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第二十六話

 ~第二十六話~


 「…ここの所周囲の破茶滅茶に振り回されて思った事なんだけどさ」

 呪いを掛け終わった包帯を解く私の手を見つめながらユーリが呟くように言った。薬湯で薄緑に染まった包帯の下から現れる隆々とした前腕に傷が残っていないか良く検めながら続きを待つ。


 「二人はコレでも随分と辛抱をしている方なんだな、と」

 言葉の端に少しの申し訳なさが含まれているような声色が聞き取れる。

 「…どうかしら、自分ではすっかりあなたに甘えてしまっている気分だけれど」

 返す言葉に嘘はない、夫も同感だと言わんばかりに彼の肩に身を寄せている。…ちょっと、後で反対側の肩を借りますわよ。


 「いい加減その辺りはお互い様の言いっこ無しにしようぜ、もう来る所まで来ちまったんだからさ」

 話しながらも作業を続けていた私の手にユーリの手が、更にその上に夫の手が重なった。


 「ただ『二人を尊敬しているよ』って言いたかっただけなんだ、『流石は我が主人たち』って、誇りたかったんだよ」

 改ってそんな風に言われると何だか気恥ずかしい。敢えて『主人』なんて一歩引いた言葉を使ったことを揶揄する気も失せてしまう程に、彼の言葉が瞬きの間にも胸の内で熱を増していく様に思えた。


−−−


 「重歩兵!御料馬車を中心に密集陣形『タラクス』を組め!輜重は後方に荷馬車を並べて

防壁にしろ!弓兵は防壁の中だ!」

 馬車の外から聞こえるユーリの叫び声は昨夜私たちへの愛敬を紡いだそれとは対極に有った。夫に目配せをすると頷きを一つ返して見せ、そのまま馬車の外へと出ていく背中を見送った。


−−−


 「重騎兵はタラクスの左翼に突撃隊形で整列!敵騎兵に動きが有れば側背を突け!軽騎兵は後方警戒!威嚇までなら許す!練度を見せつけてやれ!」

 正面遠方から近づいてくる黒山の軍勢を見据えながら甲冑の左手首に埋め込まれた水晶に叫び続ける。


 『ねぇ、その陣形だと必然的にアタシらが前衛になると思うんだけど?』

 水晶越しにエウリィの問い掛けが飛んでくる。駆動鎧に標準装備の念話機ならハンドサインの必要が無いのは全く有難いことだ。

 「わかってんならとっとと戦闘起動に入れろ、俺の副将なら『もうやってる、あと180で全機起動完了』

 「了解した、接敵まで300は掛かるだろうからチェックは省略するなよ」

 『了解…まぁ正直警戒しすぎだと思うけど』


 そいつはどうかな…

 水晶でも拾えない程度の小声で呟いた。先程から変わらぬ歩速で近付く軍勢は既に掲げる旗の意匠を見間違えようの無い距離に在る。『月桂樹を背にする女神ダプネー』、ファルサルス親征軍の紋章に間違いなかった。


 「姑殿は相変わらずお元気だね…」

 馬車から降りてきていたアレクが心底やれやれと言った様子で言った。俺が全軍に指示を出し終えるのを待っていた事には気付いていたので慌てる事なく下馬して膝を突いた。


 「恐らくは新設の我々を試して下さる御心算かと心得ます、御心意気に応えて差し上げるべきかと思いますが…如何致しましょう」

 兵の手前畏まった態度でお伺いを立てる。お忍びの体裁を整えている時ならまだしも、正式に王太子軍の作戦中ともなれば相応の形を取らなければまたぞろどんな陰口を叩かれるやらわかったもんじゃねぇしな…


 「全て任せる、終わったら一緒に拝謁に参じるから声を掛けてくれ…あぁ、それからリズが『ごめんなさい、少しお灸を据えて差し上げて』だってさ」

 最後の一言は兵に聞こえぬ声量で囁いてきた。いや多分そう簡単にいかねぇぞあのオバハン…


 斯くして、王太子軍の国内視察における記念すべき第一戦は「VS嫁の実家」で幕を開けたのであった…


−−−


 「二人の辛抱強さ、最初は『躾が良いんだろう』と言おうと思ったんだがお宅らの片親の顔思い出して辞めたわ…まぁ反面教師としちゃあ優秀なのかも知れんが」

 「あぁ…僕の所は父がね…本当に面倒掛けるよ」

 「ウチは…お母様かしら、まぁ…娘から見ても豪胆な方と思うけれど」

 「「いや割と『この母にしてこの娘あり』だけどね?」」

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