11.『そんなこと』で好きになった(テル)
シュウにピアスを渡してからは、今のところ何も起きずに毎日を送れている。
その一番の理由は、ここ最近イーターに動きが無いからだ。
イーターが現れたとしても、人語まで操るやつじゃない。イーターになりたてのまだ、何も喰らっていない。なんの特技も持っていないような雑魚ばかり。
群れて襲いかかることも、戦略を立てて食い荒らすことも出来ないような奴らだ。ガーディアンが出向くことすらない雑魚だ。
シュウがお城を抜け出すのは、決まってイーターとの戦いがあるときだ。
それがないという事は、シュウの抜け出す理由も無いということになる。
妙な静けさではあるけど…。そもそも活発になったのもここ最近だ。
しかも、ここは天使族の国。アンデットがわざわざ危険を冒してまで、侵略する必要もない。
(今までが異常だったのかもしれない)
何か動きがあったら国王から真っ先に連絡はあるだろうし。
(そんな連絡は今のところない…)
最近国王から俺が受けた連絡なんて、「ピアス渡してくれてありがとねー」と言う御礼だけだ。
シュウは発信機をしっかりと着けているようで、受信機も反応してると喜んでいた。
(…娘に発信機着けられてるのに、喜んで御礼言われた…)
レイの言う通り、国王は少し狂ってる。
そんなことを考えながら、シュウと二人きりで下校していた。
「今日はランチに何食べた?」
「カレー食べたよ。美味しかった」
「全部食べ切れた?」
「テル君…またお母さんになってる…」
そう言ってシュウはくすくす笑っている。余計なことを言ったリクのせいだ。
「元気そうで良かったよ…」
ため息をつきながら視線を逸らすと「ありがとう」と言ってから、シュウが足を止めた。
「…あの…。少し寄り道したいんだけどダメかな?…海を見てから帰りたいの…」
シュウはにかんだ笑顔を見せて、不安そうに俺をみつめている。
(あぁ…あれに応えようとしてくれてるんだ)
「甘えて欲しい」と俺が言ったことを覚えていて、それを実行してくれようとしているんだと気づいた。
シュウは人の好意を無碍にはしないから。必死に応えようとしてくれている。
「もちろんだよ。行こうか?」
その返事にシュウは「ありがとう」と、満面の笑みを浮かべて海へと続くモノレールの駅に向かった。
***
夕方とはいえまだ明るい。夏が始まったばかりの夕暮れの海は、人もまばらで静かだった。
海近くのカフェでジンジャーエールを買い、波打ち際へと二人で歩いた。
(お城で待ってるガーディアンへ、遅くなるって連絡しないと…)
そんなことを考えながら、隣を歩くシュウを見つめた。
「…ここは変わらない…。やっぱりキレイ…」
ブルームンの海はエメラルド色で白い砂浜。
確かに言われてみれば綺麗だ。見慣れすぎていて、そんなことも思えなくなっていた。
「好きなの…?」
「うん…ブルームンの海が好き…」
そう言って靴とソックスを脱ぎながら、波打ち際に向かって歩いて行く。
そんなシュウを見つめながら、砂浜に腰を下ろした。
シュウは飛沫を上げながら、波打ち際を歩いている。
その表情はいつもより柔らかくて、口角が上がっていて…なんて言うか可愛かった。
「思っていたより冷たい…」
動く度に水飛沫は夕陽に反射して輝く。光を纏ったように動くシュウが綺麗だと、思いながらジンジャーエールに口をつけた。
冷たいと言ってたくせに、遠浅の海をどんどん進んでいく。
いきなり止まったと思ったら、髪を耳にかけながら、今度は水面を中腰になりじっと覗きこんでいる。
(魚を探してる…?子供か…)
そう気付いた時に吹き出してしまった。子供のような行動と、清楚な容姿のアンバランスさがおかしかった。
子供のようにはしゃいで、誰の目も気にせず笑ってる。これがもしかしたら、本来の姿なのかもしれない。
『誇り高きプリンセス』なんかになる必要ない。
今のシュウでいて欲しい…一人で抱え込んで、平気なふりして笑ってる顔より、今の笑顔の方が可愛い。そう思えた。
「テル君は好きな物が分かりやすいよね?」
砂浜に座ってそんなことを考えている俺の顔をシュウはいきなり覗きこんだ。
笑いながらそんなことを言うから、思わず目を丸くしてしまった。
鈍感なくせに自信満々の笑顔を浮かべているから、こっちも笑いながら聞いてみた。
「へー…じゃあ当ててみて?」
「ジンジャーエールでしょ?」
ジンジャーエールなんて毎日飲んでいるし。そんな誰でもわかるようなことを、勝ち誇った顔でいうから笑ってしまった。
「正解。よく分かったね」
「顔に出てるよ?」
満足そうに言うとシュウは俺の隣に腰を下ろした。
「じゃあ…俺がシュウを好きになったのっていつか分かる?」
意地悪く笑いながら問いかけると、シュウからさっきの勝ち誇った表情は消え失せた。
「…それは……難しいかな……?」
頬を染めて視線を逸らしながら呟くシュウに、今度は俺が笑いかけた。
「そう…?シュウ以外はみんな気づいていたけどな。好きなものが顔に出るタイプだから」
綺麗な人がいるなと思った。
おっぱい大きい子がいるなぁって、目に入ったのがシュウだった。
シュウの周りだけ空気が違って光り輝いていた。行動を目で追っていたことは認める。
(…だってシュウの見た目、男が一度は好きになるようなタイプじゃん?)
