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【完結】江ノ島の魔女  作者: 優月アカネ@重版御礼


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21/51

わたしも魔女になれるんだろうか

 魚心亭の自室に戻ると、真珠は「僕がいたら気になるでしょ? とりあえず、元の姿に戻るね」と爽やかに口角を上げ、ネックレスの姿に戻った。

 てのひらに収まる小さなそれを見て、わたしはおもむろに頬をつねる。


「痛い」


 ――夢ではない。

 壁にかかった時計を見る。朝の五時だ。魚心亭の営業が始まる十時まで寝てもいいのだけれど――。


「万が一にも夢だったら嫌だから」


 たとえ夢だとしても、ずっと見ていたい。実はわたしには魔力があり、箒で空を飛ぶことができる。ずっと叶わないと思っていたことが、叶ったのだから。


 寝るのが怖くなったわたしは、机の上に置かれた本を手に取る。夏休みに入る前に、図書室でどっさり借りてきたものだ。

 ネックレスがあるということは、また丈夫なわたしに戻ったということ。であれば、一晩くらい寝なくても大丈夫だ。このまま本を読んで時間を潰そう。

 そう考えたわたしはそっと首元のネックレスに触れて「ありがとう」と心の中で呟いた。


 ◇


 すっかり元気になったけれど、洋子さんの言いつけでもう一日は大事をとった。

 そして翌日から、魚心亭の手伝いに復帰することができた。魚心亭の営業中はお店の手伝いをして、夜は箒を作るか、勉強をするか、あるいは真珠と箒に乗ってドライブへ出かけている。

 わたし一人では、相変わらず魔力は無いに等しい。真珠と一緒じゃないと――ネックレスではなく、青年の姿になった真珠と一緒でないと、魔力を行使して箒で空を飛ぶことはできないことが分かった。

 ネックレスの真珠は、魔力を吸い、自身の中に溜めておくことしかできない。さらに能力が開花した青年の姿になると、溜めた魔力を使えるようだった。


 そして面白いことに、しめじは真珠のことがなんとなく分かるらしい。しめじに魔力は無いから姿は見えていないはずなのだけれど、真珠のいる辺りをすんすんと鼻で嗅ぎまわり、ぺろりとその手を舐め上げたのだ。「ひえっ!?」と情けない声を上げた真珠を見て、思わず吹き出してしまった。彼はハンカチを取り出して手をごしごしと拭き、「僕、犬って苦手かも……」と小さく呟いていた。


