3.十日前の真実②(シュウ)
絶望している私の前で、ルシウスは大袈裟に手を広げて天を仰いだ。
「穢れた血族の君は知らないだろうから、教えてあげるよ。ブルームンという国は、純血の天使族という高等な人たちによって造られた、高貴で神聖な国なんだ」
(高等な種族…?高貴な国…?)
ルシウスが語るそれは、城内に蔓延している純血主義の思想の話だ。
両親を亡くして悲しんでいたルシウスを誑かした思想…。
天使族。それは、この世界の種族の中で唯一治癒魔法を使える種族。アンデットは触れることもできない、聖なる力で守られている種族。
その代わりに、筋力の発達はあまりしない。戦いには向かない種族だ。
剣を振るうことも、攻撃魔法を使うこともできない、モンスターに襲われたらひとたまりもない種族だ。
誰かと共存しないと生きていけないような弱い種族のくせに、治癒魔法は必要とされる力だった。みんなから感謝される力だった。
そのせいで、私たち天使族は他種族よりも勝っていると錯覚した。
モンスターに襲われ…交戦的な他国に襲われて、数を減らして、ようやくこの思想が誤りだと気付いた。
それはたった数十年前の話だと、私はお父様から教えられている。
(人を見下す天使族しかいない国のどこが高貴なの…?)
「それなのに…それをあの悪女が変えてしまった。あろうことか神聖な国の王族に穢れた血を混ぜてしまったんだ」
「違う…。気付いているでしょ?ルシウス。私たちは共存という形でしか生きていけない、弱い種族だよ」
「うるさい!お前と俺を一緒にするなよ!穢れた血の分際で!」
興奮したルシウスは短剣を引き抜き、その切先を私の喉元へと突き付けた。
「何も違わない。弱い国になったのは、悪女が穢れを持ち込んだからだ!!聖なる国に、悪魔族という穢れを招き入れて腐敗させた!だから弱体化したんだ!」
切先が喉元に刺さり、一筋の血が流れた。
ここでは殺されない。ここで私を殺してしまうと、ルシウスの計画は狂ってしまうから。
分かっていても緊張が走る。額から汗が一筋流れた。
「僕が行おうとしていることはね聖戦だよ…。この国の悪魔族を排除して、ブルームンを穢れの無い国に戻す為の戦いだ。その為なら、誰と手を組んでも、誰に何と言われても構わない」
お父様はルシウスが広い世界を見れば、その思想から抜け出せるとおもったから、この国を出ることを許可した。
それなのに…ルシウスは国を離れても、結局はその思想から抜け出せなかった。
「イーターの王…ロードはね、僕の思想に感銘して、力を貸してくれると約束してくれたよ。これで純血の天使族と混血の天使族の判別も可能になった。同族殺しはしたくはないからね」
(感銘…?やっぱり狂ってる)
イーターが力を貸すと言ったのは、ただただ食糧を手に入れるためだ。それこそバカでも分かるようなことだ。
そんなことも分からない程に、ルシウスはイカれてしまっている。
「そしてこの国の国王…イリヤ兄さんを君たちから取り戻す。今は狂わされてしまっているけど、君たちがいなくなれば…元の聡明な兄さんに戻るはずだって信じている」
お母様はお父様を狂わせてなんていない。狂ってるのは周りだ。
攻撃しないお母様を、傷つけて蔑んで笑っていたのは純血主義者達の方だ。
「開戦の狼煙として、まず初めに君を処刑する。そしたら兄さんと目を覚ますと思わないかい?」
狂ってしまった人間に、何を話しても無駄だと悟った。
「私を処刑したいってことは理解したわ?でも…それじゃあ取引にならない。今の話しを聞いて、私が「いいよ」って、処刑されると思う?」
「さすが悪女の娘だね?まぁ、いいよ…僕はこの国の最大の秘密を知っているんだ。それの交換条件が君の処刑だよ」
「最大の秘密…?」
「シュウ、君も知っているはずだ。この国が匿っている『セイレーン』のことだよ」
そのセリフに動揺した。あの時の私は確信は無かったけれど、何となく気付いていたから。
「何の話し…?」
ルシウスが嘘を言っている可能性もあった。慎重に。私の動揺が悟られないように。敢えてとぼけて見せた。
「とぼけるつもり?…まぁ、いいさ。昔、君の母親ミーナの手によって産み出された、かわいそうなセイレーン…それはユリアだよ」
私も知らされることの無かった、セイレーンのことを何でルシウスがそのことを知っているのか。
謎は残っている。でも、ルシウスの出したセイレーンの名前は、私の予想通りだった。
「君が兄さんの前で処刑されてくれるなら、ユリアの事はイーターには教えないよ。ロードには申し訳ないけれど、君にとっては最高の条件なはずだ」
母は「自分のせいで苦しんだ、セイレーンを命を懸けて護る」それがせめてもの贖罪だと、言っていた。
それで罪滅ぼしになる何て思ってはいない。それでもそうしたいと…そう話していた。
私の罪が『産まれてきたこと』なら、母の罪は私が償いたい。そう思って生きて来た。
幼い頃から一緒にいたルシウスは私の思いを知っている。
「母親の贖罪として、君はセイレーンの為に死ねるんだ。嬉しいだろう?僕は優しいから。死に行く君に、最高の花道をプレゼントしてあげるよ」
だからこそのセリフだった。
「そうね…。私はセイレーンを守る為なら命を懸けたいって思ってる。でも…無駄死にしたいわけじゃない」
時間を稼がないといけない。ユリアを危険に晒す訳にはいけないけれど、この国を…私と同じような混血の天使族も危険に晒すわけにはいかない。
この状況を何としてもお父様に伝えないといけない。
「ルシウス、私はあなたを信用できない。本当にイーターはあなたと手を組んでいるの?その確証は今のところないわ」
「さすが悪女の娘だな?疑い深いところまでそっくりだ。分かった。10日間、この国をイーターには襲わせない事を約束しよう。但し、君もこのことを誰にも言ってはいけない。誰かに話したら…この取引は破棄されたとみなす」
「わかったわ。約束する」
そう言うとルシウスは剣を鞘にもどして、指笛を吹いた。
翼の音が上空から聞こえてきた。星空を見上げると、ホーリードラゴンが現れた。
ドラゴンはルシウスの隣に静かに降り立つと、猫のように喉を鳴らしながら頬擦りをしている。
「ひとつだけ言っておくよ。ユリアは僕と同じ…ミーナの被害者だ。だから、僕は…イーターに話したくはない。必ず約束は守ってくれ」
ルシウスは、何故かユリアに執着しているようだった。
でも、これ以上私に口答えは許されないと思った。
だから私は表情を変えずにルシウスの言葉に頷いた。
「約束だシュウ。10日後の同じ時間。同じ場所で待っている」
ルシウスは口の端を上げると、ドラゴンに飛び乗り、夜の闇へと消えて行った。
(残された時間は僅かだ…)
頭をフル回転させながら、これから自分が出来ることを考えた。
考えた結果が、テル君に会いに行くことだった。




