真里さんによる講義
「ごめん、ちょっと迷ってしまって遅くなっちゃった……って、あれ? 宏兎くん、どうしたの?」
茂みから出てきた真郷さんは抱えていた荷物袋を地面にそっと置き、真里さんの隣に立つ僕の存在に気付く。
「あ、あの、お二人の話をもう少し聞きたくて……」
「そっか、それで真里ちゃんの機嫌がいいんだね。試作品の解説が出来るから」
「いいから早くマントを脱ぐ! 後、例の保管箱も出して出して!」
待ちきれないのか、真里さんは興奮した様子で掌を地面にバンバンと叩きつけて、真郷さんを急かす。解説してもらう僕よりも楽しそうだ。
そんな様子の真里さんを見て、微笑ましそうに優しい笑顔を浮かべる真郷さんは、首元の結び目を緩めてマントを脱いだ。
「真里ちゃん、僕相手とはいえ、宏兎くんの前なのに口調が戻ってるけどいいの?」
「――っ! 別に変わってはいないだろう! ほら! 保管箱も早くしろ!」
口調が戻ってる? 確かに先程の真里さんが発した声の抑揚は年相応らしいというか、活発な印象を受けるものだったけど。もしかして、ヒーローを名乗っていた真郷さんの時と同じように真里さんも何か別の人格を演じているのだろうか。
助けてもらった時の凛とした振る舞い(解説している時は興奮状態だったけれど)は随分と大人のように思えたけど、顔を少し赤くして真郷さんに怒声を上げる真里さんの姿は拗ねた子供のようだ。2人のやりとりのおかげで、少し緊張が緩んだ気がする。
真里さんは赤面を誤魔化すかのようにコホンとひとつ咳をして、真郷さんが足元に置いた箱を手元に持ってくる。黒々とした無骨な箱だが、女性の真里さんが両手で軽々と持っているところを見ると軽そうな箱だ。いったい何が入っているのだろうか。
「説明を始める前にまず、少年は吸血鬼についてどこまで知っている?」
「ええと、知っているのは人の血を飲む怪力な人って事ぐらいです」
「なるほど。初歩的な知識だけか」
「あ、あとは名称は発掘された書物が由来だとか……」
確かお爺ちゃんがそのように言っていた。実際、お爺ちゃんが所有していた過去の書物に血を飲む化け物について色々と記されていた。
「そう。以前の文明に生きた人達が空想上に創り出した生物が吸血鬼だ」
「空想上?」
「実際には存在していなかったって事だ。もう滅びてしまったが、彼等は様々な話や人物を創作し、娯楽として楽しんでいたらしい。戦争時の記録や武器等も使い物にはならん状態だが発掘されている事から、人同士の争いはあった筈だが、少なくとも今の状況よりも人々には余裕があったのだろうな。因みに私たちが使用している言語や日用品も発掘されたものを参考に――」
「真里ちゃん、長いうえに横道に逸れてるよ。本題は吸血鬼についてでしょ?」
「ん? ああ、そうね――じゃない! ああ、そうだな!」
真郷さんからの指摘を受けて、脱線してしまった説明を中断した真里さんの口調はまた少し変わっていた。その事を誤魔化すように大きな声を上げて、解説が再開された。
「とにかく! 吸血鬼は創作上の生物から名前をそのまま取ったものだ。創作上の吸血鬼は相手の首等に鋭い歯を突き立て、そこから生き血を吸う生物だったり、様々な弱点を持っていたりと実在のものとは特徴が異なるがな」
たしかに実際に存在している吸血鬼は、そのような方法で血を摂取しているわけではない。多くの吸血鬼がもっと暴力的かつ残虐的な方法で血を体内へと取り込んでいる。その血は対象が生きていようが死んでいようが構わない。だから、大抵の吸血鬼はまず相手を仕留めてから、摂取に及ぶ。
また、創作話に出てくるような吸血鬼だけの明確な弱点も特に存在しない。勿論、人間と同じように急所はあるし、心臓を刃物ででも突かれれば命を失うが、日光や十字架が苦手なんて事はない。ただ、ひとつ大きな欠点を挙げるとすれば、生きていくのに人の血を定期的に摂取する必要があるだけだ。