清楚なのに身体付きはエロくて、笑顔の可愛いお嬢様。あの時、シュウがこの国のプリンセスだって言われて納得した。
でも、それくらいだった。別にどうなろうと思っていた訳じゃない。
プリンセスなんて何でも自分の思い通りで、人生イージーモードなんだろうなとは思ってはいた。
世間知らずで、欲しいものはなんだって手に入って…。微笑みさえ浮かべていれば、みんなが守ってくれる。頼ることが当たり前。守って貰って当然な存在。
自分の感情押し殺して、命を張らなければならない下の者の気なんて分からない生き方だと、勝手に決めつけた。
一国のプリンセスだから仕方がない。そんな生き方しか知らないだろうから。
プリンセスも、好きでその生き方選んだ訳じゃない。そう言い聞かせた。
庇った時の『ありがとう』って言い方も高飛車な感じだった。
俺とは真逆の人生を送っている人だ。
小さな頃からずっと「ユリアを守る為に強くなれ」そう言われて育った俺は、そんな奴にうんざりしていた。
好きで強く産まれた訳じゃ無かったし。好きで命を狙われるセイレーンの兄になった訳じゃない。
物分かりのいい兄。頼れる兄になって、いつも誰かを助ける立場でいた俺は、そんな助けて貰って当然な環境にいる奴が嫌いだった。
自分のことすら守れないような、弱いヤツは大嫌い。
でも、俺の周りに寄って来るのは、そんな奴ばかり。
頭のいい俺のステータス?誰にでも愛想のいい性格?強そうな見た目?
そんなことばかり見て「カッコいい」とか「強くて好き」だと、腕に絡み付いてくる女を見下してた。
「守って?」と言われる度に、そんな女を手荒く抱いた。別に嫌われてもいいと思ってた。寧ろ面倒だから、みんなさっさといなくなれって思ってた。
一回抱いたら大抵アッチも満足するし。俺に抱かれたっていう、箔が欲しいだけだし。
(性格悪くなってたな…)
母さんが死んでから…もっと荒んでいった。泣いてばかりのユリアといることも苦痛になってた時期もあった。
(だからこそ…シュウが気になった…)
どうせシュウも『守られて当然』と思ってる奴らと同じだろって…。冷めた目で見てた。
だけど、冷めた視線の先にいるシュウは真逆だった。
周りを頼ることも、誰かに甘えることもしない。辛い時に辛いって泣きつくことすらしない。
視線の先のシュウはいつも『大丈夫』と言って笑うんだ。
血を流して人を庇った時も…。
実戦ルームの時も…。テストの前もそうだった。自分も辛いのに俺のテストの心配までして、自分を犠牲にして俺を帰したし。
いつの間にか『気になる』が『好き』になっていた。
あんなに頼られることが嫌だったはずなのに、頼って欲しいとすら思った。
「実戦ルームの時だよ。シュウは俺を心配してくれたから。あれから好きになった」
「……そんなことで……」
「シュウにとっては『そんなこと』でも、俺にとってはそんなことじゃなかった」
シュウは目を丸くして、それから少し困ったように視線を逸らした。
「嬉しかったんだ。気を使ってくれた優しさも…。当たり前のように守りたいって言ってくれたことも…」
分かってる。シュウが俺に守りたいと言ったのは、俺がセイレーンの息子だからだと言うことも。
(それでもいい)
「だから、俺は…そんなシュウを守りたいし、頼って欲しいって思えた」
静けさが漂う中で、寄せては返す波の音だけがやたら大きく響いた。
「そっか…」
シュウはそう呟いて、ただ水平線を見つめていた。




