4.最初で最後(シュウ)
自分が出来ることを、早朝の学校に向かう僅かな時間で考えた。
まずは、ユリアの秘密を信頼できる人たちに開示してもらわないといけない。
もしもの時、ユリアを守れる人は多い方がいいと思ったから。
Aチームのみんなはきっと助けになってくれる。そう思った。
ユリアの秘密を開示するきっかけになればと、私は自分の秘密テル君に話した。
言い回しや表情、言葉…思いつく全てを想定して、細心の注意を払った。
私の企みがバレないように…。でも、何かあったとき、すぐにユリアを守ってもらう為に。
それともう一人…。どうしても、協力者が欲しかった。
私はルシウスのことを誰よりも慕っていた人物を私は知っていた。
それは幼い頃から、王族のガーディアンとしてそばにいてくれた人物。
私のことを妹のように可愛がって、今でも心配してくれる人。
そして、ルシウス専属のガーディアンとして、長い間ルシウスの側にいた人物…。
ルシウスが壊れていく姿を見て、人知れず涙を流していた人物…。
『イリーナ教官』だ。
イリーナ教官は、両親がスカウトしたことで専属のガーディアンとなった人材。
両親からの信頼も厚く、私の為にガーディアン養成校の教官となってくれた人だ。
そんなイリーナは、ルシウスの追放が決定した日に、お母様に泣きついていた。
「ミーナ様は知ってるよね?ルシウスは本当は優しい人なんです。お二人を殺そうとしたことは許されない。分かっています。でも、またいつかルシウス様に戻ってくださるんじゃないか…そう、思わずにはいられない…」
いつも冷静なイリーナが泣いていた。
あの日のあの風景が頭に残っていたから。
イリーナなら、ルシウスのことを想って協力をしてくれると思った。
お父様とルシウスが向き合うことが出来たなら、全ての誤解は解けると思っているから。
だからこそ、お父様とルシウスを会わせる為に全力を尽くしてくれる。その為の協力は惜しみなくしてくれるはずだ。
そんなことを考えた最低な私は、その日の内にイリーナ教官にあるお願いをした。
それが『発信器』だった。あのピアスは、私がイリーナ教官に頼んだもの。
それはルシウスの居場所をお父様に伝える為に、どうしても必要なものだったから。
私に計画を打ち明けられたイリーナ教官は静かに頷いて、用意したピアスを受け取ってくれた。
あの日…頭をフル回転させながら行った手回しは、なんとか全て上手くいった。
そう思っていたのに、次の日お父様が私に護衛を付けると言ったから、取引の事がバレてしまったと焦った。
けれど私の予想は違っていた。
お父様が護衛を付けた理由は、ルシウスが正式にイーターと手を組んだという情報が入ったことと、私が早朝にお城を抜け出してテル君の元へ向かったことで。…だった。
それについては、しっかりと謝っておいた。反省の色を見せないと、監視の目が厳しくなると思ったから。
色々な人を騙して、色々な人の気持ちを踏み躙って…。そうまでしても私はルシウスに立ち向かわなければいけなかった。
私がしていることは最低だと分かっていた。みんなに対して罪悪感もある。
でもこれは私に課せらた使命だから。
そう言い聞かせて戦うと決めた。それなこに、約束の日が近づくにつれてその重圧に押しつぶされそうになった。
気が滅入った。食事も喉を通らなくなった。覚悟したはずなのに、不安で眠れない日が続いた。
そんな時に…テル君が「気晴らしだ」と誘ってくれたテーマパークは、まるで夢の世界だった。
あの時話した幼い頃の私の気持ちと後悔は、最後になるかも知れないから誰かに聞いて欲しかっただけだった。
それだけで話したことだったのに。聞き流してくれて良かったのに。
テル君は全部叶えようと言ってくれた。
嬉しくて…。あんな風に誰かの前で泣いたのは初めてだった。
「シュウはシュウだ」と言われたことも、私を流れる血も、身分もどうでもいいと言ってくれたことも。
頼ってくれたら嬉しいと言ってくれたことも。
その全部が嬉しかった。
テル君の優しい声と、瞳が冷え切っていた心を溶かしていく。
そばにいると温かくて心地よくて…安心出来た。
全部忘れてシュウになれた。
いつの間にか好きになってた。
死ぬ覚悟はできていた。両親の為にも、この国の安寧の為にも、私はいない方がいい存在だったし、消えてしまいたかった。自分の存在を消したかった。
産まれてきたことが罪だから。誰かを苦しめるだけの存在だから。ずっとそう思っていたのに。
それなのに、このの気持ちに気付いてからは、この時間がずっと続いて欲しいと願ってしまった。
それでも時間は止まりはしない。どんどん流れていく。
そして、今日が約束の日だった。
今日で終わりだと分かっていたから。少しでも長く一緒に居たくて、いきなり「海に行きたい」なんて言ってしまった。
辛い思い出ばかりで終わるより、好きな人の為に命を懸けたんだって。そう、思える材料が欲しかった。
抱きしめられた時に聞こえた少し早い心音と、優しい声が心地よかった。
テル君は最後まで優しい言葉をかけてくれた。シュウになれる場所に行こうと言ってくれたときに、また泣いてしまった。
みんなを裏切った私にそんなことは許されないって分かっていたから。
そんな最低な私だけど…。テル君の心に残ることが出来たら。
私がいなくなったとしても、あなたの生涯忘れられない人になりたかった。
そう思って、最初で最後のキスをした。真っ赤になった顔を瞳に焼き付けた。そんな風に照れるんだって嬉しかった。
もう、思い残すことなんてないから…。
私は静かに庭園に向かって暗い城内を歩いた。
私専属のガーディアンは、薬を使って眠らせた。この日の為に特別に調合した睡眠薬は無味無臭だ。
イーターが出現する日しか抜け出さないと思っているし、こんな強行手段を使うなんて思ってはいない。
二時間後の交代まではきっとバレないだろう。
お城から抜け出すときに使うのは、子どもの時にルシウスと一年がかりで塀に作った大きな穴だった。
こっそりとガーディアンの目を盗んで、試行錯誤しながら削ったその場所は、今もバレずに残っている。
子供の頃は余裕で通れた穴も、今では何とか通れる穴となった。
穴を潜り抜けて振り返ると、月に照らされたお城を見上げた。
あんなに窮屈で鬱々としていたはずのお城が、今日は何故か美しいと思えた。
(ルシウスだけじゃない私も…変わったんだ…)
擦りむいた膝を見つめながら、そんなことを思った。
「さようなら…」
誰にいうでもなく小さな声で呟くと、待ち合わせの場所へと向かった。




