10.インポッシブル(テル)
あれから三日経ったけれど、シュウは今のところしっかり食事も摂れているようだ。
「シュウの顔色がいきなり良くなったけど……何したの?」
アスカが大会の特別訓練の前に、肘で小突きながらそう聞いてきた。
「初デートだよ」
もしそれで、本の少しでもシュウが頼りたいと思ってくれたなら、それはそれで嬉しい。
「何?いいことでもあった?」
「別に」
「顔…ニヤけてる」
「何でもないって」
アスカとそんな会話を繰り返しながら歩いていると、前からイリーナ教官が歩いてきた。
何故か眉間に皺が寄っている。それに俺に向かって一直線に歩いてきた。
「アスカ…少しテルと話しをしたいんだ。先にみんなの元へ行っててくれないか?今日はフィールド訓練じゃなくて、『バトル訓練』に変更だと伝えて欲しい。
アスカが戸惑った顔を見せたからか、イリーナ教官が取ってつけたかのように、詳細を話し始めた。
「ウチのAチームは、予選じゃなく本戦に出場できるチームだからね。その先を見据えて…だよ。急ですまない」
大会のバトルはダブルスで行い、アタッカー(攻撃)とエイド(補助)に分かれて戦う形式だ。
アタッカーは、試合コートを全面動けるが、エイドは自分の陣地の半分までしか動けない。
どちらかが、コート(エイドの場合は陣地)から出る。または両方戦闘不能になると負けとなる。
今日が初めてのバトル訓練となるから、俺もいまいちよく分からない。
「ルールは簡単だけれど、テルとユリア…それにゼルは初めての形式だし。レイとシュウに言って先に説明をしておいて?テルは…すぐに理解出来るだろう?」
「あ…はい」
イリーナ教官からの圧がすごかったから頷いた。
アスカも「わかりました」と返事をするしかないようだ。視線を合わせてうなずくと、みんなの元へと行ってしまった。
「俺と話したいことってなんですか?」
アスカを見送ったあと、不機嫌なイリーナ教官を横目にそう聞いた。
「この前渡したGPSの発信機のことだけど…。念の為に、シュウに付けたいと国王陛下に相談したんだよ」
確かに、シュウにそんな物を俺が勝手に付けてしまうと犯罪になる。
娘にそんな物をつけようとしているなんて、普通の親なら許さないだろうし。
(まだ渡して無くて良かった…)
「…で…何て言ってました?」
「「いいね!シュウが肌身離さず着けるようにして欲しい。あ、テル君適任だね?彼氏だから」って。正式にお願いされた」
「軽っ!!え…?いいんですか?娘に発信機付けるんですよ?」
「良いんだよ。シュウの無茶は命に関わる。そっちの方が問題だ。それに受信機は、私と国王陛下で管理するから。何の問題もない。…と、いうことで…」
(どんな親だよ?…それほど切羽詰まっているってことか)
青ざめるおれの肩にイリーナ教官は手をポンと置いた。
「さっさと渡して欲しいんだ。善は急げというでしょ?出来るだけ早い方がいい。出来れば今日中にお願いしたい」
「今日中に…ですか?」
「そうだ。何日前に渡したと思ってるの?これは国王からの正式な依頼だよ」
(…嘘だろ…?)
今のシュウは安定しているし、お城から逃げ出したり護衛の目を掻い潜ってどこかに逃げようとしすることもない。
シュウは俺に心を開きかけている。それがもし発信機の付いたピアスなんて、渡したとシュウに知られたら…?
