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聖なる歌声の守護人  作者: 桃花
10.プリンセスのガーディアン

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9.最後に(シュウ)

 カラフルなクラゲや、熱帯魚がアクアリウムの中を泳ぎ回る。

 巨大な水槽にはマンタがまるで空を飛んでいるかのように優雅に泳いでいる。


 光に照らされた気泡は水中を漂い、大きな魚に当たると輝きながら儚く散っていく。


 何故かその光る気泡から目が離せなくて、水槽の前で立ち止まった。


 マンタは大きな気泡を見つけると、わざと身体を当てに行っている。きっと気泡で遊んでいるんだ。


 ただただ、星屑のように散る気泡を目で追う。


 水面に舞い上がるマンタを見上げた。瞬間に被っていたキャップが、頭からふんわりと離れた。


「マンタ可愛かった?」


 振り返るといつの間にか後ろに立っていたテル君がキャップを持っていた。


「うん。すごい綺麗だなって…」


 そう呟く私の頭に、テル君がそっとティアラを乗せて微笑んだ。


「…?」


「はい…。あとこれも」


 いつの間にか脇に抱えていたのは、このテーマパークのマスコット。大きな虹色の人魚のぬいぐるみだった。


「…これは…?」

「レインボーマーメイドって言うんだって。安直なネーミングで笑った」


 差し出されたぬいぐるみを困惑して受け取った。


「そうじゃなくて…」


 戸惑う私の髪を撫でながら、優しい笑顔を見せてくれる。


「さっき話してた…子供の頃に欲しかったのってこれでしょ?違った?」


「……そういえばしてたね」


 他愛のない話しだった。幼い頃の後悔をほんの少し呟いてしまっただけ。


「そんな話し…忘れてくれてよかったのに。気を遣わせてごめんね?」


 テル君は優しい…優しすぎて、このままじゃ今までの自分が壊れそうになる。


「謝らないで?子供の時に出来なかったこと、全部やろうって言ったのは俺だし」


 返してくれる言葉も本当に優しくて、甘えてしまいそうになる。


「それに気を遣ってなんてないから。だから、シュウもありがとうって笑って受け取ってくれればいいよ」


 強くなろうと思って生きていたのに。自分が産まれてしまったから。みんなを不幸にしたのは私だから…。これは罰だと思ってた。

 せめて強くありたい。誰にも迷惑はかけたくない。どんな時も笑って…平気だって顔して…完璧な私を装っていたのに。


 必死に隠してきた弱い自分が簡単に顔を出してしまう。

 だって…テル君はそれでいいよって言ってくれるって分かっているから。


「そうだね…嬉しい。ありがとう」


 答えた声が震えている。泣きそうになっているのがバレないように、大きなぬいぐるみに顔を埋めた。


「喜んでもらえて良かった。…それと…ティアラは俺からのプレゼント。あの女の子もしてたから…」


 エントランスで見つめていた女の子の話しだ。

 ふんわりとした淡いシルバーの髪をなびかせながら、水色のドレスを着て走って行った女の子…。


「あの子…可愛かったよね?」


「うん。シュウに似てた。きっとシュウが子供の頃髪長かったら、あんな感じなんだろうなって…リアルに想像できた」


「私に?似てたかな…?」


 ぬいぐるみから思わず顔を上げた。

 満面の笑顔を見せて走り回っていたあの子と、テル君に「ごめん」しか言えない陰気くさい私とは大違いだ。


「うん…シュウに似てすごい可愛いかった」


 それなのに、今度は真っ直ぐに私を見つめて、そう言うから…。

 顔から火がでそうなくらいに真っ赤になってしまった。


「……鼻水出てる……」

「!!うそっ…!?」

「うそだよ。真っ赤になった顔も可愛い。ティアラ…すごい似合ってる」

「~~っ!!」


 大きな口を開けて笑ってる。完全に揶揄われている。というか遊ばれてる。

 優しいと思ったことを、自分の中で撤回した。やっぱりちょっと意地悪だ。


 ぬいぐるみを大事に抱えたまま、無言で背中をペシペシと叩いた。


「いたっ……ごめんて。次のところ行こう。どこがいい?」

「……メリーゴーランドに乗りたい」

「ぷっ…やっぱり可愛いよ」

「…またバカにしてる…」

「違うって。連れて行くよ?可愛いお姫様?」


 笑いながら私に手を差し出すから、つられて私も笑いながら手を重ねた。


 ミュージアムショップのウインドウには、幼い頃に憧れていた物を全部持った自分が映し出された。


 そこには、もう無理して王子様を演じていた自分は映し出されていなかった。

 大人びた笑顔を浮かべた自分じゃなくて、心の底から楽しそうにしているお姫様の自分が嬉しくて…。照れ臭くてまた笑った。


 

