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【完結】江ノ島の魔女  作者: 優月アカネ@重版御礼


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27/51

こいつ誰? 知り合い?

「ねえアンジュ様。外で舞っている白いものはなに?」


 窓から外を眺める真珠は、興味津々といった表情。その目線の先には、羽毛のようにふわふわと舞う無数の白があった。起きてから憂鬱な気分に支配されていて、それが降っていることに初めて気づく。


「ああ、あれは雪って言うらしいわ。わたしも見るのは初めて! 去年は降らなかったから」

「そうか、これが雪なんだね!」


 全体的に色素の薄い彼は、雪ととても馴染むなあなんてことをふと思う。

 彼の隣に並び、窓を少し開けてみる。ほんの数センチの隙間から、刺すような冷気が流れ込んできた。


「なんだか不思議な天気ね。空は晴れているのに、雪が降っているなんて」


 雲は出ているけれど、ぼんやりと明るい空。海は穏やかで、海面に雪が舞い降りていく。

 外に手のひらを差し出す。ふわふわと掌に着地した雪が、じわりと水滴に変化する。


「すごく寒いね。僕はこれくらいの気候が好きだけど、アンジュ様は寒いの苦手だよね。今日は暖かい服装を選ばないとね?」


 真珠の言葉に、ポケットからスマホを取り出してお天気アプリを開く。江の島の今日の最高気温は八度、最低気温はマイナス一度と出ている。昨日に比べて五度以上も寒い。


「そうね……。洋子さんに勧められたワンピースだと寒そう。ズボンに変更したほうがよさそうだわ。風邪を引いたら洋子さんに迷惑をかけてしまうし」


 今日は土曜日。週明け月曜日が終了式で、そこから二週間ほど冬休みだ。店の手伝いに入るので、風邪を引いてはたまらない。


「それがいいと思うよ。あと、上着も。洋子さんのお勧めは流行りものらしいけど寒そうだよ。いつものダウンのほうが防寒になるんじゃない?」

「うん。そうする」


 窓から両手を突き出して天を仰ぐ真珠はそのままにして、自分は着替えることにする。椅子の背にかかっているのは、昨夜のうちに用意しておいた今日着る予定だったワンピースだ。


「魚心亭のクリスマス会に出られないって言ったら、理由を根掘り葉掘り聞かれたのよね……」


 ――その時、初めて洋子さんが恐ろしいと思った。満面の笑みで迫って来て、事情を話すまで解放してもらえなかったのだ。事情も何もという感じだったから、メッセージアプリの画面を見せて終わったけれど。

 そして洋子さんにも「アンジュちゃんは彼のことが嫌いなのかしら?」と質問されたので、「そういうわけではない」と同じように答えた。――その結果が、今目の前にある洋服一式だ。

 流行りのデザインだという、ニットワンピースとチェスターコート。そして玄関にはブーツまである。`いつも手伝ってくれているお礼′にしては、きっと高すぎる品物たちだ。


「これは小桃ちゃんと初詣に行くときに着よう。今日はとにかく寒すぎるわ」


 そっと抱えて襖にしまう。そして厚手のニットセーターとデニム、ダウンジャケットを取り出す。学校近くにある量販店で買ったもので、安いうえに結構暖かい。気に入っていつも着ているものだ。


 ちらりと真珠を見て、まだ外を眺めていることを確認する。そして部屋の隅でこそこそと着替えを始める。

 彼とは産まれたときから一緒にいるから、兄弟のような存在なのかもしれないと最近気づいた。一応目は気にするけれど、見られて恥ずかしいという感覚はもうない。もともとお風呂はネックレスを付けたまま入っているし、今更だ。


 手早く着替えを済ませて勉強机の前に腰かける。机の上に置いてあるのはメイク道具だ。

 もちろん自分で買ったものではない。これは以前、小桃ちゃんがくれたものだ。趣味の韓流活動で新大久保に行く彼女は、そのたびにどっさりと化粧品のサンプルをもらってくる。その一部をわたしに分けてくれたことがあった。


