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【完結】江ノ島の魔女  作者: 優月アカネ@重版御礼


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33/51

嘘だよ

 お正月。魚心亭は一月一日だけ休みだ。

 小桃ちゃんが誘ってくれて、わたしたちは「女子会」をすることになっていた。

 よく晴れた青空を見上げる。一年の最初の日、というだけで、空気がいつもより新鮮に感じるのはなぜだろう。「今から行くよ~!」という連絡を受けて、わたしは玄関の前で小桃ちゃんを待っていた。


 しばらくすると、坂道から小桃ちゃんの頭が見えた。


「あんじゅ~! あけおめ! 今年もよろしくね。あー寒いっ」

「あけましておめでとう。こちらこそよろしくね。寒い中来てくれてありがとう」


 新年も元気いっぱいの小桃ちゃん。日本の伝統的なあいさつを交わして、家に上がってもらう。


「あ、洋子さん。おけましておめでとうございます! 初詣ですか? そのお着物すごく素敵ですね」

「小桃ちゃん。あけましておめでとう。そうなの、これから江島神社と鎌倉のほうへお参りに行くのよ。ゆっくりしていってね」

「ありがとうございます~!」


 台所でおせちをつついている洋子さんは、お母さんから受け継いだという赤い着物を着ている。それは若々しい洋子さんにとてもよく似合っていた。このあと治郎さんと合流して、二人で初詣に行くらしい。


 階段を上り、部屋に入ってもらう。


「はいこれ。お菓子買ってきたよ」


 そう言って小桃ちゃんはがさりとビニール袋を差し出し、コートを脱ぎ始める。


「ありがとう。これ、昨日洋子さんと一緒に作ったクッキーなの。よかったら食べてね」


 いつもは押し入れにしまっている折り畳み机に乗った、大皿を示す。


「うわ~すごく美味しそう! さっそく一枚もらっちゃお。――うん、美味しい!」

「よかった、口に合って」


 持って来てくれたお菓子類を横に広げて、用意していたオレンジジュースをコップに注ぐ。


「早速だけどさ、安寿。風丸とはどうなってるの?」


 満面の笑みを浮かべて、とても楽しそうに聞いてくる小桃ちゃん。


「ええっ? どうもなにも……あっ。クリスマスに一緒に出かけたとき、好きって言ってくれたかな……」

「えっ!? やったじゃん! おめでとう! これで安寿も彼氏持ちかあ~」


 ぐらりと身体が揺れる。きゃーっと声を上げて抱き着いてきた小桃ちゃんを必死で受け止める。


「あっいやっ、あのね。その、お付き合いはできないって、返事したの」

「はあ!? なんでっ!!」

「ええっ!?」


 どうして小桃ちゃんが怒るのか――? 彼女は素早くわたしから離れ、(クランプス)のような形相になってしまった。戸惑いながらも、先日あったことを説明する。ちなみに、洋子さんに話した時も同じ反応だった。


「――安寿ってば。どんだけ真面目なのよ……」


 話し終えると同時に、小桃ちゃんは頭を抱えてしまった。


「気持ちもはっきりしないのにお付き合いするなんて、失礼じゃない?」

「そお? あたしは別に、嫌いじゃなかったからOKしたけど。案外みんな、そういうものだよ」

「そうなんだ……」


 きちんと好き同士にならないといけないと思っていたけれど、一般的な感覚では、そういうわけでもないらしい。……でも、もしそれを知っていたとしても、わたしは首を縦に振ることはできなかったと思う。

 

 黙って目の前のポテトチップスに手を伸ばす。

 サクッと音がすると同時に、小桃ちゃんは顔をしかめた。


「これは風丸に同情するわ……。プレゼントも、あんなに頑張って選んでたのに」

「えっ、知ってるの?」

「うん。実は一緒に買いに行ったんだよ。女子の好みが分からないから教えてほしいって言われて。相手は誰か教えてくれなかったけど、絶対安寿だと思ってたから、似合いそうなの勧めておいた」

「……」


 ――てっきり、一人で選んでくれたのだと思っていた。小桃ちゃんとだったのか。

 まあ、確かに小桃ちゃんはおしゃれで流行にも敏感だから、アドバイスをもらうには最適だけれど。


 でも風丸くんにはお姉さんがいるって言っていたから、お姉さんでもよかったんじゃないだろうか。とても綺麗な人だったから、センスも絶対いいだろうし。というか、別にどんなものであってもわたしは嬉しかった。好みなんてあってないようなものだもの。


