やっぱり頼りないのかな
高校二年生の春休みが終わり、わたしは三年生になった。高校生活も、残すところ一年だ。
最初の一年間は、生活に馴染むことに必死で、あっという間に過ぎていった。そして二年目は、いじめがあったり、そして風丸くんや真珠と出会ったりと、また違う意味で目まぐるしく過ぎていった。そうなると、きっと最後の一年間もあっという間に過ぎるんだろうなあと、ぼんやりと考える。
「おーい小早川。聞いてる?」
「あっ。ごめんなさい。何ですか?」
「次はこの問題解いてみて」
「は、はいっ!」
慌てて、示されたページの問題に目線を移す。ずらずらと並ぶ英文に圧を感じながらも、覚悟を決めて取り掛かる。
――わたしと風丸くんは、また同じクラスになった。さらに嬉しいことに、小桃ちゃんも同じクラスになった。二人の人気効果にあやかる形で、わたしに話しかけてくれる子もちらほらいる。わたしも、会話を楽しいと感じられる余裕が出てきた。昨年までのように教室の隅で影になって過ごすことはなく、恐らくこれが普通なんだろうな、という感じの学校生活を送っている。
「――できました。ど、どうでしょうか」
「見せて」
長い前髪からのぞく切れ長の瞳が、真剣にわたしの答案を追って動く。
風丸くんは頭がいい。文系科目が苦手だという話をしたら、教えてくれると申し出てくれた。月に一度か二度の部活休みの日は、こうして図書室で一緒に勉強をしている。
「うん。できてるじゃん」
耳元でささやかれる小さな声に、どきっと心臓が跳ねる。静かな図書室だから、隣に座って小さい声で会話しているだけ。そう分かっているのに、妙に意識してしまう自分が恥ずかしい。
「じゃ、キリもいいし、今日はこのくらいにしとく?」
「そうしましょうか。もうすぐ閉館時間ですし。今日もありがとうございました」
「おー。じゃ、飯行くぞ」
問題集と教科書、筆箱を鞄にしまい、図書室を後にする。
外は薄暗くて、一番星の金星が輝いて見えた。ふわあと欠伸をする風丸くんの隣を歩きながら、ふと尋ねる。
「そういえば、風丸くんは進路って決まってるんですか?」
「俺? 言ってなかったっけ。一応、建築学科を目指してる」
「建築、ですか」
ちょっと意外だった。風丸くんは頭がいいから、例えば医学部とか、そういう言葉が返ってくるんじゃないかと予感していたから。
彼の言葉を繰り返すと、はにかみながら彼は続けた。
「俺んち、昔からとにかく賑やかでさ。姉ちゃんと母ちゃんが毎日騒がしくしてて、俺と父ちゃんは黙って尻に敷かれてる、みたいな家で。バスケを始めるまでは、一人でプラモデルを組み立てたり、廃材で庭に小さな小屋を作ってみたりとか、そういうことばっかりしてた。多分、それが最初のきっかけなんだと思う」
「小さいころから、興味があったんですね」
「ま、当時は無意識だったけどな。建築を勉強して、スポーツ施設とか、そういうやつの施工とかデザインに関わっていきたいなって思ってる」
そう話す風丸くんの声は弾んでいて、生き生きしていた。
その姿を見て、目標があるって素敵だなと、わたしまで温かい気持ちになってくる。
校門を出て左に曲がり、足は自然と近くにあるファミリーレストランへ向かう。
「小早川はもう決めてるの? だいぶ成績も上がって来てるし、このままいけば結構いいところも狙えるんじゃない?」
「あ……わたしは……」
聞いたのだから、聞き返されたっておかしくない。だけどわたしは何故だかびっくりしてしまい、言葉に詰まった。
高校三年生の二月――つまりわたしの誕生日を持って、ここでの修行は終わる。きっかり三年である必要はないので、区切りの良い卒業と同時にソルシエールに帰って修行達成の手続きを行い、魔女の称号を得る。それがわたしの前に敷かれたレールだ。しかし、魔女の称号を得た後のレールには霧がかかり、先を見ることはできずにいる。
いや――正確に言えば、将来について考えていることはある。しかし、わたしみたいな者がその未来を望んでもいいものか、という点でいつも思考が堂々巡りしてしまうのだ。
「ごめん。小早川はいろいろ事情があるだろうから、答えづらかったな」
眉を下げて、どこか寂しそうな表情の風丸くん。
そう。わたしはまだ、彼に対する気持ちだって、はっきり決めることができずにいる。
「いえ、風丸くんが謝ることはないです。ちょっと自分の中で、考えがまとまっていなくて……」
情けない気持ちになり、しっかりしなきゃなあと唇を嚙みしめる。
ここでの生活はあと一年もないのだから、いつまでも結論を先延ばしにすることはできない。
学校からの小道を抜けて国道に出れば、目的地のファミリーレストランはすぐだ。パアアッというクラクションの音や、エンジンの音が交錯していて、一気ににぎやかな街に様変わりする。
だからわたしは「俺って、やっぱり頼りないのかな」という風丸くんの呟きに、気づくことができなかった。




