入りたまえ
無事に祖国へたどり着いたわたしは、首都バラモアにある修行協会に来ていた。魔力の無いわたしの存在が、どこまで広まっているかわからない。念のためローブを着用し、フードで顔を隠すようにしてここまでやってきた。
昔のように、魔力がないことが恥ずかしいわけじゃない。ただ、騒ぎにでもなると帰りが遅くなるかもしれないから。それが嫌だった。
窓口で資料を提出すると、すぐに確認が取れたようだった。
「アンジュ・デュヴァンさん。修行達成おめでとうございます。栄誉ある、魔女の称号を授与します」
「あ、ありがとうございます」
手渡されたのは、黒いとんがり帽子。昔ながらの魔女がかぶる帽子だけれど、昨今はほとんど使われていない。記念品のようなものだ。
彼女の口調から、わたしのことは知らないらしいと判断する。口調は至って事務的で、悪意は感じられなかった。
自意識過剰かもしれないけれど、悲しいかな、長年虐げられていた癖が染みついてしまっている。
「こちらにお名前を記入していただけますか? 魔女の登録名簿です」
羽ペンとともに示されたのは、とても分厚くて古い本。わたしが両手で抱えきれないぐらい分厚くて、大きい。表紙をめくると、ミシリと音がした。
中にはずらっと日付と名前が並んでいる。――ここに名前のある者が、魔女として認められているということだ。
まさか、自分がここに名を連ねることができるなんて。この分厚い歴史の一部になれることに、感慨深い気持ちになる。魔法は使えなくなってしまったけれど――わたしは、魔女なんだ。
名前を記入すると、金色に文字が光ったのち、まるで印字されたかのように羊皮紙に馴染んでいった。
「結構です。――手続きは以上ですが、質問はございますか?」
窓口の魔女が、さっと名簿を奥にしまう。
「修行先だった日本に定住したいのですが、その手続きもここでできますか?」
「可能です。こちらの書類にご記入ください」
差し出された羊皮紙を記入して、提出する。すいぶんあっさりとしていた。
これで一連の手続きは終わりだけど、一つ知りたいことがあった。
「あの。もしご存じだったら教えていただきたいのですが」
「なんでしょう?」
訝し気にわたしを見る窓口の魔女。
「どなたか祝福の石に詳しい方はいらっしゃいませんか? 修理などもできる方だと、尚助かるのですが……」
「祝福の石の修理、ですか。でしたらディアーブルの工房がお勧めです。地図はこちらに」
「あ、ありがとうございます……!」
もらった地図と帽子を胸に、教会を後にした。
◇
ディアーブルさんの工房は、首都の外れ、西の森と南の森の間くらいのところに佇んでいた。
茶色の煉瓦をモルタルで積んだ、手作り感のある可愛らしい工房。壁面から木製の棒が飛び出していて、『ディアーブル工房』と書かれた旗がはためいている。
「ここね。いらっしゃるかしら?」
リンとドアベルを鳴らせば、中から男性の声が返ってきたので、ドアを開ける。
うず高く本が詰まれた室内。新鮮な外気とは全く異なる埃っぽい感じと、古書の匂いが身体を包む。
「こんにちは。ディアーブルさんの工房でお間違いないでしょうか?」
「いかにも私がディアーブル。――あなたは、お客さんということでいいのかな? 可愛らしいお嬢さん」
唯一本が置かれていないところに、作業机のようなものが置いてある。そこに座る高齢の男性が、手を止めてゆっくりとこちらを向いた。
「はい。アンジュと申します。祝福の石の修理をしていただけないかと思い、やってきました」
「入りたまえ」
「失礼します……」
入室し、積みあがる本を避けながら進む。床にはいくつもの鉱石が転がっていて、岩の合間から水晶の結晶が飛び出していたり、きらりと色鮮やかな宝石が顔をのぞかせている。そして金槌ややすりなど、細々とした道具も落ちていた。
「置いてあるものには触れないようにしてほしい。散らかっているように見えるかもしれないが、すべてそこが所定の位置なんだ」
「は、はいっ。触れないように気を付けます」
慎重に歩を進めて、ディアーブルさんの作業机の前にたどり着く。彼の後ろには炉があって、火箸や金床がその前に置いてある。
ディアーブルさんは、白髪白髭の、品のいいおじい様という感じの方だった。背筋はしゃんと伸びていて、少しくたびれているものの、スーツがとてもよく似合っている。
「祝福の石の修理、だったか。基本的にはできないと思ってもらいたいが、まあ、まずは見せてごらん」
穏やかで落ち着いた声色。しかしその内容は、ぐさりと胸に突き刺さった。
「――修理、できないんですか。基本的には」
「ああ。私は普段、宝飾品の修理や、鍛冶屋のようなことをしていてね。その関係で祝福の石と関わるもあるけれど、だいたいはその台座の補修とか、アクセサリーへの加工依頼だ。なぜかと言うと、祝福の石は持って産まれた天からの贈り物だからね。修理すると性質が変化したり、本来の役目を果たせなくなる可能性があるから、石自体に手を加えることはしないんだよ」
「そう、なんですか……」
身体の力が抜けていくのを感じた。
しかし、ディアーブルさんは、祝福の石に役目があることを知っている。この国での一般認識としては、『祝福の石はお守り』だ。だから、祝福の石に理解が深い人物であることは間違いない。一縷の望みを持って、首から下げたロケットを手渡す。
「この中に入っています。わたしの祝福の石、真珠です」
「ほう。あなたの石は宝石なんだね」
ごつごつとした手で受け取り、ぱちんと音を立ててロケットを開けるディアーブルさん。
金色の半円から出てきたのは、わたしと共に人生を歩んできたネックレスだ。
彼は虫眼鏡を取り出し、真珠の部分を丁寧に観察し始めた。




