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聖なる歌声の守護人  作者: 桃花
11.誇り高きプリンセス

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3.十日前の真実②(シュウ)

 絶望している私の前で、ルシウスは大袈裟に手を広げて天を仰いだ。


「穢れた血族の君は知らないだろうから、教えてあげるよ。ブルームンという国は、純血の天使族という高等な人たちによって造られた、高貴で神聖な国なんだ」


(高等な種族…?高貴な国…?)


 ルシウスが語るそれは、城内に蔓延している純血主義の思想の話だ。

 両親を亡くして悲しんでいたルシウスを誑かした思想…。


 天使族。それは、この世界の種族の中で唯一治癒魔法を使える種族。アンデットは触れることもできない、聖なる力で守られている種族。

 その代わりに、筋力の発達はあまりしない。戦いには向かない種族だ。

 剣を振るうことも、攻撃魔法を使うこともできない、モンスターに襲われたらひとたまりもない種族だ。


 誰かと共存しないと生きていけないような弱い種族のくせに、治癒魔法は必要とされる力だった。みんなから感謝される力だった。

 そのせいで、私たち天使族は他種族よりも勝っていると錯覚した。


 モンスターに襲われ…交戦的な他国に襲われて、数を減らして、ようやくこの思想が誤りだと気付いた。


 それはたった数十年前の話だと、私はお父様から教えられている。


(人を見下す天使族しかいない国のどこが高貴なの…?)

 

「それなのに…それをあの悪女が変えてしまった。あろうことか神聖な国の王族に穢れた血を混ぜてしまったんだ」



「違う…。気付いているでしょ?ルシウス。私たちは共存という形でしか生きていけない、弱い種族だよ」


「うるさい!お前と俺を一緒にするなよ!穢れた血の分際で!」


 興奮したルシウスは短剣を引き抜き、その切先を私の喉元へと突き付けた。


「何も違わない。弱い国になったのは、悪女が穢れを持ち込んだからだ!!聖なる国に、悪魔族という穢れを招き入れて腐敗させた!だから弱体化したんだ!」


 切先が喉元に刺さり、一筋の血が流れた。

 ここでは殺されない。ここで私を殺してしまうと、ルシウスの計画は狂ってしまうから。

 分かっていても緊張が走る。額から汗が一筋流れた。


「僕が行おうとしていることはね聖戦だよ…。この国の悪魔族を排除して、ブルームンを穢れの無い国に戻す為の戦いだ。その為なら、誰と手を組んでも、誰に何と言われても構わない」


 お父様はルシウスが広い世界を見れば、その思想から抜け出せるとおもったから、この国を出ることを許可した。

 それなのに…ルシウスは国を離れても、結局はその思想から抜け出せなかった。


「イーターの王…ロードはね、僕の思想に感銘して、力を貸してくれると約束してくれたよ。これで純血の天使族と混血の天使族の判別も可能になった。同族殺しはしたくはないからね」


(感銘…?やっぱり狂ってる)


 イーターが力を貸すと言ったのは、ただただ食糧を手に入れるためだ。それこそバカでも分かるようなことだ。

 そんなことも分からない程に、ルシウスはイカれてしまっている。


「そしてこの国の国王…イリヤ兄さんを君たちから取り戻す。今は狂わされてしまっているけど、君たちがいなくなれば…元の聡明な兄さんに戻るはずだって信じている」


 お母様はお父様を狂わせてなんていない。狂ってるのは周りだ。

 攻撃しないお母様を、傷つけて蔑んで笑っていたのは純血主義者達の方だ。


「開戦の狼煙として、まず初めに君を処刑する。そしたら兄さんと目を覚ますと思わないかい?」


 狂ってしまった人間に、何を話しても無駄だと悟った。


「私を処刑したいってことは理解したわ?でも…それじゃあ取引にならない。今の話しを聞いて、私が「いいよ」って、処刑されると思う?」


「さすが悪女の娘だね?まぁ、いいよ…僕はこの国の最大の秘密を知っているんだ。それの交換条件が君の処刑だよ」


「最大の秘密…?」


「シュウ、君も知っているはずだ。この国が匿っている『セイレーン』のことだよ」


 そのセリフに動揺した。あの時の私は確信は無かったけれど、何となく気付いていたから。


「何の話し…?」


 ルシウスが嘘を言っている可能性もあった。慎重に。私の動揺が悟られないように。敢えてとぼけて見せた。


「とぼけるつもり?…まぁ、いいさ。昔、君の母親ミーナの手によって産み出された、かわいそうなセイレーン…それはユリアだよ」


 私も知らされることの無かった、セイレーンのことを何でルシウスがそのことを知っているのか。

 謎は残っている。でも、ルシウスの出したセイレーンの名前は、私の予想通りだった。


「君が兄さんの前で処刑されてくれるなら、ユリアの事はイーターには教えないよ。ロードには申し訳ないけれど、君にとっては最高の条件なはずだ」


 母は「自分のせいで苦しんだ、セイレーンを命を懸けて護る」それがせめてもの贖罪だと、言っていた。

 それで罪滅ぼしになる何て思ってはいない。それでもそうしたいと…そう話していた。


 私の罪が『産まれてきたこと』なら、母の罪は私が償いたい。そう思って生きて来た。

 幼い頃から一緒にいたルシウスは私の思いを知っている。


「母親の贖罪として、君はセイレーンの為に死ねるんだ。嬉しいだろう?僕は優しいから。死に行く君に、最高の花道をプレゼントしてあげるよ」


 だからこそのセリフだった。


「そうね…。私はセイレーンを守る為なら命を懸けたいって思ってる。でも…無駄死にしたいわけじゃない」


 時間を稼がないといけない。ユリアを危険に晒す訳にはいけないけれど、この国を…私と同じような混血の天使族も危険に晒すわけにはいかない。

 この状況を何としてもお父様に伝えないといけない。


「ルシウス、私はあなたを信用できない。本当にイーターはあなたと手を組んでいるの?その確証は今のところないわ」


「さすが悪女の娘だな?疑い深いところまでそっくりだ。分かった。10日間、この国をイーターには襲わせない事を約束しよう。但し、君もこのことを誰にも言ってはいけない。誰かに話したら…この取引は破棄されたとみなす」


「わかったわ。約束する」


 そう言うとルシウスは剣を鞘にもどして、指笛を吹いた。

 翼の音が上空から聞こえてきた。星空を見上げると、ホーリードラゴンが現れた。

 ドラゴンはルシウスの隣に静かに降り立つと、猫のように喉を鳴らしながら頬擦りをしている。


「ひとつだけ言っておくよ。ユリアは僕と同じ…ミーナの被害者だ。だから、僕は…イーターに話したくはない。必ず約束は守ってくれ」


 ルシウスは、何故かユリアに執着しているようだった。

 でも、これ以上私に口答えは許されないと思った。

 だから私は表情を変えずにルシウスの言葉に頷いた。


「約束だシュウ。10日後の同じ時間。同じ場所で待っている」


 ルシウスは口の端を上げると、ドラゴンに飛び乗り、夜の闇へと消えて行った。


(残された時間は僅かだ…)


 頭をフル回転させながら、これから自分が出来ることを考えた。

 考えた結果が、テル君に会いに行くことだった。

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