***



 楽しい時間はあっという間に過ぎてしまい、もうすっかり夕陽に染まったエントランスに戻って来た。


「はい。さっき食べたいって言ってたやつ…」


 テル君が差し出したのは、カラフルなチョコレートがトッピングされたパフェだった。

 ちゃんとクマのクッキーも乗ってる。


「…ありがとう」


「俺こそありがとう。今日は楽しかった」


 私の隣に腰を下ろすと、いつもと同じ優しい視線を向けて微笑んでくれた。


「私も楽しかった。ぬいぐるみも…このパフェも…全部嬉しかった」


 ベンチに座って、夕陽が海に沈んで行くのを二人で眺めた。


 チラリと隣りを覗きみると目が合った。


「…付き合ってくれてありがとう」


 照れ笑いを浮かべながら、テル君はそう言って髪を撫でた。


(違うのに…)


 本当は私の為に授業サボってくれたのに。

 きっと、元気の無かった私の為につれだしてくれたのに。

 付き合わせた(その)スタンスを崩さない。


「本当は…私を連れ出してくれたんだよね?」


「……シュウ?」


「ごめんね…。たくさん迷惑をかけて、助けてもらって…。明日からはみんなに心配かけないようにするね?」


「……さっきも言ったけど迷惑じゃないよ」


 思った通り…優しい言葉をくれる。思わず目を逸らして微笑むことしか出来なかった。


「シュウが強いことは知ってるけど、そうじゃなくて。シュウに頼って欲しいし、助けたい」


「…ダメだよ…これ以上迷惑かけられない」


「俺は迷惑だなんて思ってないのに?」


 困ったような笑顔で私の髪を撫でた


(きっと私は怖いんだ…)


 その手を取ると、今までの自分を否定することになりそうで…。

 穢れた存在だと罵られた時。仲の良かったお父様の弟(あの人)に、裏切られた時。

 誰にも頼らず生きていこうと心に決めたのに。

 必死にもがいて…取り繕って…。私に向けられるものは、全て悪意だと受け流して。今の私を作り上げたのに。

 

「だって……怖い……」


 気付いたら、泣きながら口にするつもりの無かった言葉を呟いていた。


「甘えてしまったら……私が私じゃなくなりそうで怖いよ……」


「そんなことない。シュウはシュウだよ?」


 弱い自分が嫌いだった。誰かの手を借りないと立っていられないような人を軽蔑してた。

 それなのに…。その手を取りたいって思ってしまう。


 抱きしめていた人魚の上に、ポロポロと涙を落としながら、ずっと心の中で葛藤していた。


「もっと甘えてくれていいし、シュウの気持ちも教えて欲しい。俺はそれが嬉しいし、助けになりたいって思うよ」


「そんな簡単に変われないよ…」


 泣きながらそんなこと言う私には…何の説得力もない。


「変われるよ。男の子から、女の子になれたんだから。俺に甘えるなんて大した変化じゃないって」


 震える肩に手が触れる。頬を伝う涙を拭う親指が優しい。涙が止まらなくなった。


「…もっと早く出会いたかった」


 もっと早くテル君に出会えていたら?テル君のことを忘れていなかったら?言うつもりの無かった言葉が堰を切ったように溢れ出す。


「今からでも遅くない。焦る必要なんてないから…ずっとそばにいる」


(…もう…遅いよ……)


 最後の意地でその言葉は飲み込んだ。


「……そう……だね」


 言葉を飲み込んで呟くと、テル君は微笑みながらパフェのコーンを握っている手首を引き寄せた。


 顔が近づく…今度こそと瞳をとじた。


「あ…。まずい…溶けそう」


(…溶けそう…?)


 薄らと瞳を開けると、テル君が手にしていたパフェを食べて口をもぐもぐしている所だった。


(この感じ……今日二回目なんだけど…)


「……食べちゃった……」


「え?」


「……クマさんのクッキー……食べたかったのに…」

「あ…!!ごめん!!」


 大袈裟にぬいぐるみに顔を埋めた。私のちょっとした仕返しに、テル君は予想通り慌ててる。


「…お姉ちゃん…泣いてるの?クマさん食べられちゃった?」


 銀色の髪をなびかせた、小さなプリンセスが私の顔を覗き込んで、心配そうに見つめていた。


「クマさんのかわりにこれあげる。このお星様もおいしかったよ?だから、泣かないで?」


 赤いスターフィッシュのクッキーをソフトクリームの上に飾り付けて私の頭を撫でてくれた。


「お兄ちゃん、プリンセスを泣かせちゃダメだよ?」


「いいんだよ…?たまにはプリンセスも泣かないと…」


「??」


 不思議そうに見上げる女の子に、ありがとうと抱きついてまた泣いた。


「あ!ナタリー!!お邪魔してしまってごめんなさい!!」


 息を切らしながら、少し離れた所からお父さんらしき人が走ってきた。


「いえ、お姉ちゃんがクッキー食べられて泣いてたから…。リトルプリンセスがクッキー分けてくれたんだよね?」


 テルの言った言葉に、お父さんは戸惑っているし、女の子は胸を張って威張っている。


「そうなの。私は優しいプリンセスなの。もう、クッキー食べちゃだめだよ?」


「はい、分かりました。…ありがとう。プリンセス」


 泣いている私の代わりに、テルがお父さんに事情を話て。「ありがとう」と言ってくれた。


 お父さんに連れられて、女の子は大きく手を振りながら家族の元へと帰って行った。


 その背中をみつめながら、最後にこんな幸せな時間をくれたことに「ありがとう」と呟いた。

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