「男の人と二人で出かけるときはメイクをした方がいいだなんて。全く知らなかったわ」


 洋子さんが服をくれたときに言っていた。人間界には、まだまだわたしが知らない常識があるようだ。

 メイクなど人生で初めてするから、手元のスマホでやり方を見ながらどうにか形にしていく。


「……アンジュ様、化粧するの? 素顔が一番綺麗なのに」


 肩のところからひょっこり顔を出す真珠が鏡に映る。


「綺麗? それはないでしょう。メイクはね、しないと失礼にあたるんだって。わたしだって気は進まないけど、風丸くんに迷惑かけるわけにはいかないもの……」

「今日は僕も最後まで着いていくからね。その風丸とかいう男が変なことしないか見張ってるから」


 眉間にしわを寄せて、不機嫌そうな真珠。


「もう。どうして真珠が機嫌を損ねるのよ。近くにいてもいいけど、風丸くんがいるときは話しかけないでね? 混乱するから」

「へえ。僕よりあいつのことを優先するんだ。アンジュ様?」


 真珠の海を思わせる青い瞳が、ぎらりと光る。びっくりして、まつ毛を塗る手がビクッと跳ねた。


「もうっ、何言ってるのよ! 優先とか、そういう問題じゃないでしょう!?」


 慌ててティッシュを引き抜き、まぶたに付いてしまったマスカラを拭きとる。


「――冗談だよ。もちろん邪魔なんてしないさ。風丸とかいうのが大人しくしている限りはね」

「お願いね。まず、風丸くんは変なことなんてしない思うわよ? 真珠は案外心配性なのねっ」


 くるりと背をむけた真珠の背中に向かって、そう呼びかける。「へいへい」と気のない返事をして、彼は窓辺に肘をついて雪の観察に戻った。


 はあ、とため息が出た。ただでさえ気が進まない今日の集まり。そのうえ、なぜか真珠も不機嫌だ。

 壁掛け時計を見上げると、約束の十一時まであと一時間しかない。


「まずい! 急がなきゃ!」


 ばたばたとメイクを仕上げ、接客中であろう洋子さんに「いってきます」とチャットメッセージを送る。

 ダウンとバッグを掴んで、駆け足で階段を下りる。玄関まで行くと、新品のショートブーツが目に入った。――隣に脱ぎそろえてある、いつものスニーカーと素早く視線を往復させる。


「靴は、ブーツにしようかな」


 せっかくだから。

 ――なにがせっかくだから? という気持ちは、深追いしないことにする。わたしはただ、自分の直感に従っただけだと、そういうことにした。


 風丸くんに指定された待ち合わせ場所は、江の島の入り口。魚心亭から坂を下り、仲見世を抜けたその付近だ。


 到着すると、雪という天気だけれど、昼時ということもあって観光客でにぎわっていた。きょろきょろと周囲を見回すと、遠巻きに人だかりができているところに目が留まる。――人々(女の子たち)の視線の先にいたのは、風丸くんだった。モデルのようにスタイルがよく、雰囲気もおしゃれな彼は注目を集めていた。背が高いので、少し離れたここからでも、居心地の悪そうな表情がばっちり見える。


「……置いて帰っちゃう?」

「馬鹿言わないの。早く救出しないと可哀想よ」


 少し後ろで意地悪く言う真珠を諫める。しかし、わたしだってこの状況下で彼のもとに行くことはなかなか勇気がいる。どうしようかなぁと少し考えると、ぽんとアイデアが浮かんだ。


「――ああそうだ! 魔法を使えばいいじゃない!」

「……気づいちゃったか」

「え、何?」

「いや、気にしないで」


 真珠が何か不穏なことを言った気がするけれど。もう待ち合わせ時間だから、風丸くんのところに行くのが先だ。

 魔法のない世界で、公に魔法を使うことは推奨されない。なぜなら不要な混乱のもとになるから。そう魔女の国修行協会で教わったけれど、この魔法の種類と状況なら特にお咎めはないはずだ。


「חכם סודי」


 ――何も起こる気配はない。それもそのはず、これは当人の気配を薄める魔法だから。

 見た目には全く変化はないけれど、今のわたしは道端の石ころ並みに存在感が薄くなっている――はず。

 意を決して彼のもとに向かい、「おわっ!? 小早川っ!? いつの間に!?」と驚く風丸くんの服を引っ張って、人気のない小さな路地に移動する。


 魔法を解除して、風丸くんに話しかける。


「こ、こんにちは。ごめんね、急に引っ張って。すごく囲まれてたから……」

「お、おう。いや、助かった。ありがと」

「うん……」

「……」


 沈黙が流れる。大通りから聞こえる喧騒が、やたら耳につく。

 地面を見つめると、蟻がしらすを運んでいる様子が目に入った。


「小早川、あのさ」


 切り出したのは風丸くん。しかしどうしたのだろう。その声はこわばっていて、緊張を含んでいた。

 彼を見上げると――その目線はわたしにはなく。斜め後ろの方を見ているようにみえた。


「ど、どうしたの?」


 ただならぬ雰囲気に、心臓がどくりと鐘を打つ。

 風丸くんはわたしの腕をつかみ、身体の方に引き寄せた。


「こいつ誰? 知り合い?」

「えっ――?」


 長い前髪の隙間から見える、鋭いまなざし。その先にいるのは――


「え? この人僕のことが見えるの?」


 目を丸くした、真珠だった。


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― 新着の感想 ―
[一言] うぅむ。 表紙イラストを見て、 真珠が一般人には見えないと言った時からそうじゃないかと思ってましたが……やはりか(゜Д゜;) 彼が魔女の家系だとか、そんな設定だったら伝奇的で好き( ´∀`…
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