嘘だよ
お正月。魚心亭は一月一日だけ休みだ。
小桃ちゃんが誘ってくれて、わたしたちは「女子会」をすることになっていた。
よく晴れた青空を見上げる。一年の最初の日、というだけで、空気がいつもより新鮮に感じるのはなぜだろう。「今から行くよ~!」という連絡を受けて、わたしは玄関の前で小桃ちゃんを待っていた。
しばらくすると、坂道から小桃ちゃんの頭が見えた。
「あんじゅ~! あけおめ! 今年もよろしくね。あー寒いっ」
「あけましておめでとう。こちらこそよろしくね。寒い中来てくれてありがとう」
新年も元気いっぱいの小桃ちゃん。日本の伝統的なあいさつを交わして、家に上がってもらう。
「あ、洋子さん。おけましておめでとうございます! 初詣ですか? そのお着物すごく素敵ですね」
「小桃ちゃん。あけましておめでとう。そうなの、これから江島神社と鎌倉のほうへお参りに行くのよ。ゆっくりしていってね」
「ありがとうございます~!」
台所でおせちをつついている洋子さんは、お母さんから受け継いだという赤い着物を着ている。それは若々しい洋子さんにとてもよく似合っていた。このあと治郎さんと合流して、二人で初詣に行くらしい。
階段を上り、部屋に入ってもらう。
「はいこれ。お菓子買ってきたよ」
そう言って小桃ちゃんはがさりとビニール袋を差し出し、コートを脱ぎ始める。
「ありがとう。これ、昨日洋子さんと一緒に作ったクッキーなの。よかったら食べてね」
いつもは押し入れにしまっている折り畳み机に乗った、大皿を示す。
「うわ~すごく美味しそう! さっそく一枚もらっちゃお。――うん、美味しい!」
「よかった、口に合って」
持って来てくれたお菓子類を横に広げて、用意していたオレンジジュースをコップに注ぐ。
「早速だけどさ、安寿。風丸とはどうなってるの?」
満面の笑みを浮かべて、とても楽しそうに聞いてくる小桃ちゃん。
「ええっ? どうもなにも……あっ。クリスマスに一緒に出かけたとき、好きって言ってくれたかな……」
「えっ!? やったじゃん! おめでとう! これで安寿も彼氏持ちかあ~」
ぐらりと身体が揺れる。きゃーっと声を上げて抱き着いてきた小桃ちゃんを必死で受け止める。
「あっいやっ、あのね。その、お付き合いはできないって、返事したの」
「はあ!? なんでっ!!」
「ええっ!?」
どうして小桃ちゃんが怒るのか――? 彼女は素早くわたしから離れ、鬼のような形相になってしまった。戸惑いながらも、先日あったことを説明する。ちなみに、洋子さんに話した時も同じ反応だった。
「――安寿ってば。どんだけ真面目なのよ……」
話し終えると同時に、小桃ちゃんは頭を抱えてしまった。
「気持ちもはっきりしないのにお付き合いするなんて、失礼じゃない?」
「そお? あたしは別に、嫌いじゃなかったからOKしたけど。案外みんな、そういうものだよ」
「そうなんだ……」
きちんと好き同士にならないといけないと思っていたけれど、一般的な感覚では、そういうわけでもないらしい。……でも、もしそれを知っていたとしても、わたしは首を縦に振ることはできなかったと思う。
黙って目の前のポテトチップスに手を伸ばす。
サクッと音がすると同時に、小桃ちゃんは顔をしかめた。
「これは風丸に同情するわ……。プレゼントも、あんなに頑張って選んでたのに」
「えっ、知ってるの?」
「うん。実は一緒に買いに行ったんだよ。女子の好みが分からないから教えてほしいって言われて。相手は誰か教えてくれなかったけど、絶対安寿だと思ってたから、似合いそうなの勧めておいた」
「……」
――てっきり、一人で選んでくれたのだと思っていた。小桃ちゃんとだったのか。
まあ、確かに小桃ちゃんはおしゃれで流行にも敏感だから、アドバイスをもらうには最適だけれど。
