俺はずっとそのつもりだったから
カフェを出たあと。風丸くんは仲見世を見て回りたいらしいので案内することになった。雪は止み、青空がのぞいていた。
マフラーを巻きながら、彼に尋ねる。
「見たいお店とかありますか?」
「色々気になるところはあるけど……。小早川がよく行くところとかお勧めがあれば、そこに行ってみたい」
「おっ、お勧めですか」
江の島に住み、毎朝通学路として通っている仲見世通り。正式には「江の島弁財天仲見世通り」と言い、五十をこえる店がひしめき合う島内有数の観光スポットだ。洋子さんと食事に来たり、小桃ちゃんと買い物をしたりしているので、もちろんお勧めはあるのだけれど――。
「もしかして、緊張してんの?」
腰を折り曲げて、わたしの顔をのぞき込む風丸くん。目が合うといたたまれない気持ちになって、ふいと顔を逸らす。
「おい。無視すんなよ」
「だ、だって。……さっき風丸くんが変なことを言うからいけないんです……!」
「……」
沈黙が流れる。
がやがやと賑わう仲見世通り。人とぶつからないように避けながら、なんとなく坂を上っていく。
「…………俺はずっとそのつもりだったから。俺は、その……」
おもむろに立ち止まる風丸くん。しかし、辺りを見回して、顔を赤くする。
「――いや、今じゃないな。なんでもない。あ、タコ煎餅だって。なにあれ、すげえなあの鉄板!」
「あっ……」
味付けしたタコに粉をまぶし、鉄板でプレスした煎餅。客の前で実演しながら製造するそれに、風丸くんは吸い寄せられていった。
話を逸らされた気がして、なんとももやもやする。でも、聞き返すタイミングをすっかり失ってしまった。
実演が行われているショーウインドウの前にいる風丸くんは、きっと食べてみたいだろう。わたしは黙って列の最後尾に並ぶ。先ほどご馳走になってしまったカフェの会計を少しでも返したいと思った。
◇
仲見世を見て回り、江島神社をお参りして。緊張と戸惑いを感じながらも、楽しく時は過ぎていった。
エスカーで島のてっぺんまで上るころには、辺りはすっかり暗くなっていた。見上げた夜空にきらめくのは展望灯台。ピンクや青にライトアップされていて、とても綺麗だ。――ふと、クリスマスは特別イルミネーションがあることを思い出す。
「風丸くん。展望灯台を見に行きませんか? 今日は特別なイルミネーションがあるって聞きました。入場料はかかっちゃうんですけど、……せっかくこの時期に江の島に来てくれたので……」
「行く」
即答だった。
その返事に胸をなでおろしながら、実はわたしもわくわくしていた。島に住んでいるから展望灯台自体は毎日眺めているけれど、入ったことはないからだ。
エスカーを降りて数分歩けば、イルミネーションで飾られたエリアに出る。前方に見えているゲートを通るとサムエル・コッキング苑という庭園があり、その施設内に展望灯台は建っている。
料金所で大人二名の支払いをしようとしたところ、ぬっと背中が視界を遮った。
「あの、風丸くん?」
「俺が出すから。小早川は温かい飲み物でも買ってこいよ。夜は冷えるから」
「……」
おろおろしている間に、さっさと二人分の支払いを済ませる風丸くん。チケットをもらい、さっさと歩きだしてしまった。慌ててその背中を追いかける。
庭園内の植物たちには色とりどりの電球がつけられていて、美しくライトアップされていた。
「……幻想的、だな」
「ほんとうに。まるで別世界に来たみたいです……!」
感嘆の声を上げるわたしに、風丸くんは笑った。
「これ以上別世界に行くつもりなのか?」
「あっ……! い、いや、それはない、と思いますけど……」
「ふふっ、面白いな、お前」
「……っ!」
イルミネーションの光を受けた彼の笑顔は、それは綺麗で。前髪からのぞく切れ長の目がきらりと輝き、長いまつげが顔に影を落としているさまが、それこそすごく幻想的だった。
どきりと高鳴る胸を押さえながら、目をさまよわせる。と、カントリー風の小さな屋台が目に入った。
「あっ! 温かい飲み物を発見しました! 買ってきますね」
「おー。気をつけろよ」
屋台で飲み物を調達したわたしは、彼のもとに戻り、その一つを差し出した。
「どうぞ。ホットレモネードです」
「あ……悪い」
手袋をとって、紙コップを受け取る風丸くん。
「いえ全然。むしろ今日は出してもらってばかりで……。あの、本当にお気遣いなくですから。洋子さんがくれたお小遣いがあるので」
「んー。そういうんじゃないんだけどなー……」
「? すみません、わたしはまだ人間の感覚とか、この世界に馴染み切れていないところがあって……。解釈に間違いがありましたか?」
「あ、ごめん。いや、こっちの話。小早川は楽しく過ごしてくれたら、俺はそれが一番だから。気にしないでほしい」
「……そうなんですか?」
「そ」
――わたしはただ楽しくしていればいい。そんなうまい話があるのだろうか。これはデートだと風丸くんは言った。確かデートと言えば、恋人同士であるとか、その直前のような関係の男女がするものだ。いずれもおよそ自分とは縁のない話だったはずなのに、一体どうしてこんなことになっているのだろう?
悶々と考えながら植込みのイルミネーションを眺める。そして、あのことを聞くなら今がいいのではないかと思い出す。昼からいっぱいいっぱいで、今の今まで忘れていた、今日の本題だ。
はあとため息をつき、右隣を見上げる。
「風丸くん。ちょっと聞きたいことがあるんですが……」
「俺に? なに?」
驚いた表情で、紙コップから唇を離した。
「そこのベンチに座りましょうか」
等間隔で順路沿いに配置されているベンチを示し、腰かける。
次のベンチとは距離があるし、道をゆく人たちはそれぞれの会話に夢中だ。これからする会話を気にする人はいないだろう。
しかし、先に口を開いたのは風丸くんだった。
「ごめん小早川。俺も話があってさ。先にいい?」
「何でしょう? いいですよ」
膝の上で両手を組みながら、彼は話し始めた。
・エスカーとは
江の島にある、上り専用の屋外有料エスカレーターのこと。江島神社付近から頂上まで行くことができる(三つの区間を四連のエスカレーターでつないでいる)。




