わたしはきっと一生忘れない
「風丸くんとはお付き合いできません。……ごめんなさい」
「…………そっか」
その声は、明らかに元気が無くて。切なさを抱えながら、わたしは続ける。
「風丸くんのことは、わたしも、その、好ましく思っています。優しいし、一緒にいて楽しいです。でも恋人に対する好きっていうのが、よく分からなくて。自分で自分の気持ちが分らないんです。そんな気持ちのままお付き合いすることはできません……」
「ははっ、やっぱり小早川は真面目だな」
顔を上げて笑う風丸くん。眉の下がったその悲しそうな笑顔に、わたしは泣きそうな気持ちになる。
今言ったこと以外にも理由はある。わたしは魔女見習いだ。あと一年少ししたら修行を終えて国に帰り、身の振りかたを決めなければいけない。昼間のざっくりした説明では、彼に伝えきれていなかった部分だ。
つまり――いつまでも一緒にいられるわけではないということ。別れありきのお付き合いであれば、しないほうがいい。今のどっちつかずの気持ちで、そこまでの割り切った関係を選択することはできなかった。
「ちなみに。待ってたら、何か良いことあったりする?」
「それは……。すみません、分からないです」
「わかった。じゃあ待つわ」
「えっ!?」
そう言った彼の顔は、先ほどよりずっとすっきりしていて。
「俺、結構しつこいの。部活でも粘着ディフェンスで有名だから。駄目でもよくても、気持ちがしっかり固まったとき、また教えてくれたら嬉しい」
「……」
待ってくれるとか――わたしはそんな価値のある人物じゃないと思うけれど。――でも、すごく嬉しい言葉だった。ソルシエールでは誰からも必要とされなかったわたしが、必要とされている。愛を持って接してくれる人が現れるなんて、想像してもみなかった。
目線を前に戻す。目の前に広がるのは、きらびやかな光に彩られた展望灯台。そしてそれを見上げる、たくさんの恋人や家族たち。いくつもの白い息が現れては消え、楽し気な声に溢れている。先ほどよりも、なぜか一際鮮やかにそれらは映った。
こんな素敵な景色も、ソルシエールにいたら絶対に観ることはなかっただろう。ほんとうに、ここに来てから信じられないくらいわたしの世界は広がった。薄暗い倉庫の地窓から見上げていた空は、思っていた以上に遥か遠くまで繋がっていた。
――ふと、自分にはさまざまな未来があるのではないかという考えが、脳裏にぽんと現れる。ここに修行に来て、さまざまな出会いや体験をして。薄暗い倉庫にいたころからは、想像しえなかった幸せの中に自分はある。きっと、この先も、そういうことの連続なのではないか。
もしかしたら、わたしの前にある選択肢は一つじゃないのかもしれない。なぜだかそう思えた。
ふわふわとした、感じたことのない不思議な気分。隣から聞こえる風丸くんの声で、ハッと引き戻される。
「じゃあそういうことで。それでさ、今日はクリスマスだろ? だから小早川に――」
そう言って彼はリュックをまさぐり、包みを取り出した。
「ほい。プレゼント」
「えっ! す、すみません。いいんでしょうか……?」
「もちろん」
彼の手のひらより少し小さい、赤と緑のチェック柄のそれ。おそるおそる受け取ってリボンを引っ張り、中身を取り出す。
「髪留め、でしょうか」
「そ。似合うと思ったけど、……好みじゃなかったらごめん」
たしか、バナナクリップと言っただろうか。髪を挟むようにして使うものだったような気がする。
クリップ全体に大きなリボンがあしらわれていて、色味は落ち着いた濃いグリーン。リボンのボリュームのわりに派手さは感じなかった。
色味もデザインも可愛くて、一瞬で愛着がわく。今日着るはずだった洋服を洋子さんからもらった時も嬉しかったけれど。この贈り物もすごく温かい。わたしのためにわざわざ選んでくれたという気持ちに、胸がいっぱいになる。
クリップを胸元に抱きしめて、感謝を伝える。
「ありがとうございます! 大切にします!」
「おっ、おう。よかった」
なぜかまた一段と顔を赤くした風丸くん。
「すみません。わたし、何も用意してなくて……」
「全然いいから。俺は今日来てくれただけで十分だし。――じゃ、そろそろ行こ。だいぶ話し込んだから、展望灯台の営業が終わっちゃうかも」
「あっ!? それは困りますね。行きましょう!」
特別なイルミネーションはクリスマスの一日だけ。それを見逃すわけにはいかない。空になった紙コップを近くのごみ箱に捨てて、灯台のふもとへ急ぐ。
彼と共に過ごしたこの一日を、わたしはきっと一生忘れないだろう。なぜかそんな気がした。
◇
無事に展望灯台を楽しみ、風丸くんと解散して魚心亭に帰宅すると、店も家も真っ暗だった。洋子さんと治郎さんは外で飲むことにしたんだろうか。明日は定休日だし、遅くなるのかもしれない。お風呂に入って、先に寝ることにしよう。
お風呂の最中も、布団に入ってからも、今日のことをずっと思い返していた。風丸くんと真珠の小競り合いのところではため息が出て、告白のシーンではいてもたってもいられず声が漏れた。
心臓がまたドキドキしてきて、なかなか寝付けない。洋子さんはいないし、真珠を呼び出して話を聞いてもらおうかとも思ったけれど、不機嫌になられると大変だ。
信じられないようなことがいくつも起こったせいか、心は高ぶっているけれど、身体は疲れている。
昔のつらかった出来事を思い出し、心をフラットにしていく。じっと目を閉じているうちに――わたしは意識を手放していた。




