女性と自称ヒーロー
「今度は誰だ!?」
新たに現れた女性に向かって叫ぶ大柄の吸血鬼。その声量は、距離をとっているにも関わらず耳を塞ぎたくなる程の大きさで、怒りの程度を察するのには十分なものだった。
しかし、そんな状態の吸血鬼を前にしても、女性は涼しい顔をしている。見た目から察するに齢は20歳前後なのだろうが、佇まいはさらに上の年齢なのではないだろうかと思わせるほどに落ち着いた印象のある女性だ。
「人に名前を尋ねる時は自分の名前から名乗れ――と言いたいところだが、頭の中まで筋肉で出来ていそうな奴に言っても無駄だろうな」
「何だとテメェ!!」
「馬鹿!! あんな見え見えの挑発に乗るんじゃない!!」
血管が浮き出てしまうほどに憤慨する大柄の男を、饒舌な男が抱え込むように止める。ただ、やはり大柄の男の方が怪力であるのか、やや引き摺られてしまっている。
その間に自称ヒーローは女性の隣へと移動し、吸血鬼達に聞こえないように囁く。
「ちょっと、真里ちゃんやめてよ。せっかく逃げていきそうだったのに」
「真里ちゃん言うな。お前はヒーローなんだからもっと男らしくしろ。だいたいお前ならあんな奴ら瞬殺できるだろうに何をチンタラやっているんだ」
「そんな事しなくても逃げてくれるならそれでいいじゃないか。僕は穏便に事が済むなら、その方がいいよ」
うっすらと聞こえてきた会話から自称ヒーローは、この場を乗り切れる事が容易な実力者である事が予想できて安心できたが、自称ヒーローの言動の変わりように戸惑ってしまう。もしかして無理してヒーロー然としているのだろうか。それで名乗る時に多少どもっていたのか。
「何を言ってる。そのスーツのテストをするのに丁度よい機会だろう。たとえショッキングな出来事になろうと大丈夫なように、この子供の目は塞いでおくから派手にやれ」
「しないよそんな事!」
「冗談だ。お前に出来ない事はわかっている。とっとと力を示して追い払え」
彼女の命令に自称ヒーローは渋々頷くと、上体を屈める。すると、瞬きを一度している内に視界から姿を消した。
その一瞬後に大きな衝撃音と砂煙が吸血鬼達と僕達との間に生じた。あまりの出来事に僕だけでなく吸血鬼達すらも唖然としてしまい、動く事が出来ない様子だ。
砂煙が風に攫われて上空に舞い、その中から地面に拳を突き立てている自称ヒーローの姿が視界に映し出される。拳を突き立てられた地面は大きく抉られ、まるで爆発物が爆破されたかのようだった。いくら吸血鬼といえど、これだけの威力を拳一つで生み出せるわけがないのであろう事は驚愕する吸血鬼達の表情から見てとれた。
先程の彼女の発言は何ら偽りではない事が証明された。自称ヒーローは目の前の吸血鬼達を遥かに凌駕する実力者なのだ。あれほど激昂していた大柄の男も言葉を失い、動きを止めていた。
「な、何だ……その身体能力は……? 動きを目で捉える事すら出来なかった……」
饒舌な男も言葉数が減ってしまっている様子だ。吸血鬼達にとってもそれほどに衝撃的な威力。その秘密はおそらく、先に彼女が発した単語――
「有り得ない力、か? 吸血鬼の強靭な腕力や脚力といえど、起こり得ない現象、だと? くくっ……ふふふ……」
「ああ、始まった……」
女性は突然俯きだし、肩を振るわせる。そんな彼女の様子に、いつの間にか彼女の元へと戻っていた自称ヒーローは頭を抱えていた。
「ふはははははははは!! その通り!! 吸血鬼だけの力では無い!! この私の生み出したスーツの力があってこそだ!!」
「!?」
女性は突然大声を上げて笑い出した。自称ヒーローは呆れたような表情を浮かべている。
今まさに助けられている自分が思うのも失礼なのだが、変な2人組なのだとここで察してしまった。