第1話 飲酒
平日、午前9時
普段なら始業開始のチャイムが鳴り、嫌々ながらもパソコンに向かう時間。
だが今日からは……少し違う!
――カシュッ!――
チャイムの代わりに鳴るのは缶ビールのプルタブが開く音。
――ゴクゴク!――
パソコンから目を背け、小麦色の液体を喉へ流し込む。
――プハッー!――
「ああ~最高!」
なぜ平日の朝っぱらからこんなことができるのか……
それは今日からテレワークが始まったからである!
私の名前は南栗橋綾乃、23歳。
都内のとある企業に勤める2年目のOLだ。
都内のOLと言うと聞こえだけはよくて、『キラキラした生活してるんだろうなあ』とかみんな思っちゃうけど……実際の生活はキラキラどころかくすんでいる。
大学を卒業して昨年入社した会社はいわゆる中小企業。
休暇も給料もやや少なく、
日々の楽しみといえば趣味のアニメ・漫画・ゲーム……あとお酒!
そんなキラキラ系OLとはほど遠い私だが、今日から少し暮らしが変わる。
そう、弊社でもついにテレワークが始まったのだ!
満員電車に乗らなくて済むし、寝間着のままでも始業時間を迎えられる。
それに今みたいにビールを飲みながらでも仕事できちゃうし。
(※よい大人はマネしないでね)
「くう! テレワーク最高!」
大企業に勤める友達はもっと早くからテレワークしていて凄く羨ましかったけど、ついに私もその恩恵を受けるときがきた!
記念すべきテレワーク初日の今日は思う存分業務時間中に好きなことさせてもらおう!
というわけで……
――ビール2缶目、ドン!――
――おつまみの柿ピー、ガサッ!――
まずは思う存分酒盛りだ!!!
業務中に飲むお酒……最高!
同僚は懸命に働いているだろう中飲むお酒……最高!
――ゴクゴクゴクゴク……プハッー!!!――
ああ~この背徳感!
なによりのおつまみだよ~!
そうだ! たしか冷蔵庫にレモンチューハイもあったはず……
――冷蔵庫、パカッ――
あっ、お豆腐も発見!
よーし、冷奴にして食べよう!
ああ~テレワークが始まってまだ1時間も経っていないのにもうこんなに満喫しちゃっている!
気分はお祭り!
テンション爆上げ!
緊急事態宣言バンザイ!
さーて、とことん飲んでとことん食べるか~!!!
~~数時間後~~
「う、うーん……あれ?」
気がついたら机に突っ伏している自分がいた。
すぐそばには缶ビールと缶チューハイの空き缶が何本も。
あと食べ物の残骸もいっぱいある。
気付かないうちに随分豪遊しちゃったな……。
てか今何時だ?……げっ!!!
『17:30』
時計に向けて目玉が飛び出そうになった。
ゆ、ゆ、ゆ、ゆ、夕方の5時半⁉⁉⁉
どれだけ寝てるの私⁉
というかやばい!
「やばいやばいやばいやばい!」
私は急いで業務用パソコンに電源を入れ、かろうじて人に見せられる服を引っ張り出す。
なにをしているのかって?
実は弊社、テレワーク期間中はZOOMを使って終礼をやることになっているのだ。
終礼の開始は17時50分。
定時が18時だから10分前にやろうと上司の判断だ。
いやいや、いきさつなんか今はどうでもよくて……終礼の開始まであと20分しかない!
「やばいやばいやばいやばい!」
服装、髪型、部屋の汚さ、ありとあらゆるものがやばいが……
1番やばいのはお酒に酔った赤ら顔!
業務中にお酒を飲んでいたことがバレたらお叱りだけでは済まない!
ZOOMのカメラをOFFにするという手もあるが、1人だけOFFだったら怪しまれる!
まあ怪しまれるもなにも実際やましいことしちゃったのだが、テヘヘ。
って、テヘヘじゃない!
とにかく隠さなきゃ! 化粧だ化粧!
私は化粧パッドを手に取り、頬にファンデーションを塗りたくる。
まさか死に物狂いで化粧をする日が来ようなど思いもしなかった。
『17:49』
ZOOMを起動し終礼の準備完了。
化粧も着替えも掃除もなんとか間に合った。
非常に雑だが……まあギリギリセーフだろう。
女は捨てても飲酒がバレなきゃそれでいい。
――終礼開始――
ハゲ頭の課長が口を開く。
「みんなお疲れ様。それじゃあ各自抱えている仕事と現在の進捗を報告してくれるかな。まずは南栗橋君から」
おっ、私からだ。
「はい、私は現在――」
え? 今日一日お酒を飲んだだけで仕事なんかしてないじゃないかって?
ふっふっふっ、私を舐めてもらっちゃ困るよ。
そのへんは抜かりない!
実は昨日、わざわざ残業して溜まっていた仕事を全て片付けたのだ。
こうすればテレワークで思う存分サボれるもんね!
(※ダメです)
要するに今日はまったく仕事していない……が!
昨日頑張った分を今から提出すればサボったとは思われない!
なんて完璧な計画なんだ……私も立派な社会人になったなあ!
(※どこがだ)
――自画自賛、愉悦――
――この完璧な計画が崩れることはない――
――そう確信していた――
――しかし、それは傲り昂ぶりであった――
――ここで私に、とんでもないトラップが発動する――
「あっ、そうそう南栗橋君、10時にメール送った資料の件は進捗どう?」
「……へっ?」
「え? もしかして送れてなかった? ちょっと待ってね今確認するから」
「あ、あーあの件ですね。もちろん進捗バッチリですよ!」
「それならよかった。提出期限が迫っているから、書いたとおり明日の朝までに頼むね」
「はい、お任せ下さい」
はえええ⁉⁉⁉ 資料の件ってなんのことお⁉⁉⁉
――終礼終了――
すでに定時を過ぎたが、あんなこと言われてはメールチェックせずにはいられない。
どれどれ……げっ! たしかに来てる!
『資料の作成を明日の朝までにお願いします。期限が迫っているのでどの仕事よりもこっち優先で』
確認し忘れてた……。
てか電話くらいしてよ……。
――内容確認中――
おお……これ1時間や2時間で終わる量じゃない……。
完全に終電コース……。
いや、待てよ……。
今はテレワークだから終電なんて気にせずエンドレスで仕事ができる!
……ってそんな恩恵嬉しくない!
せっかく素晴らしいテレワーク生活が始まったと思ったのに……勘弁してよもう!
その後、私はお酒でくらくらになった脳みそを酷使し、徹夜してなんとか資料を仕上げたのでした。
めでたしめでたし。
本日(2021年5月22日)の夜に第2話投稿予定です。
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