もうこの話はおしまいです
「ごめん。――鈴木たちのこと。小林から聞くまで、俺何も知らなくて。ずっと謝りたかったんだけど、連絡先も知らないし、お前俺のこと避けてただろ。まあ、そうされても仕方ないんだけど……」
肩を落とす彼の視線は、自身の組み合わせた手元にある。
ゆっくりと言葉を選びながら、丁寧に話してくれていることを感じた。
「本当にごめん。お前の大切なもの、壊されちゃったんだろ? 他にも普段から色々……その、嫌がらせみたいなのもされてたって。ちっとも気づかなくて。俺のせいで、辛い思いさせた」
そこまで言うと、彼はわたしに向き直って。静かに頭を下げた。
「そ、そんなこと……! やめて風丸くん。頭を上げてください」
だって彼は何も悪くない。上履きを隠したり、体操服に落書きをしたりしたのは鈴木さんたちがやったことだ。箒を壊されて、ネックレスを投げられたのも、わたしがうっかり気に障ることを言ってしまったから。確かにショックはショックだったけれど――少なくとも、風丸くんが謝る必要はこれっぽっちもない。
リーダー的存在だった鈴木さんは先月突然転校してしまったし、そのあと残りの三人は謝りに来てくれた。今は穏やかな毎日を送れているから、もう過ぎたことだと思っている。むしろ真珠と出会えたことを考えれば、ネックレスを海に打ち捨てたことについては、ちょっと感謝しているくらいだし――。
「でも……」
「本当に、いいんです。わたしが悪いこともあったし、もう鈴木さんはいません。今は何もされてないですから」
「……」
「もうこの話はおしまいです」
こくりとレモネードを一口飲んで、風丸くんの目を見る。その目には、驚きの色が浮かんでいた。
「……なんか。小早川、変わったよな」
「わたしが、変わった?」
「ああ。明るくなったというか、強くなったというか」
「そっ、そうでしょうか……?」
心当たりは全くない。彼はどこを見てそう思ったんだろう? 首をかしげるわたしに、彼は続けた。
「それは、いいことなんでしょうか」
「俺はそう思う。――後ろの席だから分かるんだ。前までは背中を丸めて座ってたお前が、最近はぴんと背筋を伸ばすようになってること。クラスの奴に話しかけられても、返事するトーンが全然違うし」
かあっと顔に熱が集まる。毎日観察されていただなんて、なんだかすごく恥ずかしい。たまらず唇をぎゅっと噛みしめて、地面に視線を落とす。
「――たぶん、夏休み明けくらいからかな。だから、休みの間になにがあったんだろうって、内心すごく気になってた」
――夏休みにあったこと。昨年――修行一年目と決定的に違うのは、間違いなく真珠の存在だ。
奇跡的な偶然で彼と出会い、魔力を使えるようになった。何の価値もない自分から、もしかしたら人の役に立てるかもしれない自分になった。魔法の練習を成功させるたびに安心感が募っていくことは、感じていた。
「それはきっと、真珠のおかげです。彼と出会ったことで、わたしは魔女としての未来を取り戻せたので……」
「だろーな。昼に話を聞いたとき、そうだろうなって思った。ほんとにあいつムカつくわ」
チッと小さく舌打ちが聞こえた。苦い顔をした風丸くんだ。
「あっあの。話って今のことですか? でしたら、もうわたしの話をしてもいいですか?」
このやりとりは、ネックレスに戻っている真珠にも聞こえているはず。わたしが海水をかけない限り人型にはなれないけど、しっかり情報を見聞きしているのだ。なんとなく真珠も舌打ちをしているような気がしたので、慌てて話を収集にかかる。
「二つのうち、一つが今の。昼間はあいつがいたし、そのあとはなかなかゆっくり話せなかったから。とりあえず謝れてよかった。いいよ、いったん小早川の話に移ろ」
「はい……」
ごくりと唾をのむ。
紙コップを握る手が、真冬だというのに汗ばんでいる。一気に沈んだ気分のまま、口を開く。
「夏休み。富士サファリ公園に行きましたか?」
「え?」
間の抜けた返事。それは重く沈んだわたしの気持ちとは、実に対照的で。
「いや、うん。行ったけど。なんで知ってんの?」
「見かけたんです。……お昼に、レストランで」
「お、おう。で……? ごめん、それがどうかしたのか?」
その声からは、戸惑いが伺えた。――それはそうだ。これじゃ、何が知りたいのか分からない。わたしは覚悟を決めて、核心に迫った。
「風丸くん……女の人といました」
――すぐ近くで聞こえる、息をのむ音。
「風丸くんは、どうしてわたしに構うんでしょう? 鎌倉に行ったり、今日だって声かけてくれたりして……。お昼に言っていた、で、デートっていうのは、何の比喩なんでしょうか。だって、風丸くんにはあんなに綺麗な恋人がいるじゃないですか……」
泣きそうになるのを必死に抑えて、最後まで言い切った。
彼との関係に名前を付けることは、すなわち終わりのような気がしていた。彼と一緒にいると楽しいし、その一方で切ない気持ちになる。だからこそ、都合の悪いことから目をそらしていたかったのに。
ふとしたとき頭をよぎるあの綺麗な人の存在に、わたしの心は疲弊してしまっていた。




