女性が現れて、彼の隣に腰を下ろした
着陸した森を抜け、五分ほど歩くと富士サファリ公園に到着した。一人分のチケットを購入して、非日常感あふれるゲートをくぐる。
隣には「うっ。獣のにおいがする」と苦い顔をした真珠がいるけれど、魔力がない人間たちにその姿は見えない。
開けた敷地内に、影を作るような建物は何もなく。日差しに顔をしかめながら、リュックから帽子を取り出して頭にのせる。
窓口のお姉さんがくれたパンフレットを広げながら、どう回ろうかと頭の中でプランを組む。上空から見下ろした時も、そして今開いたパンフレットを見ても、ここはとても広い施設のようだ。
「えーと。まずはサファリバスの時間を調べた方がいいかしら。それ以外の時間で他を回るとして……。ああっ、見たいところが多すぎるわ。ふれあいゾーンは必ず行きたいでしょ。えっ、犬の館って何かしら!? ええっ、牧場もあるの!?」
「よかったねえ、アンジュ様」
思っていた以上に様々なエリアがある。思わず真珠の方を見てこぶしを握ると、ぬるい笑顔で返事が返ってきた。
「ええ、本当に来てよかったわ。今日一日でたくさんの動物が見られそう。ああ、いいわよ真珠。わたしに気を使わないで。一人で十分楽しめるから、ネックレスに戻って平気よ」
この暑さだし、真珠はあまり動物が好きではなさそうだし。さほど面白くないだろう。
真珠は、ネックレスの姿と人型を行き来することができる。しかし、ネックレスから人型になるときは海水をかけることが必要だということが、彼と過ごすうちに判明した。だからわたしは、百円ショップで買ったアトマイザーに海水を入れて常に持ち歩いている。
「まだ大丈夫。僕も少しだけ、動物というものに興味があるんだ」
意外な返事だった。暑さで気だるそうにしているものの、その視線はあちこちに向いている。サファリ公園という場所が物珍しいのかもしれない。
「そうなの? じゃあ、一緒に観て回りましょうか」
とはいえ、一般の人間に彼の姿は見えない。喋りかけてもわたしが独り言を呟いているようにしか見えないので、彼との会話は最小限だ。
サファリバスの時間を調べると、ちょうど五分後に出るものがあるので、それに乗ることにする。発着所に来たバスはライオンの外装をしていて、心躍らせながら乗車する。
中は窓が格子になっていて、動物が入り込まないように、しかし、乗客はとても近くから観察できるような仕組みになっていた。
「すごいわねえ……! あっ、あれはトラだわっ! あっちにはライオンも!!」
寝転んでいる動物のすぐ横をバスは通っていく。もう慣れたものなのか、バスの存在なんて無いかのように振る舞う動物たち。肉食ゾーンを抜けると草食ゾーンに入る。そちらの動物たちは逆にバスに寄って来て、格子の隙間から舌を入れてくるなどして人懐っこい感じがした。
格子にかじりつくわたしとは対照的に、真珠は腕と足を組み、仏頂面で動物を眺めていた。
三十分のバスの旅を終えたあとは、ふれあいコーナーへ向かう。野原のようになっているそこには、モルモットやウサギといった小さな動物もいれば、ヤギやアルパカもいて、可愛さと癒しの溢れる空間となっていた。
満面の笑みで膝にウサギを乗せるわたしの一方で、うろうろしていた真珠はアルパカに唾を吐きつけられていた。こちらに駆け戻ってくるなり「もう嫌だ! やっぱり動物なんて嫌いだ!!」と叫び、あっという間にネックレスに戻ってしまった。
「ふふっ。やっぱり動物は気配でわかるのかしら? 唾を吐くのも可愛いんだけどなぁ……」
地面に落ちたネックレスを拾い、丁寧に首にかける。
ふれあいコーナーを出ると、ふと空腹に気づく。腕時計を見ると十三時過ぎを指していた。
「もうお昼!? 楽しい時間はこんなにも早く過ぎちゃうのね……」
興奮しすぎて、食事のことなど気にしていなかった。しかし昔の名残なのか、食事にありつけることが普通だとはまだ思えない。昼食抜きで見て回ろうかとも一瞬思ったけれど、食べられる時に食べておこうと思い直す。
リュックからパンフレットを引っ張り出す。敷地の中央あたりに食事がとれる場所があるみたいだ。
「森のコテージ、っていう名前のレストランね。そこでちょっと休憩にしましょうか」
晴れた空に響き渡る蝉の声を聞きながら、レストランへと向かった。
◇
ログハウス風のレストランに入ると、冷房がよく効いていた。心地よさに頬を緩めながら、壁に吊り下げられたメニューを眺める。
ごろごろ入った塊肉が名物だという「サファリカレー」が名物のようだ。せっかくならイチ押しのものが食べたいので、注文口でサファリカレーとアイスティーのセットでと告げる。
食事ができたら鳴るというブザーをもらって、空いている席に座る。リュックを隣の椅子に置き、ふうと一息ついたとき――
「あれっ……?」
目線の先――五つほど離れたテーブルにいる人物に、見覚えがある。
「風丸くん、かしら」
パーマがかかった黒髪に、目が隠れるくらいの長い前髪。仲がいいわけじゃないけれど、毎朝、そして帰り際に見かけるその姿は、存外記憶に残っていたようだ。
今は夏休みだから、着ているものは制服ではない。灰色のティーシャツに、肩から赤いチェックのシャツを無造作に重ねている。初めて見る私服姿はどこか新鮮で、ついじっと眺めてしまう。
テーブルには彼一人。うつむきがちなその表情に、スマホでも見ているのだろうか――? そう思ったとき。
女性が現れて、彼の隣に腰を下ろした。