でも風丸くんにはお姉さんがいるって言っていたから、お姉さんでもよかったんじゃないだろうか。とても綺麗な人だったから、センスも絶対いいだろうし。というか、別にどんなものであってもわたしは嬉しかった。好みなんてあってないようなものだもの。
「嘘だよ」
「えっ?」
ぱっと顔を上げると、小桃ちゃんのにやにやした視線と目が合った。
「ねー安寿。無意識だろうけどさ、今の安寿すごく悲しそうな顔してたから。風丸のこと、きっと少しは好きなんだよ。異性として」
「ぜ、全然分からない……」
「だろうねえ。あー、もどかしい! とりあえず、今のは全部嘘だから安心して! 風丸が安寿に何かあげるらしいって話は、彼氏から聞いてたの。たぶん一人で選んだんじゃないかな。そこまで無神経な奴じゃないと思うから」
早く気持ちに気づくといいね、なんて言って、小桃ちゃんはお菓子を食べ始めた。
そのあとは学校の話をしたり、小桃ちゃんのお勧め韓流ドラマを見たりして。気づいたら外は暗くなっていてた。十九時ころに江島神社へ初詣に行き、その足で彼女は帰っていった。
◇
「しめじ。あなたはどう思う? やっぱりわたしの感覚って変なのかしら?」
「わんわんわんっ!」
冬の物置小屋は極寒だ。夜ともなれば気温は氷点下になることもある。特殊素材の温かい肌着に厚手のセーター、ぎっしり羽毛が詰まったダウンを着ても、一時間が限界だ。
一工程だけ箒作りを進めようとやってきたわたしは、しめじで暖を取っているところだ。
「しめじはさ、好きかどうかわからない雄犬だとしても、嫌いじゃなければお付き合いしちゃう?」
「わふん……」
フェルトのような可愛らしい耳が真横に倒れる。どうやら、しめじはしない派らしい。
「ふふっ。わたしたち、気が合うわね」
「くぅ~ん」
膝の上でぺたんと伏せるしめじ。冬毛でもこもこの背中を撫でながら、昼間のことを思い出す。
小桃ちゃんはああ言ったけど、やっぱりわたしには無理だと思う。他のみんながそうだからといって、同じようにできるとは思えない。もし上手くいかなかったときに傷つくのは、わたしじゃなくて風丸くんだ。彼の悲しい顔は見たくない。
「――別にいいわよね。世界に一人、こういう人がいても。真面目過ぎるかもしれないけど、これがわたしだから仕方ないわ」
転落と絶望のなかを生きてきたわたしにとって、平穏こそがすべてだ。変に背伸びするよりも、地に足をつけて地味に生きていきたい。血沸き胸躍るような冒険よりも、誰も傷つかない穏やかな毎日がいい。
「さ、いい加減作業しなきゃ。――今作っているのはね、三人乗りの箒なのよ、しめじ」
床に横たわる、ごつごつとした太い枝に触れる。
巨大スモモの木の枝と乾燥エニシダで作っているこの箒。暖かくなったら、「一緒に乗ってみませんか?」と、誘ってみるつもりだ。
◇◇◇
冬休みが終わり、三学期を迎えた。
ここ最近、時の流れがすごく早い気がする。日々をゆっくり丁寧に生きていきたいのに、一日はあっという間に終わってしまう。
朝は小桃ちゃんと登校して、授業が終わると図書館に寄って帰る。そして魚心亭のお手伝いをして、箒を作ったり真珠と魔法の練習をしたりして寝る。
唯一変わったのは、風丸くん関係だろうか。たまにある風丸くんが部活休みの日は、一緒に図書館で勉強をしたのち、夕飯を食べに行くようになった。しかしそうでないときも、彼は土日にひょっこり魚心亭を訪れては、なぜか食器洗いなど手伝いをして帰っていくのである。
「風丸くんは本当にいい子だなあ! 顔もいいし、手際もいいし! 弟子にしたいぐらいだ!」
「本当にねえ。今時あんな子いないわよ。ねえアンジュちゃん、やっぱり男性は誠実さで選ぶといいと思うの。わたしは何となくで決めちゃったから、結局失敗しちゃったもの」
そう言うのは洋子さんと治郎さんだ。
いつのまにか二人とも仲良くなったらしい風丸くんの評価は高い。
けれど、いまだ彼に対しての気持ちが分りかねているわたしは、「そうですねえ……」と、曖昧な微笑みを返すことしかできなかった。




