初めてするお誘い
試合はうちの高校の圧勝で終わった。コートの中央に三年生が集まり肩を組んでいる様子を見て、なにも知らないのに涙が出てきてしまった。風丸くんの三年間の集大成がこの試合だったのだと思うと、見に来られて本当によかった。誘ってくれた小桃ちゃんに感謝だ。
七番のユニホームを着た、やや小柄な茶髪の人――小桃ちゃんの彼氏さんが、観客席に向かって手を振る。小桃ちゃんも笑顔で手を振り返す。そして素早くスマホを確認し、「よし、まだ間に合う」と小さく呟いた。
彼氏さんの動きを目にしたチームメイト達がこちらを見る。その中に含まれていた風丸くんと、ばちっと視線がぶつかった。
「――!!?」
目と口が、まんまるに開く風丸くん。そのまま口をぱくぱくさせて、恥ずかしそうにうつむいてしまった。そしてその様子を見たチームメイトがわらわらと彼の周りに集まり、背中をバシバシと叩いている。
その様子を見て、なぜかわたしまで恥ずかしくなってきた。
「あはっ! 風丸のあの顔! サプライズ大成功っ!」
隣からすごく弾んだ声がする。
「じゃ、安寿、あとは頑張ってね! わたしは琢磨と合流して、急いでライブに向かうから! は~、いい仕事したっ!」
「あ……」
返事をする間もなく。手を振りながら、彼女は颯爽と去っていった。
はあと一つため息が出る。
まだ試合が続いているかのような緊張感を覚えながら。わたしはスマホを取り出し、風丸くんに連絡を入れた。
◇
「小早川。来てたのかよ」
そのまま座って待っていると、ジャージに着替えた風丸くんが観客席に来てくれた。試合後間もないためか、その顔は赤い。もうスポーツバンドは取ってしまったので、前髪に隠れてあまり表情はわからないけれど。
「う、うん。小桃ちゃんが誘ってくれて……。試合、すごくかっこよかったよ。勝ったのも、本当におめでとう」
「さんきゅ。――見に来るって分かってたら、もうちょい頑張れたんだけど」
人差し指で頬をぽりぽりと掻く風丸くん。十分活躍していたように見えたけど、まだ余力があったということなんだろうか。だとしら、本当にすごい才能だ。
周辺の席に座っている女の子たちの視線が彼に集中していることを感じながら、極力小さな声を出す。
「あの……。このあとって、時間ありますか? もしよかったら一緒に出かけませんか?」
「……」
目を丸くして固まる風丸くん。
「あの、風丸くん? すみません、聞こえませんでしたか?」
「――っ。いや、聞こえてた。聞こえてたけど……信じられなくて。お前から誘ってくれたのって、初めてだから」
「そう、ですね……」
彼の言う通り。勉強にしろ、食事にしろ、声をかけてくれるのはいつも風丸くんだった。
気持ちを伝えると決めた今、そのこともすごく申し訳なくなってくる。
「今日はもう予定ないから大丈夫」
風丸くんは、少し上ずった声で返事をしてくれた。
「あ、よかったです……! じゃ――今十七時なので。夕飯を食べてから、すみませんが一緒にうちまできていただけますか?」
「お前んち? いいけど。今日人手足りないのか?」
首をかしげる風丸くん。
確かに人手は足りているとは言えないけれど。今日お店を手伝えないことはあらかじめ洋子さんに伝えてあるので、それは大丈夫だ。
というか、さすがに初めてするお誘いがお店の手伝いって、いくらなんでもひどいと思う。鈍いわたしでも、それくらいは心得ている。
「いえ違います。もしよかったら、ちょっとお話したいことと、一緒に体験したいことがありまして……」
「おっお前っ! 何言ってんの!?」
「えっ……?」
一瞬でゆでだこのように真っ赤になったことが不思議で、その顔をじっと見つめる。
「……いや。なんでもない。俺の心が薄汚れていただけだった」
「すみません、わたし変なことを言いましたか? そういう時は教えていただけるとありがたいんですが……」
「本当になんでもない。ほら、行くぞ」
くるりと背を向けて歩き出す風丸くん。
わたしは急いでそのあとを追いかけた。
◇
会場の最寄り駅、藤沢駅近くまで戻る。藤沢はこのあたりの地域では一番栄えていて、駅周辺は飲食店やデパートなどが立ち並び、とてもにぎやかだ。
夕食はお互い何でもよかったので、目についたファミリーレストランに入った。
江ノ電に乗って江の島に戻り、魚心亭に帰りつく。店はちょうど夕食時の混雑を迎えていて、慌ただしく動き回る洋子さんが見えた。
しかし、ここで手伝いに入ったとしても、洋子さんに笑顔で追い返されることは明らかだ。申し訳なさを感じつつも、店には入らず、玄関から家の中に入る。
「俺、こっち側って初めてだ」
彼はきょろきょろと首を動かし、落ち着かなさそうにしている。
「ふふっ。いつもは休憩室までですもんね。冷たいお茶でも飲みますか?」
「いや、平気。ありがと」
「じゃあ行きましょう」
二階には上らない。店とつながる休憩室に行き、縁側から庭に出る。
薄暗い空には蝉と鈴虫の声が響き渡り、流れる海風が心地よい。
「えっと、小早川?」
物置小屋の前に案内すると、困惑した表情で風丸くんがわたしを見た。
「わたし、風丸くんとしてみたいことがあって」
「な、なに?」
わくわくした気持ちを抑えながら、わたしは口を開く。
「一緒に空を飛んでみませんか?」
「そ、空を……!?」
てっきり、喜んでもらえるかなと思ったのだけれど。――その表情は固く、あまり気乗りしていないようにも見えた。なんだろう。緊張、しているんだろうか?
安心してほしくて、言葉を重ねる。
「大丈夫ですよ風丸くん。夜景がとっても綺麗に見えるんです。きっと楽しんでもらえると思います」
「あ……ああ……」
「?」
――数分後。
「うわあああああ!! やべっ、落ちる! 落ちるって!!」
「ああもう。うるさいなあ。怖いなら怖いなりに、黙っていてくれない?」
「ごめんね風丸くん。もしかして、高いところ苦手だった……?」
相模湾上空に響き渡る叫び声。
可哀想なことをしてしまったと思うと同時に。完璧な彼にも苦手なものがあったとわかって、少しだけ嬉しい気持ちになってしまったわたしは、性格が悪いだろうか。
 




