけの衝撃があったのに。
その身体には、傷一つ残っていなかった。
「言われ無くても邪魔はしないよ。魔力も聖力もない奴だし。疲れるだけだ。…あ、あと…。イリヤの娘を治療している奴は純血の天使族だ。喰おうとするなよ、ラウグル」
扉の下敷きになった方も、無傷で椅子に座っている。
(回復早いだろ…!!)
力じゃ押し負ける。大剣を捻って、無理矢理拳を弾き、間合いをとる。
ラウグルは地響きのするような咆哮を上げながら、飛びかかってくる。
この余裕。力の強さ。それと傷の再生スピードの早さ。
多分このイーターは、二人共『ザレス国王軍』に所属している、イーターの中でも強いランクの奴らだろう。
(…最悪だ…)
こっちは、俺一人で立ち向かうしかない。
(それでもやるしかない…)
大きく息を吐いて、大剣の柄を握り直し攻撃に備えた。
必ず、シュウを守る。そう言い聞かせて、目の前の敵を睨みつけた。
***
「みんな!幼児校舎に避難して!急いで!」
私とレイは、逃げ遅れた子供達を助けながら幼児校舎に向かっていた。
モンスターが入り乱れる中、レイが不意に立ち止まり周辺のモンスターを見渡した。
「どうしたの?レイ?」
「モンスターがたくさんいるのに、何で攻撃してこないんだ?」
「…確かに…」
大量のモンスターは逃げる子供達には目もくれず、何処かを目指して走っている。
それは、まるで何かに呼び寄せられているようだ。
(…それに…さっきから…音が聞こえる…)
初めは気のせいかと思っていた。
でも、その音は幼児校舎に近づけば、近づくほど大きくなる。
(この音……あの時と似てる)
不意に思い出したのは、実践ルームのモンスター凶暴化の時に聞こえた音だ。
今回も同じような音がずっと鳴り続けている。
「…っつ…」
音に集中してしまうと頭痛がする。頭の中で音が鳴り響いて、苦痛に顔を歪めた。
「……ユリア?」
私の変化に気付いたレイは、子供の手をひきながらも、立ち止まる私に駆け寄ってくれた。
混乱の最中、泣き出しもせずに指示にしたがって着いてきてくれている幼い子達。
その子達も、不安そうに私を見つめている。
(私が足を引っ張る訳にはいかない)
不安そうな子供達に「大丈夫だよ」と微笑み、レイの制服の袖を引いた。
(レイには伝えた方がいいよね……?)
そっとレイに耳打ちした。
「レイ…あの時と音がする。多分…誰かがモンスターを操ってるんじゃないかなって…」
拙い説明だったけど、レイはすぐに分かってくれた。
「俺がなんとかするから。ユリアは余計なことしなくていいよ」
「余計なこと…?」
「何も考えず、ただ俺に守られていればいいってこと」
「!!」
ぶっきらぼうな言い方だけど、かけてくれる言葉は優しい。
それに、レイならきっと守ってくれるんだろうなって思わせてくれる。
(でも…レイに頼ってばかりも居られないよ)
これは、シュウを…ここにいるみんなを守る為の戦いなんだ。
「ありがとう。でも、私も戦うよ!!」
レイに微笑みかけると、逃げ惑う子供達の手を引いた。
レイは強い。この場の主戦力の一人だってことはわかっている。
(私は守られる立場じゃない)
自分に言い聞かせながら、避難場所へと急いだ。