(嫌われるどころか…もう、口もきいて貰えないだろうな…)
大きなため息をついて、なんとか「分かりました」を絞り出した。
(…国王からの依頼だから仕方ないか…)
「じゃあこの後のバトル訓練もよろしくね」
返事を聞いたイリーナは、心配事が無くなったかのように、手を振りながら笑顔で去っていった。
あのピアスを渡さないでおこうと思っていたわけじゃない。
護衛の為に俺はシュウのそばにいる。そのことは心に留めてはいる。
(…シュウが安心できる存在になりたかったけど…。仕方ないか。これは仕事だ…)
もう一度ため息をついて、スマホを取り出した。
呼び出し音もならないうちに、電話をかけた相手は出てくれた。
「あ…リウム。いきなりごめん」
『大丈夫です。連絡を待ってました』
浮かない声色の俺とは違い、電話口から高揚した声が聞こえる。
以前からピアスをシュウに渡してもらうよう、リウムに頼んでいたから。
リウムは朝練の時、シュウから治癒魔法や剣術を習っていたし、気も合っていたんから。
2人は姉弟のように仲良くなっていた。
そんなリウムから「シュウに何かお礼がしたいけど、何がいいか?」と、相談された。
(だからピアスをリウムに託した)
丁度イリーナから貰ったピアスをどうしようかと悩んでいるときだった。
「このピアス…リウムからってことで渡してくれないか?リウムからだと喜ぶと思うし」
そう言ってピアスを渡した。始めは「それじゃ、僕のお礼にならない」と言っていたけれど、気持ちが大事だと説き伏せた。
もちろん、発信機付きだということは話ではいない。
俺から貰ったということも言わないで欲しいと念押しした。
「あくまでも、これはリウムのお礼だから」…と。
腑に落ちない表情だったけれど、リウムは「分かりました」と言ってくれた。
リウムは俺のことは尊敬しているし、約束を破るような奴じゃないからそこは信用する。
ピアスを渡すタイミングは、俺が指示することにも納得してくれていた。
「ああ。遅くなってごめん…。今日の訓練が終わった後…正門の前で待っててくれないか?」
『分かりました』と、返事をしてくれたリウムにお礼をして、電話を切った。
***
バトル訓練が終わった後、シュウを正門へと連れ出した。
シュウは「何かあった?」と、微笑みを浮かべて俺の隣を歩いてる。
「楽しみにしててよ?」
と痛む胸を押さえながら、渾身の演技を見せた。
正門の前にリウムを見つけた。リウムも俺たちに気が付いて、にこやかな笑顔を浮かべてこっちに走って来た。
シュウだけ一人驚いた表情を見せて俺を見上げている。
シュウがリウムに「どうしたの」と声をかけた。
リウムはチラリとこちらを見ながら、ポケットを弄っている。
「実は、いつもお世話になっている、シュウさんに…プレゼントがあって…」
何故かシュウじゃなく、俺を見ながらリウムが言う。
辿々しい手つきでようやくポケットからボックスを出すと、シュウにそれを手渡した。
「いつもありがとうございます。僕…シュウさんのおかげで、治癒魔法も上手くできるようになりました」
シュウはジュエリーボックスを受け取ったまま固まっている。
(そうなるよな…)
「リウムは嬉しかったんだよ?シュウに治癒魔法教えて貰えて…。シュウはありがとうって笑って受け取ればいいよ」
あの日に行った言葉を、もう一度伝えるとシュウは瞳を潤ませながら「ありがとう」と呟いて箱を握りしめている。
「…せっかく貰ったんだし…つけてみる?」
「うん…そうだね」
とりあえず付けさせない事には、この茶番も意味がなくなってしまう。
シュウからジュエリーボックスをうけとると、中のピアスを手に取った。
「自分で着けるよ?」そう言うと思っていたシュウは、今日に限っては大人しい。俺にされるがままだ。
微笑みながら俺の行動を見つめている。
今付けているピアスを外そうと、シュウの髪を耳に掛けた。白い首筋が露わになる。
頸が綺麗だとか肌が艶っぽいとか。こんな風に触れるの今日が最後かも…とか。
色々な感情が入り乱れて手が震える。
外したピアスを口に咥えて、新しいピアスを付けた。
「…ハイ、完成」
シュウはなぜか俺を見上げて微笑んだ。
「ありがとう。大事にするね…」
思いもよらない言葉に顔を赤らめた。
「いや…俺からじゃ…なくて…」
「あ!そうだ。ありがとうリウム君っ!!」
何か変な空気になってしまった。リウムは堪えきれず吹き出しているし。
「お二人はお似合いですね?邪魔しちゃ悪いので帰りますね!それ肌身離さず付けてて下さいね?約束ですよ!」
「?!あ…リウム!!待って!!」
シュウの制止も無視して、リウムは手走って行ってしまった。
「大切にするねー!!」
リウムの背中に向かってシュウが呟いた。
「テル君もありがとう…」
「ん?何が?」
「…色々と…かな?」
なぜかそう呟いたシュウは悲しそうだった。
(勘のいいシュウだ…もしかして色々バレてしまってる?)
照れてる風を装い、微笑みながらシュウの髪を軽くポンと叩いた。
「リウム、センスいいよな?似合ってるよそのピアス…」
そう呟くことしか出来なかった。とりあえず、国王から出されたミッションはクリアできた。
達成感と一抹の不安共に、シュウの手を引き2人で学校を後にした。