 逃げ惑う真珠と、鼻を効かせて彼を追いかけるしめじ。二人の姿を眺めながら、わたしは箒を編み込んでいく。

 ――彼と一緒なら、わたしも魔女になれるんだろうか。鈴木さんたちに壊された箒の補修が終わったら、魔法の練習をしてみたい。


 ◇


 あっという間に日々は過ぎていき、夏休みは残すところ一週間となった。

 今日も一日魚心亭の手伝いを終えて、わたしは自室で真珠と過ごしていた。宿題を仕上げるわたしの傍らで、彼は窓の下からこちらを見上げるしめじと睨み合っている。


「まったく。犬とは気が合わないよ。ほらアンジュ様見て。あいつ、僕のことを見て尻尾を振っているよ。威嚇してるんだ」

「犬が尻尾を振るのは、楽しいときよ。しめじは真珠のことが好きなんだと思うわ」

「ええ~? 嬉しくないなあ。あいつのよだれは生臭い」


 渋い顔をする真珠に、思わず頬が緩む。出会ったときは無機質で掴みどころのない人物だと思ったけれど、案外表情豊かな一面があることが分かってきた。

 教科書をぱたりと閉じて、横に置く。ページがめくれるため横に向けていた扇風機の首を、こちらに戻す。


「犬以外の動物はどうなの?」

「うーん。分からないなあ。この姿では会ったことが無いから」

「じゃあ、今度の飛行先は動物園にしてみる?」

「動物園か……」


 二日に一回は箒に乗って出かけているので、そろそろ行き先に悩むようになっていた。

 行ったことはないけれど、動物園にはいろいろな種類の動物がいるらしい。真珠が気に入る動物もいるかもしれない。

 しかし、彼は半目になってわたしを見た。


「動物園は、アンジュ様が行きたいだけでしょ?」

「あっ……!」


 言われてみれば、確かにわたしは動物が好きだ。理由は簡単、魔力が無くてもわたしを虐げないから。

 魚心亭に来てしめじと触れ合ううちにその想いは強くなり、物言わぬ動物のほうが、よっぽど魔女や一部の人間より親しみやすいとい感じている。


「アンジュ様が行きたいなら、僕は着いていくまでだけど。ご主人様だからねえ」


 窓の桟に頬杖をつき、長い足を投げ出した真珠がぼそりと言う。明らかに乗り気ではない。

 いつものわたしなら、すぐに自分の気持ちを引っ込めただろう。でも、自分の片割れにも感じられる彼には、不思議とそのままの気持ちを出すことができた。


「じゃあ……次の夜は動物園に行きたいな」

「わかった。でも、夜は動物も寝てるんじゃない? せっかくなら昼間に行ったほうがよく見れるんじゃないの?」


 動物が苦手なのに、わたしを気遣う真珠。


「そうね。でも昼間はお店の手伝いがあるから」

「一日くらい休んだって平気だよ。っていうか、休んだほうがいいよ。洋子さんにも休みを取るように言われてたでしょ」

「それは……そうなんだけど」


 寝込んでいた約二週間以外は、毎日お店に出ている。わたしは全く苦ではないし、疲れてもいないから平気なんだけれど。洋子さんは「もうすぐ夏休みが終わっちゃうわよ!? 休んで大丈夫だから、少しは遊びに出かけなさいっ!」とここ数日毎日言っている。このまま休まなければ、八月三十一日は強制的に休みになりそうな勢いだ。


 であれば、休みを申し出ても同じだという気がしてくる。真珠の青い目を見て、わたしは頷いた。


「……わかった。明日、洋子さんに聞いてみる」

「うん。いい子だね」


 ぽんぽん、とわたしの頭を軽く叩く真珠。

 子どもじゃないのになあ。と思って睨みつけると、彼はにやりと笑って大げさに肩をすくめた。


「じゃあ、僕は元に戻るよ。おやすみなさいアンジュ様。いい夢を」

「真珠もね。おやすみなさい」


 瞬き一つの間に、彼はネックレスへと姿を変えた。ゴールドのチェーンに一粒の真珠が付いたそれが、かさりと音を立てて畳に落ちる。

 丁寧に拾い上げて、首の後ろへと手を回す。


「真珠が現れるようになって、ずいぶん賑やかになった気がするわ。話し相手がいるって、こんなに楽しいことなのね」


 しゃべることは不得意だったはずなのに。彼が来てからは、しゃべりすぎて頬が痛むということを何度か経験したくらいだ。


「動物園、かあ。ふふっ、どんなところか楽しみ」


 たくさんの動物に会えることを想像すると、自然と頬が緩む。いつだかテレビで見たけれど、園によっては動物に触れるコーナーもあるらしい。ぜひ立ち寄りたい。

 ――時刻は二十二時。いつもの就寝時間より少し早いけれど、今日はもう寝よう。そう決めて、勉強道具を片付ける。


 布団を敷き、照明から伸びる紐を引っ張る。カチンという音とともに、部屋は真っ暗になった。

 しかし、わたしの心はいつまでも灯りがともっているかのように、晴れやかだった。


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― 新着の感想 ―
[一言] 成る程、真珠がアンジュの魔力を吸ってたわけですか。 しかし魔力があり過ぎても困るわけですね。 真珠のおかげでアンジュも少し明るさを 取り戻したようですね、良かった!
[良い点] しめじwwワンコ可愛いぞ~!! ってあれ?あのイケ真珠さんの…… なんか少しだけでも順調になると、今までが不幸過ぎた揺り戻しでまた何か起きてしまうんじゃないかという不安が……w
[一言] ナ○トサ○ァリがあるよ、アンジュちゃん!(危険!
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