6.筆記試験
教室には机が2つ縦に並べてあった。試験番号通り、テルは1番と書かれている、前の席に座りその後ろに2番のユリアが座る。
初めは筆記試験で、その後午後からは実技試験とのタイムスケジュールだ。
(緊張してきた…)
深呼吸して自分に大丈夫だと言い聞かせながら目を瞑った。10時のチャイムと共に引き戸が空いて、若い女性が入ってきた。
「私が試験官のイリーナ・スミスです。これから編入試験。一般5教科総合問題と選択教科の筆記試験並びに実技のテストを始めます。筆記試験は2時間。マークシート方式です。ハードスケジュールだけど頑張ってください。…配ります」
足早に説明すると、2人に問題と答案用紙を配った。机の上の問題は本のような厚さで、顔が青ざめる。
「15分になったら開始です」
試験官は腕時計をみた。秒針の動く音が静かな教室に響く。
「始め」
合図と共に表紙をめくると、始めは数学だった。1ページ目から全く分からない…。とりあえず分かるものから解いていこうと次のページに移った。
そんなユリアとは対照的に、テルの回答する鉛筆の音がやけに大きく聞こえる。気にしても仕方ないとは思いつつ、気にしてしまう自分が嫌だ。
(なんでこんなに違うんだろ)
また、いつもと同じようにテルをやっかんでしまう。頭を抱えながら次のページをめくった。
(2時間も要らない…分からないから)
一問も解けないままで、またページをめくった。
***
12時15分になると、座っていた試験官が立ち上がった。
「はい、おしまい。回収します」
やっと終わったという安堵感で机の上に突っ伏した。もう、最後は適当にマークシートを埋めただけになったけど、取り敢えず出来ることはやった。
「知ってると思うけど、今回あなた達が受ける『ガーディアンクラス』は成績順にA~Eクラスとなってます。配属クラスは筆記と実技の合計点数で決まるけど、実技試験の結果が優先だから」
試験官は言いながら、回収した答案を揃えた。
もう、筆記は捨てた。だってどう考えても半分も合ってないだろうから。
「今から休憩時間とします。実技試験は13時半。この校舎の5階テストルームで行うから、ゆっくり休んでね」
それだけ伝えると試験官は教室を後にした。
「…難しかった」
「そうか?」
テルは余裕の表情だ。羨ましいと思いつつ、テスト要項を確認した。筆記は捨てた。もう、実技に掛けるしかない。
実技は駆除対象モンスターとの実戦と書いてあった。モンスターとの実戦は、剣術の試験の時にもやってきた。私が扱う武器は双剣。扱いには自信もあるし、パパも「センスがいい」と、よく褒めてくれた。
(大丈夫…)
と自分に言い聞かせてみる。前の席では、鞄から財布を取り出したテルが教室を出ようとしていた、
「腹減ったからご飯買って来る。ユリアは?」
テルに聞かれたけれど、緊張し過ぎて食べる気にならなかった。さっき貰ったチョコもあるし、お菓子で済ませるつもりで「いらない」と、首を振った。
「そんなことで、実技大丈夫なのか?」
ため息を吐きながら、テルはお昼を買いに教室から出て行った。
その瞬間女の子達の嬌声が響いた。
「ウチの制服じゃないですよね?」
「どこからきたんですか?」
「もう、編入決まってるんですかぁ?」
あの子たちは、一体何処でテルを見てここまで追いかけてきたんだろう?なんて扉越しに聞いていると、出て行ったばかりのテルが戻ってきた。
「…無理。ユリア頼む。買って来て。ガッツリ系で」
そう言うと、返事を聞く前に私に財布を投げ渡して来た。どこにいても目立つ顔立ちで、身長も高いから自然に目を引くんだろう。
(よくわかんないけど)
ゆっくりと立ち上がり渋々と、教室を出た瞬間に女の子にかこまれた。
「ねねっ、なんて名前?」
「編入クラスは?あなた達兄妹?」
「お兄ちゃん?めっちゃかっこいいね?」
「この学校の事教えるし連絡先交換しよう!」
次から次へと言葉が押し寄せてきた。目が周りそうになる、激しさでこっちの気はお構いなしにグイグイくる。大体何処で兄妹だって気付いたんだろ?
(あ、編入試験だからか。めざとい…)
曖昧に返答し猛ダッシュでその場を後にした。帰りはいない事を願いながら…。
***
散々な目にあった。帰りも待ち伏せされて大変だったし、コンビニまで意外と遠かったし、迷子になったし。買って来たお弁当を渡すと、テルは「助かった」と、一応お礼は言ってくれた。
「…ガッツリ系だって言ったのに」
袋の中身を見て、不服そうに呟いた。買って来た物はパスタ。絶対文句を言うだろうと思ったけれど、これしか無かったから仕方ない。
「売り切れてたもん。文句言わないでよ」
ユリアが言うと、わざとらしく大きなため息をついてから食べ始めた。
(緊張しないのかな?)
吐きそうな緊張感と戦いながら、ポケットのチョコを口に含んだ。甘酸っぱい味が口の中に広がる、小さな頃から大好きな味。緊張が少しほぐれた。自然に顔が綻んで、口の端が上がった。
(レイさん、校舎にいたって事はガーディアンクラスかな?)
包み紙を広げながらさっきのことを思い出した。何となくだけどAクラスの気がする。そんな事を考えながら包み紙を見つめた。
(もう一度…会いたい…?)
自分で考えつつ照れてしまった。思わずブンブンと首を振ると、立ち上がって腕を伸ばした。
(そんなことより、今は実技試験のことを考えよう)
「…さっきから、挙動不審だな。落ち着けよ」
テルに不審な目で見られて、顔を赤らめながら静かに席に着いた。
編入する前から本当に前途多難だ。