「嘘だよ」

「えっ?」


 ぱっと顔を上げると、小桃ちゃんのにやにやした視線と目が合った。


「ねー安寿。無意識だろうけどさ、今の安寿すごく悲しそうな顔してたから。風丸のこと、きっと少しは好きなんだよ。異性として」

「ぜ、全然分からない……」

「だろうねえ。あー、もどかしい! とりあえず、今のは全部嘘だから安心して! 風丸が安寿に何かあげるらしいって話は、彼氏から聞いてたの。たぶん一人で選んだんじゃないかな。そこまで無神経な奴じゃないと思うから」


 早く気持ちに気づくといいね、なんて言って、小桃ちゃんはお菓子を食べ始めた。

 そのあとは学校の話をしたり、小桃ちゃんのお勧め韓流ドラマを見たりして。気づいたら外は暗くなっていてた。十九時ころに江島神社へ初詣に行き、その足で彼女は帰っていった。


 ◇


「しめじ。あなたはどう思う? やっぱりわたしの感覚って変なのかしら?」

「わんわんわんっ!」


 冬の物置小屋は極寒だ。夜ともなれば気温は氷点下になることもある。特殊素材の温かい肌着に厚手のセーター、ぎっしり羽毛が詰まったダウンを着ても、一時間が限界だ。

 一工程だけ箒作りを進めようとやってきたわたしは、しめじで暖を取っているところだ。


「しめじはさ、好きかどうかわからない雄犬だとしても、嫌いじゃなければお付き合いしちゃう?」

「わふん……」


 フェルトのような可愛らしい耳が真横に倒れる。どうやら、しめじはしない派らしい。


「ふふっ。わたしたち、気が合うわね」

「くぅ~ん」


 膝の上でぺたんと伏せるしめじ。冬毛でもこもこの背中を撫でながら、昼間のことを思い出す。

 小桃ちゃんはああ言ったけど、やっぱりわたしには無理だと思う。他のみんながそうだからといって、同じようにできるとは思えない。もし上手くいかなかったときに傷つくのは、わたしじゃなくて風丸くんだ。彼の悲しい顔は見たくない。


「――別にいいわよね。世界に一人、こういう人がいても。真面目過ぎるかもしれないけど、これがわたしだから仕方ないわ」


 転落と絶望のなかを生きてきたわたしにとって、平穏こそがすべてだ。変に背伸びするよりも、地に足をつけて地味に生きていきたい。血沸き胸躍るような冒険よりも、誰も傷つかない穏やかな毎日がいい。


「さ、いい加減作業しなきゃ。――今作っているのはね、三人乗りの箒なのよ、しめじ」


 床に横たわる、ごつごつとした太い枝に触れる。

 巨大スモモの木の枝と乾燥エニシダで作っているこの箒。暖かくなったら、「一緒に乗ってみませんか?」と、誘ってみるつもりだ。


 ◇◇◇


 冬休みが終わり、三学期を迎えた。

 ここ最近、時の流れがすごく早い気がする。日々をゆっくり丁寧に生きていきたいのに、一日はあっという間に終わってしまう。


 朝は小桃ちゃんと登校して、授業が終わると図書館に寄って帰る。そして魚心亭のお手伝いをして、箒を作ったり真珠と魔法の練習をしたりして寝る。

 唯一変わったのは、風丸くん関係だろうか。たまにある風丸くんが部活休みの日は、一緒に図書館で勉強をしたのち、夕飯を食べに行くようになった。しかしそうでないときも、彼は土日にひょっこり魚心亭を訪れては、なぜか食器洗いなど手伝いをして帰っていくのである。


「風丸くんは本当にいい子だなあ! 顔もいいし、手際もいいし! 弟子にしたいぐらいだ!」

「本当にねえ。今時あんな子いないわよ。ねえアンジュちゃん、やっぱり男性は誠実さで選ぶといいと思うの。わたしは何となくで決めちゃったから、結局失敗しちゃったもの」


 そう言うのは洋子さんと治郎さんだ。

 いつのまにか二人とも仲良くなったらしい風丸くんの評価は高い。

 けれど、いまだ彼に対しての気持ちが分りかねているわたしは、「そうですねえ……」と、曖昧な微笑みを返すことしかできなかった。


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― 新着の感想 ―
[一言] 三人乗りの箒……表紙のアレだね!! いよいよ夜空のハイウェイデート(真珠付き)!!( ´∀` )
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