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【完結】江ノ島の魔女  作者: 優月アカネ@重版御礼


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31/51

――返事、もらえる?

 はあ、と深いため息。それを聞いて、わたしの心はさらに重く沈んだ。


「――なんだ、そんなことかよ」

「そ、そんなことって」


 軽く考えられちゃ困る。風丸くんにとっては些細なことでも、わたしはあの日以降、ずっと思い悩んできたんだから――。抗議の気持ちを込めて目を向けると、呆れたような視線と目が合った。


「それ、姉貴だぞ」

「え?」

「あ、ね、き」


 姉貴。それは血のつながった姉弟のことで――。思ってもみなかった答えに、脳内が思考を停止した。


「おーい。小早川。大丈夫?」


 固まったわたしの目の前で、手を上下に振る風丸くん。その顔は、なぜか満面の笑みを浮かべている。


「俺のばあちゃんち、静岡なんだ。毎年帰省っていうの? 一週間くらい行くんだ」

「……な、なるほど……?」

「姉貴はアウトドア派だからさ。いつもアウトレットだの富士サファリ公園だの、付き合わされるわけ。弟に拒否権は無し。つらいよなー」

「はあ……」


 ――そう言われてみれば。モデルのようにすらりとした身長は風丸くんそっくりだし、きりっとした目のあたりも似ていたような気がしてくる。

 つまり、わたしの勘違いだったのか――。じわじわと安堵の波が胸に広がっていく。


「それより小早川は誰と来てたんだよ? 小林か?」

「あ。一人です」

「はあ? 一人!?」

「あ、すみません。厳密に言うと、真珠とです」

「チッ、またあいつかよ」


 笑顔が一転、また苦々しい表情になってしまった。この二人は、どうして仲良くできないんだろう? 女だらけのソルシエールにいたわたしには、男性同士の関係性はさっぱりわからない。友達になってくれたら嬉しいのに。

 真珠のことになると風丸くんは不機嫌になってしまうので、話を元に戻す。


「すみません。勝手に恋人だと勘違いしていました」

「いや、平気。っていうか、恋人がいたらお前を誘ったりしないだろ」

「……そういうものですか」

「おー。まあ、中にはするやつもいるけどさ。俺はそういうの、したくないから」


 そう言って、風丸くんは大きく身じろぎをした。隣を見上げると、彼は真っ赤な顔をしていた。


「風丸くん。顔がひどくかじかんでますよ? そろそろ屋内に入りますか?」

「いやいい。あのさ、小早川」

「?」


 どこか急いた様子の風丸くん。

 改まった空気が、妙に落ち着かない。彼は二、三往復目線をさ迷わせたあと、わたしの目をとらえた。


「俺――お前が好きだ。付き合ってくれないか」


 ――息が止まった。

 冗談だろうか? ――しかし彼の表情は真剣で、とても冗談を言っているようには思えない。


「……どうして……」


 一瞬でからからになった喉から絞り出すことができたのは、その一言だけだった。


「……実は、小早川のことは去年から知ってたんだ。小林と登校してただろ? あ、小林ってバスケ部の奴と付き合ってるから、その関係で話すことが結構あって」


 耳まで真っ赤にしながら、彼は続ける。


「最初は、綺麗な髪の大人しそうな子だなって、そんくらいの印象だった。で、今年から同じクラスになって、席が前後になっただろ。そこから一気に」

「い、一気に」

「おう。――プリント回すときに目が合うと、ちょっと笑ってくれるところとか。お前はいつも席にいて、他の奴らとしゃべらないし笑ったりもしないだろ? だから、その一瞬がすごく特別な気がしたんだ」


 プリントを回すときの笑顔――。心当たりはあるような、ないような。

 多分だけれど、女性だらけのソルシエールにいたせいか、親世代以外の男性――いや、そもそも誰か他人と会話すること自体がほとんどなかったから。だから、彼に限らず誰かと目が合うと照れに似た気持ちになることはある。自然とはにかみ笑いをしてしまったのかもしれない。


 人生で一番激しく鼓動を打つ心臓。いっそ苦しささえ覚えながら、相槌を打つ。


「そ、そうなんだ」

「おう。あとは――そうだな。読書家なところもいい。俺もさ、本好きなんだ。あんまりしゃべるの得意じゃないからさ、学校では友達といるけど、家じゃだいたい部屋で本読んでるんだ。だから、小早川が本読んでる姿も、すげえいいなって思ってた。――あー、ごめん。なんか俺、気持ち悪いこと言ってる気がする」


 わしゃわしゃと髪をかき混ぜ、はあと長いため息をつく風丸くん。白い息が薄暗い夜に消えていく。

 気持ち悪いだなんてちっとも思わないけど、すごく恥ずかしい。


「――で、一緒に出かけたのも楽しかった。鎌倉な。いちいち反応が新鮮で、喜んでくれただろ。まあ、今思えばお前は別の世界の人間だから物珍しかったんだって分かるけど。もうその日にでも告白してしまおうか、すげえ悩んだ。でも、急に俺みたいなのに言われても困るかなって思って、とりあえず我慢した」


 あの日には、すでに彼はわたしのことを好きだったのか――。顔に火が付いたかのように、一気に熱くなる。そんなこと、全然分からなかった。


「連絡先聞いて、何回か出かけてからって思った矢先に鈴木たちのことがあって。これはもう嫌われたと思ったよ。早くちゃんと謝って、もしできるのなら関係修復していきたいなって思った。それならば、俺の気持ちを伝えた方が信頼してもらえるかなと思って。で、今に至るって感じ」

「は、はい」


 風丸くんの話はわかりやすくて、よく理解できた。だけど、高鳴る心臓と、どうしたらいいんだろうという戸惑いは消えない。

 きっと今のわたしは風丸くんと同じように、真っ赤な顔をしていると思う。真冬だというのにすごく暑い。自然と眉間に力が入り、穴が開くほど目の前の地面を見つめた。


 沈黙が続く。わたしの頭は考えているようで考えていないという、おかしな状況にあった。


「――返事、もらえる?」


 どれくらい待たせてしまっただろう。緊張感を含んだ声でハッと引き戻される。

 隣を見ると、風丸くんも地面を見つめていた。


 その横顔を見ているうちに、不思議と冷静さが返ってくる。

 さらに沈黙が流れたのち。わたしは決心をして、口を開いた。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] 姉貴!! そうかもと思ってたけど……ここは姉貴が現れて恋人だとからかって、アンジュちゃんを揺らしてアンジュちゃんの本音とか嫉妬をさらに引き出す的な展開でも面白そう!!(ォィ [一言] …
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