飛べない魔女
――わたしは魔女の国ソルシエールで生まれ、そこで育った。家族は五人。お父さんとお母さん、そして姉一人に、妹が一人。おばあちゃんもいたのだけれど、わたしが五歳の時に亡くなった。
家族がわたしに優しかったのは、五歳の誕生日までだった。魔女の子どもは五歳になると教会で魔力の測定を受ける。そこで分かったのは、わたしには魔力がほとんどないということだった。通常の子どもが千あるとするなら、わたしの魔力は一程度しかなかったのだ。
その日から、わたしはいないも同然に扱われるようになった。暗い倉庫に押し込められて、食事は家族の残飯が一日一回差し入れられた。教育を受ける年齢になったときも、魔法学校には行かなくていいと言われ、倉庫にある埃をかぶった古本を読むしかなかった。――多分家族はわたしの存在が恥ずかしくて、表に出したくないんだろう。幼心にそう理解していた。
魔力のないわたしは普通に暮らす資格がない。魔力のないわたしが、学校に行く意味はない。それは自分でも当然に思えた。なにしろ魔女の国ソルシエールは魔法が使えることが前提で成り立っている。魔力レベル一のわたしは、この国では無価値で何の役に立つこともできないのだから。
閉じ込められている倉庫からは、時折外で近所の人が話す声が聞こえた。そして、自分にとあるあだ名がつけられていることを知った。
――「飛べない魔女」。
それは、ソルシエールにおける最大級の卑称だった。
魔女であれば、誰しもが普通にできること。箒に乗って、空を自由自在に翔けまわること。
それができない――つまり、お前は魔女ではない、はりぼての魔女だ、そういう意味が込められている。
「わたしの味方をしてくれたのはおばあちゃんだけだった。飛べなくても箒を作ることはできるからって、こっそり作り方を教えてくれたの」
箒を作るのに必要なのは、魔力ではなく魔女の血筋。身体に流れるそのエネルギーがあれば、空飛ぶ箒は作ることができる。――それを教えてくれたおばあちゃんは、わたしの待遇を改善できないことをいつも謝っていて、そして数か月後に突然病死してしまった。
「乗れない箒を作り続けているわたしって、馬鹿みたいだよね」
「わふぅ……」
しめじが頭を上げて、わたしの手をぺろりと舐めた。黒くてつぶらな瞳が、じっとこちらを見ている。
「心配してくれてるの? ありがと。優しいね、しめじは」
彼女の優しさが胸にしみる。にこっと笑いかけるけれど、視界は熱く滲んでいく。
――わたしは一体なんなのだろう。魔力がないから、魔女になるのは絶望的だ。箒だけ作れたって、ソルシエールで笑い者のわたしは、まともに暮らしていくことはできないだろう。
それなのに、こうして夜な夜な箒を作っている自分はひどく滑稽だ。
「わかってる。わかってるの。なんの意味もないことだって。――でもね、わたしはこれしかできないんだもの。他にどうしたらいいか、わからないんだもの――」
瞬きをすると、ぽろぽろと熱い涙があふれ出た。たまらなくなって、両ひざを抱えて下を向く。
嗚咽をあげるわたしに、しめじはいつまでも寄り添ってくれた。